1-3

 誰もが言葉を失う中、マモンは思い出したようにぽつりと言った。


「そういえばベル、おまえさっき、厨房へ寄ってきたって言っていたよな」

 

 なぜ今、その質問をするのか。ベルは疑問を覚えつつ答える。


「寄ってきたわ。それがどうしたっていうの?」

 

 この場にいる全員の視線が自分に向けられて、ベルはまどう。

 ルシフェルはマモンの考えを察して、すぐさまじゅうぼくへ指示を飛ばした。


「そこのおまえ、厨房を見てこい。まさかとは思うが、念のためだ」

「かしこまりました、ルシフェル様」

 

 厨房へと走った従僕が戻ってくるまで、そう時間はかからなかった。

 しょうを持って戻ってきた従僕は、ふるえる声で報告する。


なべの中から、きんぱつが見つかりました……!」

「鍋から金髪って……。まさかベル、あなたが? 聞き流していたけれど〝あのお肉〞って勇者のことだったの!?」

「なにおどろいてんだよ、アスモ。親父は昔、きょうだいすら食おうとした強者だぞ。同じ暴

食の悪癖を持つベルなら、勇者を食べたって不思議じゃない。むしろ、そのほうが親父も嬉しいんじゃねぇか? さっき、実現させることに意味があるって言ってたし」

「マモンの言う通りね。それにベルは、珍味を見つけるといつも私たちに食べさせようとしてきたわ。だから、今回も……」

 

 とんとんと話が進んでいく。当事者らしい、、、ベルを置いて。

 どうしたらいいのか分からず、不安にられたベルはルシフェルに視線を送った。無言で頷いたルシフェルは、アスモとマモンの会話をさえぎるように「だが」と発する。


「ベルがやったという確たる証拠はない。そうでしょう? 父上」

「そうだな」

 

 顎を撫でながら思案していた魔王がゆっくりと顔を上げた。

 さぐるような視線を向けられ、ベルはぎゅっとこぶしにぎる。


(ここで私がやったと言ったら、お父様は褒めてくださるかしら?)

 

 魔王の視線が、ベルの胸元へ向けられる。思っていたことをかされたような気がして、ベルはうろたえた。


「ベル、そのブローチはどこで手に入れた?」

「ブローチ?」

 

 胸元に視線を落とすと、りんごの木をモチーフにしたブローチが着いている。言われなければ、気づかないままだったかもしれない。


「これですか? ええと、分かりません」

「そのブローチは、勇者が着けていたものだ」

「勇者って……そんな、私じゃありません!」

 

 ベルは慌ててブローチを外し、テーブルの上へ置いた。


「ブローチを持ってこい」

「かしこまりました」

 

 魔王に命じられた執事が、ブローチを運ぶ。それを不安いっぱいの目で見つめながら、ベルは椅子の上で体を縮こませた。

 逃げる気なんてないのに、りょうわきをマモンとアスモがふさいでくる。


「認めろよ、ベル。おまえが勇者を食っちまった。そんで、残りは晩餐のシチューにしたんだ」

「そうよ、ベル。これは悪いことじゃないわ。あなたが勇者を食べてしまったって誰もおこらない。むしろ、お父様は褒めてくださるのではないかしら」

「私じゃない!」

 

 魔王はしばしかんように見守っていたが、三人の言い合う声はどんどん大きくなり、言葉も荒くなっていく。ついに魔王のけんしわが寄り、うでを組んだまま深いため息を吐いた。


「いい加減にしろ」

 

 小さくささやかれたその声は、三人の耳には届かない。こらえきれず、魔王は怒鳴りつけた。


だまれ!」

 

 せいが部屋に響きわたり、三人は一斉に口をつぐむ。

 魔王の顔には、長く抑えてきたいらちがはっきりと浮かんでいて、恐ろしいことこの上ない。


「マモンとアスモは部屋できんしん。そこの者、ベルをろうへ連れて行け」

「父上! 証拠がないのにベルを牢へ入れるとおっしゃるのですか!?」

「だが、勇者を食べていないという証拠もない」

 

 ベルを守ろうとルシフェルは声を上げるが、魔王はぴしゃりとはねける。

 魔王の命を受けたこのへいがベルを囲む。


(メインディッシュが食べられないなら、せめてこれだけでも食べておきたい!)


