第3章 裏返しの証拠

 翌朝、私はロンドン警視庁の資料室にいた。


 手には、過去十年間に起きた“異常性”のある殺人事件の記録――つまり、犯行手口があまりにも不自然な事件の資料だ。

 ワトソンには「ただの再調査だ」と伝えてきたが、私の中ではすでに仮説が構築されていた。


 鏡の中から来た“私”が、過去にもこの世界に干渉していたのではないか?


 その可能性を、私は無視できなかった。


 「……あった」


 ようやく、私の目が一枚の報告書で止まる。

 被害者の名前は、ハロルド・マクスウェル。三年前、イーストエンドの自宅で死亡。

 刺殺――しかし、現場には凶器も足跡も指紋も残されていなかった。


 不審なのは、唯一鏡だけが割られていたという記述。しかも、その鏡は“内側から割れたように見えた”とある。


 「内側から……?」


 私は書類を閉じ、すぐさま現場となった家の位置を地図で確認した。


 ――バスカヴィル街から徒歩圏内。


 偶然とは思えなかった。



 その日の午後、私は単身でその家を訪ねた。

 老朽化が進み、既に売りに出されている様子だったが、私は道具箱を肩にかけて裏口から忍び込む。


 床の板はきしみ、埃の匂いが充満している。

 事件があった部屋は二階の寝室だった。


 私は壁際にあった古びた鏡台を見つけ、そっと近づいた。


 ――そこには、新しい鏡が取り付けられていた。


 私は道具箱から細工用の小型金槌を取り出し、鏡の縁を注意深く叩く。

 数分後、裏板の内側に奇妙な空洞を見つけた。


 その奥には、紙切れが一枚、折りたたまれていた。


 震える指でそれを開いた私は、そこで戦慄した。


 その紙にはこう書かれていた。



「お前は間違っている、ホームズ。

  真実は“正しさ”の反対側にある」



 その筆跡は――私自身のものだった。


 私はその場に座り込み、頭を抱えた。


 もしこれが私の手によるものでないとすれば、

 “私以外の誰か”が、私と同じ文字を書いていることになる。


 あるいは……。


 “もう一人の私”が、本当に存在するのだとすれば――

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