第2話 望まなかった巣立ち

 自分の部屋で、荷物をまとめながらため息をつく。薄暗い部屋で、私の荷物は少なかった。最低限の衣類と、雀の涙ほどの所持金。そして、使い慣れた模造刀。

 本当に明日家を出されるかは半信半疑だったけれど、厳格な父だ。嘘を言うとは思えない。

 私は家の廊下にある固定電話まで行き、暗記している番号に電話をかけた。


「――そうでしたか。縁談が……」

「はい。急なお話で大変申し訳ありません。今までご指導、ありがとうございました」

 私は頭を下げた。電話で訪問の伺いをたて、数少ない余所行きの服で訪問したのは、長年通っていた習い事の先生の家だ。

 父の方針で幼少期から通っていた居合教室。飛鶴は早々に辞めたけれど、私はずっと、続けていた。

「斎藤家のお嬢さんだったら、そういうこともあるのでしょうね」

 私は唇を噛みしめた。

「そんな、大した家柄ではありません」

「強い謙遜はよくありませんよ、舞鶴まいづるさん。鶴見家の分家筋にあたるのでしょう?鶴瑛かくえい先生がおっしゃっていましたよ」

 私は曖昧に笑う。

「……あまり実感はもてませんが」

 やんごとなき身分の方々と縁が繋がっているという旧家の鶴見家。

 我が斎藤家は、その分家筋にあたる。斎藤家当主である父は、ことあるごとにそのことを誇り、自覚を持てという。

 ――だが、すでに親族間の交流が絶えて久しいほど縁は薄くなっている。

 盆や正月にそれらの家の者とやりとりをした記憶はない。

 私たちはきっと忘れられているのだ。当主の座にいる父だけが、必死になって地位にしがみついている。


 斎藤家は代々の家業として、画業を営んでいる。が、モノがよければ黙っていても売れるという意識が、昔から変わらないままだった。具体的には、一切の営業をしない。時代が変わってもSNSやPCを用いての通販をしないため、蓄えを食いつぶして日々暮らしていた。

 私の父、斎藤鶴瑛さいとうかくえいは高名な日本画家だ。画力はかなりのものだけれど、大の電子機器嫌いということで知られている。その偏屈ぶりは、いまだにスマートフォンを持たないほど。パソコンも自分では使わない。インターネットも使わない。出先で電話だけはとれるようにと、ガラケーだけしぶしぶ使っている状態だ。

 そして父は、電子機器やインターネットの使用ルールを、私たち家族にも強制した。

 当然、結婚した母はそんな生活に耐えられない。社交的で現代っ子だった姉の飛鶴も猛反発した。

 私だけ、波に乗り遅れた。

 飛鶴は母の後ろ盾を得て、早いうちからスマートフォンとタブレットを買い与えられた。SNSアカウントで発表したイラストは何万件ものいいねがついたし、デジタル作画で中学生のときに漫画で賞を受賞したときには話題になった。画力もあり、SNSの使い方がうまいため、はっきりいって父よりも知名度やとっつきやすさは上だ。なにかしらの話題作のジャケット写真や広告に起用、相乗効果でオリジナル作品やグッズも売れ行き好調だった。

 今でも仕事の予定はパンパンで、母がマネージャーとして活動している。

 もう飛鶴に関しては諦めたのかもしれない。けれど、私に関しては、いまだにインターネットに繋がる端末を触ることを許してくれない。

 父はSNSのアカウントも持たない。HPもなりすまし防止で作ったのみで、更新しない。そのため仕事につながりにくい。青息吐息だった我が家の家計を支えているのは飛鶴だ。

「――きっと、舞鶴さんにとって、良い門出になりますよ」

 発言権は、父に次いで飛鶴が持っている。私に拒否権はない。

 優しい言葉をかけてくれるのは、先生だけだ。

「続けるのは難しいかもしれませんが、居合は落ち着いたときにでもぜひ再開してくださいね。舞鶴さんは筋がいいから」

 私は改めて、深々と頭を下げた。

 唯一といっていいくらいの居場所を離れるのが、寂しくて、心底恐ろしかった。

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