 そう思って、ベルはテーブルの上にあったパンを口へめ込んだのだった。



*****



 半地下牢のてんじょう近くにある窓にはてつごうがはめ込まれていて、月明かりが差し込むといびつな模様をゆかえがしている。

 晩餐会からすうじつち、ベルはいまだ牢にとらわれたまま。

 鉄格子のとびらの向こう側では、面会に来たルシフェルが頭を掻きむしりながら歩き回っている。同じところを何度も往復する姿は、まるで地の国に生息している鋼熊スチールベアみたいだ。


「晩餐会の前、マモンも厨房に寄っていたことは証言が取れている。おそらく、その時にシチューへ金髪を混入させたのだろう。そもそも、勇者のだつごくはマモンのわざなのか? 嫌がらせにしては手が込んでいるし、誰かを庇っているのでは……」

 

 ルシフェルは見下しているマモンにしてやられて、かいなのだろう。時間を経るごとに苛立ちは増し、魔王に進言しても聞き入れてもらえない現状も相まって、今に至っては鋼熊化している。


(熊の手、食べたいなぁ)

 

 こんな状況だというのに、否、こんな状況だからこそ食欲がいてくる。

 牢の食事は量が少なすぎるのだ。元気にすくすく育ったベルのぶくろが、足りないよぉと泣いている。あぶらの乗ったゼラチン質な熊の手の味を思い出して、ベルはぺろりと唇を舐めた。

 鋼熊の手は、入手困難である上に下処理が大変面倒くさい食材。鋼のような毛を抜いたり、数日間したり、いろんなスープで煮たりと、それはそれはもう大変なのだが……。


(手間と暇をかけた分だけおいしくなるのよね。って、こんなことを考えている場合ではないのでした!)

 

 どこにいても、なにをしていても、最終的に食べ物に行きついてしまう。そんな自分の単純さに苦笑いを浮かべる。


「お兄様、落ち着いて」

「どうしておまえはそんなに落ち着いていられるのだ。このままではゴホーディングフォレストミ溜めの森へ追放されてしまうのだぞ。魔法が使えない、ゴミ溜めの森へ!」

 

 怒りを煮えたぎらせているルシフェルに、ベルは至って冷静に「まぁまぁ」となだめた。

 勇者ゆく不明の一報が入ったその日から魔族を総動員して地の国をさがし回っているが、いまだ見つかっていない。


『もしや人の国へ逃げ帰ったのでは?』

 

 そんなおくそくも出たが、両国をつなぐ転移魔法陣を使用したけいせきは見当たらず、やはりあやしいのは暴食姫だとなったらしい。

  地の国にいる大多数の魔族は、暴食姫のことをこう思っている。


『ありとあらゆるものを食べてしまう暴食姫。一度手にした食材は、骨のずいまで残さない』

 

 実際、骨を煮込んで出汁だしを取ることもあるので、あながちちがってもいないが。


「おまえは勇者なんぞ食べていない。そうだろう?」

「ええ。ここへ通される前に勇者がとうごくされていた牢を見たけれど、飛び散っていたのは苔豚モスピッグの血だった」

「おまえの鼻がそう言うのなら、間違いないな。だが、それならばなぜあらがわない?」

「なにを言ってもよ。お父様の命令は絶対だもの」

 

 そこでようやく、ルシフェルが足を止めた。ギラリ、とするどい目がベルをらえる。


「……おい」

 

 ルシフェルはベルの目的に気がついたようだ。ちょっと白々しいかもしれないと内心思いながら、ベルはお茶目に微笑む。


「なぁに、お兄様」

 

 大輪のとはいかないまでも、ぼくな野薔薇くらいの愛らしい微笑み。 

 分かりやすく誤魔化すベルに、ルシフェルは呆れたように深々と息を吐いた。

 乱れたまえがみを、ぞんざいな手つきでかき上げる。国中の女性魔族がキャーキャー言いそうな、セクシーなしぐさ。


(ちょっとかっこつけすぎじゃないかしら?)

 

 人の国には『色気より食い気』という言葉があるらしい。まさにベルにふさわしい言葉だと言えるだろう。実際の意味がどうであるかは別として。


「以前、父上にゴミ溜めの森へ行かせてくれとたのんでいたな」

「ええ、頼んだわ」

さい「相しょうに、姫という立場上、許可できないと断られていたな」

「ひどいわよね」

「まだ行きたいと思っているのか?」

「もちろん思っているわ。お父様の考えることは分からないけれど、これが珍味を食べられる絶好のチャンスだってことはたしかね」

 

 ルシフェルの目から見て、ベルと魔王の関係はこじれている。似たもの同士だからこそ、分かることと分かり合えないことがあるのかもしれない。

 なんとかしてやりたい気持ちはあるものの、嫉妬心がじゃをしていた。二人の関係が改善されれば、ベルはルシフェルをたよらなくなるだろう。そんなことは、ルシフェルの自尊心が許さない。尊敬する魔王が相手だからこそ、負けたくないと思ってしまう。


「……楽しんでこい。えんざいてっかいと報復は私がやっておく」

「お兄様ったら」

 

 ベルは報復することにそれほど興味はない。やりたいと言うなら任せてしまおう。

 楽しそうに計画を練り始めたルシフェルを、ベルはニコニコと眺める。

 家族の中で唯一、ベルを気にかけてくれたルシフェル。彼とはしばらくお別れだ。


「気をつけて行くんだぞ」

「はい! いってきます、お兄様」

 

 伸ばされた手に、ぎゅっと抱きつく。鉄格子しのほうようは、いつもと違って少しだけ苦しかった。


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