三章 地の国での生き方

3-1


「ケイトは、好きな食べ物ってある?」

「ない」

「そうなんだ。じゃあ、苦手な食べ物は?」

「ない」

「…………そっか」

 

 話しかけても素っ気なく話が広がらない。質問をしても、ちゃんと受け答えしてもらえない。何度も気を取り直して、仕切り直して。そうして聞き出せたのは、名前とねんれいだけ。

 勇者の名前は、ケイト・ベールヴァルド。年齢は、成人したての十八歳。


(十八って……)

 

 生意気なことを言うようになってきた弟のベルフェゴールより若い。

 人が短命であることは知っていたけれど、まさか十八歳のケイトと自分が同年代に見えることにもびっくりだ。ベルの年齢は、ケイトの年齢のおよそ十倍である。


(これは、責任重大だわ)


 ケイトが目を覚ましてからいくにちかがった夜。レティがしずまったのを見計らって、ベルはケイトを連れて家をした。

 人の国とちがい、地の国には昼も夜もない。しかし、月の位置や大きさ、空の色でなんとなく時間をあくすることはできる。

 今の時間は、人の国で言う午後十一時くらい。夜行性のじゅうたちが活動する時間だ。

 ベルは森の中で活動する魔獣たちの気配をとらえながら、安全なルートを選んでケイトを

畑へ案内した。


「じゃあまずはうでだめしといきましょう。野菜のしゅうかくくらいはできるわよね?」


 生きるために必要なことは多々あるけれど、暴食姫であるベルが重視するのは当然『食』である。

 ベルは大真面目に始めたが、ケイトの気にさわったらしい。無表情だったはずの顔に、明

らかなきょぜつの感情がかぶ。


「……俺を馬鹿にしているのか?」

「いいえ、野菜の収穫は生きるために必要なことよ」

「そもそも、ここはなんなんだ?」

「なにって、見れば分かるでしょう? 畑よ」

うそだろう? これが、畑?」


 固い地面にまっているニンジンが、だっそうしようとうごめいている。びたつるの先で、あらあらしく暴れ回っているカボチャ。枝からぶら下がるトマトは、ケタケタと不気味な笑い声を上げている。


「野菜があるでしょう? ほら、どう見たって畑じゃない」

「これが、畑……」

 

 畑を見つめてぼうぜんとしたあと、ケイトは「畑? いや、畑?」とブツブツつぶやいた。


(人の国の畑は、どんな様子なのかしら)

 

 参考までに聞いてみたい気がしたけれど、質問したところで答えが返ってくるとは思えない。またいつか機会があった時に、とベルは質問を吞み込んだ。


「野菜の収穫は子どもでもできる作業よ。勇者様ならもちろん、できるわよね?」


 きらわれていることはもう十分伝わっている。それならば、とわざとちょうはつするように言えば、ケイトはぜんやる気になったようだった。


「やってみよう」

 

 ケイトが畑に足をれたしゅんかん、固い地面が盛り上がり、ニンジンがい出してきた。ふたまたにわかれたせんたんを足のように動かして、もうダッシュする。そのあとを追いかけるのは、四つのあしのようなとっを持つジャガイモだ。


「なっ!」


 ケイトは小さく声をらし、くした。そんな彼を横目に見ながら、ベルはげ出した野菜を難なく収穫していく。

 彼は目を泳がせ、どうようしている様子。おそらく、野菜を収穫したことがないのだろう。


(なるほど、なるほど)

 

 訳知り顔でうなずいたあと、ベルはケイトをトマト畑へ案内した。地の国の子どもがしたい

お手伝いランキング一位であるトマトの収穫をさせるためだ。


(収穫が終わったあとのごほうびが楽しみなのよね)

 

 トマトは危険を感じると種を飛ばすので、ち合って遊ぶことができる。地の国では定番の遊びのひとつである。

 見守るベルの前で、ケイトはおそる恐るトマトに手を伸ばす。

 トマトが笑い声を上げるのは、熟したしょうごろだわ、とベルがニマニマしていると、トマトは口から種を飛ばしてかくしてきた。


「さぁ、後頭部をつかんでもぎって」

「うわっ。いたた、いてっ」

 

 勢いよく種が当たり、あわてて手を引っ込めるケイト。見かねたベルが手本を見せると、なるほどそうやるのかとなおをする。


「ンッ」


 思わず笑いそうになって表情をめる。

 魔族にくしと険しい表情を浮かべているのに、ベルの言うことを素直に聞くのだから、お

かしくてたまらない。

 トマトをもぎ取ったケイトは、満足そうに目をかがやかせている。弟のベルフェゴールはこ

んなふうに表情に出したりしないので、しんせんだ。

 ケイトが表情をゆるめたままいてきたので、素知らぬ顔で野菜を収穫する。


(本当は素直な人なのかもしれないわね。できるだけ会話しないようにしているのは、ボロを出さないようにしているからかも)


 興味をかき立てられたベルは、ついさっき質問を吞み込んだことも忘れて声をかける。


「人の国には畑がないの?」

「ある。が、野菜は人をおそったりしない」

 

 答えてくれた!

 内心ははくしゅかっさい。けれど、喜んでいる姿を見せたら素っ気なくされてしまう。

 ベルは努めてふだん通りに振るった。


「変なの。だって、ていこうしなかったら食べられちゃうのよ? ちょっと危機感が足りないのではないかしら」

「野菜にまで危機感が必要なのか? むしろストレスで味が落ちそうだが……」


 日光には、危機感をにぶらせる効果があるのだろうか。

 太陽に思いをせ、ベルが空を見上げた時、しげみの奥がガサゴソとれる。


「あら? なにかしら」


 音がするほうへ目を向けると、茂みからピョンとなにかが飛び出してくる。うすちゃ色の毛皮を持つけものの名は――、


「あれは、毬兎バーラビット?」

「違う、アナウサギだ!」

 

 ビュンッととなりを風がき抜ける。

 あんなに速く動くケイトを見たことがあっただろうか。

 ベルが目をぱちくりさせている間にケイトは畑を走り抜け、ウサギとのきょめる。

 そして、あっという間にウサギをらえた。


「すごいわ、ケイト!」

 

 興奮したベルは、めながらった。

 ケイトのうでかれ、アナウサギはせわしなく鼻をヒクヒクさせている。丸い体に、長い耳。人の国らしい、いかにも無害そうで食べがいがありそうな獣。


「これが、アナウサギ?」

「そうだ」

「人の国から落ちてきたのならしょうせんされていないはず。新鮮なうちに……!」

 

 ベルが手を伸ばすと、たちまちウサギは遠ざけられた。

 両手でウサギをかかえたケイトは、おどろきとあきれが半々の顔でベルを見下ろす。


「まさか、このまま食べる気か!?」

「そうよ」

「そのまま食べるなんて信じられない! ウサギはごちそうなんだぞ」

 

ごちそうと聞いて、ベルはギラギラと目を輝かせた。


「なら、あなたが調理してくれるの? 私のために?」

「……きみのためじゃない。ウサギのためだ」

 

 なんだっていい。食べられるのなら。

 ベルはワクワクしながら頷いた。

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