二章 勇者を拾いました
2-1
とはいえ、深く考えるのは、落ち着いてからでも
勇者を拾ってから五日が
「体調は落ち着いているのに、まだ起きないなんて。ずいぶんなお
「勇者なんて捨てちゃいましょうよ」
「レティ、
「外は宝の山ですよ、
留守番なんてとんでもないと、ベルは首を横に
口を開けば勇者を捨てろと言ってくるレティに、勇者の看病を任せられるわけがない。任せたとたん、勇者を家から追い出すに決まっている。
食料調達に出かけたレティを見送り、ベルは勇者のそばに
「宝の山を前にして出かけられないなんて、
きゅるると悲しげな音を鳴らすお
「あなたのせいだけど、あなたが
ベルは割り切れない感情を持て余すようにため息を
「んっ」
勇者はくすぐったそうに鼻に
現れたのは、
「……
右目が青色で、左目が琥珀色。
なんて
目の色は、生まれ持った
魔力が強ければ琥珀色に、弱いほど黒くなり、聖力が強ければ青く、弱いほど色が
世界共通の
しかし、ごく
青色も琥珀色も、本来人には現れない色。
(その上、両方の色をもつなんて。すごいわ、こんな目を見るのは初めて)
ドン! と体を押されて、ようやくベルは夢中になりすぎていたことに気がついた。
「あら、ごめんなさい」
とっさに謝れば、身を起こして周囲に目を走らせている勇者と視線が
「あなた、五日間も寝ていたのよ? すぐに動くなんて、危ないことをしては駄目」
弟に言い聞かせる時のように
動くのもようやくなのに、
「
背を
たたき落とされた手は痛くないが、なぜか勇者のほうが驚いた顔をしていて、ベルは不思議そうに頭を
(なにか言いたいことがあるのかしら?)
ベルは勇者と距離を取りながら、彼はなにを言いたいのだろうと思いを
「……ここ、は?」
(この笑みは俺を安心させるためじゃない、
ケイトは意固地に
「ここは、ゴミ溜めの森。天の国と人の国、人の国と地の国をつなぐ穴の真下。どうしてここにいるの? あなた勇者よね?」
その理由を知るために問いかけたのだが、と思った
半地下の
魔王に敗れ、ルシフェルに
パッと目を引く美々しい顔。根元から毛先にかけてピンクから淡い
驚くべきは、その姿。おろした髪を体にまとう彼女は、
全裸だった。そう、何度だって言う。全裸だったのだ!
大きなお世話だと、声を大にして
『さぁ、勇者様。わたくしの魅力に
姿を
彼女に身を委ねれば、すべて丸く収まる。あたかもそれがあるべき姿であるかのような気さえした。
並の男ならば、ヘラリと鼻の下を伸ばしていただろう。死ぬ前に
だが、ケイトは違った。
勇者としての|矜きょう》
『断る』
『そのお願いは聞けないわ。あなたがわたくしの
そう広くない牢の中で逃げることもできず、絶望しかけたその瞬間。
不思議な力が働いたかのように牢の
ひびく。ケイトは転がるように牢を出て、声に導かれるまま走り続けた――以後の
顔を
(魔族は
小首をかしげて見上げてくる目は琥珀色をしていて、彼女がまごうことなき魔族なのだと、魔王や色欲姫と同じ生き物なのだと知らしめてくる。
「もっと離れたほうが安心する?」
その気遣いが、くすぐったい。ささくれた心に
(
夢うつつに聞こえてきた会話から、この家には女性が二人いることも、目の前にいる彼女が暴食姫ベルであることも分かっている。
ケイトが看病だと
(親切心からではない、はず……)
その
(
ケイトは自らを
魔族は、神を
「ねぇ。あなたが私を警戒するのって、私が魔族だからよね……」
俯く彼女の表情を見た瞬間、なにかが引っかかった。
泣きそうな顔で、ただ黙っているその姿に、思わずケイトは口を開く。
「……きみのせいじゃないよ」
言ったあと、後悔が喉元まで込み上げた。けれど、もう言葉は戻らない。
ケイトはひとつ息を吐いて、目を伏せた。
そして、まるで諦めたように、ぽつりぽつりと言葉を選びながら語り出していたのだった。
勇者の話をひととおり聞かせてもらったベルは、
勇者の話に、疑わしい点はない。ベルとしても、どこかで覚えていた予感が、ついに真実として確信に変わったという感じだ。
(アスモお姉様は勇者を
モヤモヤとした気持ちを吐き出すように、ベルは深いため息を吐いた。
(冤罪の報復はルシフェルお兄様にお任せして、私は勇者をなんとかしましょう)
なにせベルは、彼を食べてしまった罪で森へ追放された身。勇者が無事だと知られた時点で、追放が
(それだけは、
ゴミ溜めの森行きを
彼は
(そんなの、絶対に
監視生活なんてお断り! と、ベルは頭を抱える。
「おい」
「え……?」
まさか勇者のほうから声をかけてくるとは思わず、ベルの思考が止まる。頭を抱えたままパチパチと目を
「やる」
目の前に
「わぁ、ありがとう」
小さな包みがぽと、ぽと、ぽと、とみっつ落ちてくる。
「これは?」
「看病の礼だ。大したものじゃないが……借りを作りたくない」
(まさか、お礼をくれるなんて。いい人すぎるわ!)
ベルだったら、感謝しない。ましてや、くれたのは食べ物だ。ベルにとっては、これ以上ない最高の礼品である。
(なんだか悪いわ。私、彼を殺す可能性も考えてしまったのに)
「今はそれしか手持ちがないんだ」
表情を
「こんなに
けれど、その顔はすぐに曇り、なにか嫌なことを思い出したように
気まずい空気を気にしないかのように、ベルは元気よく話しかけた。
「甘くてとってもいいにおい。これは人の国のお
「チョコレートだ」
「チョコレート……。甘そうで素敵な響き」
うっとりとチョコレートのにおいを嗅ぎながら、ベルは言った。
「どうしましょう。看病のお礼にしては過ぎたものだわ。お礼のお礼が必要ね」
「なら、人の国への帰り方を教えてくれ」
よほど帰りたいのだろう。
「あなたも知っているとは思うけど、人の国とつながる転移魔法陣は条件が
「そうか……」
ショックを受けている勇者はかわいそうで少し胸が痛むけれど、こればかりはどうしようもない。だってベルは、勇者が見つかったら困るのだ。
魔族
「今の私があなたにしてあげられることは……地の国での生き方を教えることかしら」
「人である俺に、地の国で生きろというのか」
「少しの間だけよ。生き方を知れば、ここを出ることも、転移魔法陣へ向かうことだってできる。それなら、条件が揃っている時を見計らうだけでいいでしょう?」
魔族を
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