殺し屋少女は普通になりたい!

夜風

カレーライス

「さて、今日は『普通』になるための基本の『キ』となる要素──自炊ですっ‼」

 

 キッチンに立った僕はエプロンの紐を後ろでギュッと強く結ぶ。

 隣には「おー、ご飯ー」と期待の眼差しを向けて手をパチパチ叩く小柄な少女。

 黒ベースのショートヘア、所々に桃色のメッシュが散っているその少女はシワ一つない制服に身を包んでいる。

 彼女の名は如月陽菜。

 一見、普通の女子高生に見える彼女は──。


「味の濃いご飯は毒を混ぜてもバレにくいから好き」

「まずはその発想を捨てるところから始めた方がいいのかもしれない……」


 正真正銘の殺し屋であった。

 殺し屋なんて映画の中だけの存在と思われがちだが、実際のところ蟻のように、うじゃうじゃ存在している。実際、僕自身も元殺し屋なのである。


「楓、昔は毒のスペシャリストだった。だからご飯作るのも上手い?」


 陽菜は僕の目をジッと見据える。


「もしボクと今ここで殺しあったらどっちが勝つ?」


 そう言って好奇心一杯の目、と言うより好戦的な目で悪戯な笑みを浮かべた。

 一見、小柄で非力そうに見えるが、こういうタイプが一番危険な殺し屋であることを僕はよく知っている。


 そう言えば、現役時代こんな感じの少年少女に何度も追い込まれたなぁ……。


 殺し屋の世界には少年少女が多い。一昔前は「最強になる」より「最強を作る」と言う思想の殺し屋が多かったのが所以だ。


 陽菜の実年齢は知らないが、僕より三歳くらい低い十五歳か十六歳くらいだろうか、と勝手に推測している。


「キミは普通の女の子になるために来たんでしょ? 普通はそんな物騒な話はしません」


 それとこれは関係ないよ、と呆れた表情を作って僕は鍋を用意する。


「えー、つまんないの」


 むー、と不機嫌そうに頬を膨らませる陽菜。


 そんな陽菜が元殺し屋である僕の下へ来たのは「普通の女の子になりたい」と言う要望があったからなのだ。

 殺し屋夫婦に生まれた陽菜は幼少期からずっと死に近いところで生きていた。故に、普通が何たるかを知らない。知ることが出来なかったのだ。


 しかし、普通と言うものに興味を持っていた陽菜は「元殺し屋」の僕に関する情報をどこからか入手。そして、僕の拒みを一切聞き入れることなく住み着いてしまったのだ。


 殺し屋の少年少女が殺し屋を止める理由の大半は師範、或いは両親の死。


 僕と同じく陽菜も──。

 

 そこまで考えて僕は首を横に振る。


 いや、あまり深堀りするべきではないな……。


 しばらく不満そうな陽菜だったが、僕が冷蔵庫から食材を取り出した途端にその曇った表情はすぐに晴れた。


「ボク、覚えた。ニンジンとジャガイモに玉葱、そしてお肉。たったこれだけで出来るのは、ズバリ、カレー」

「うん、今日は自炊の第一歩であるカレーを作ってみよう」

「わかった」


 コクリと頷く陽菜。


「まずはピーラーで具材の皮を剥きます」

「ナイフの方が薄く剥ける。ナイフはない?」

「……せめて包丁を使ってね」


 渋々包丁を受け取った陽菜を横目に、僕はカレールーを背後の戸棚から取り出す。一瞬、辛口を取り出そうとしたが、少し踏みとどまって甘口をチョイスした。


「剥けた」

「え……?」


 目を逸らした時間、僅か数秒。

 そんな訳あるか、と振り返った僕の視界に映った光景に唖然とする。


「は、速いね……」


 まな板に並んだ食材達はみな、少しの剥き残しも見当たらない。ただ、まな板の上に一剥きで削ぎ落された皮が綺麗に並んでいるだけ。


「包丁、重くて嫌い。使いづらい」

「……あ、そう」


 絶対にこの子には逆らわないでおこう。そう心に決めたのは言うまでもない。


「じゃあそのまま食材も切っていこうか」

「何ミリ?」

「センチで」

「?」

「……一口サイズの三センチくらいかな」

「わかった、やってみる」


 そう言うなり包丁を逆手に持ち始めたのですぐさま止めに入る。


「よし、今日は見て学ぶ回にしよう」

「……? わかった」



◇  ◇  ◇



「はい、完成っ!」

「おー」


 目を輝かせてパチパチと手を叩く陽菜。


 結局、具材を切るのだけは僕がやってみせ、その他の作業は陽菜にしてもらった。

 可能な限り殺菌しようと具材が黒焦げになるまで炒めようとしたり、ルーをミリ単位の薄さまで切り裂こうとしたり色々ツッコミどころは数多くあったが、基本的には問題なく料理出来ただろう。


 ……いや、薄く切るのが好きだな、この子。


 振り返ってふと我に返る。


 しかし、僕と同じように殺しの世界から去れば次第に薄れゆくだろう、と特に気に止めないでおくことにした。


 平皿の中央に炊き立てのご飯を丸く盛り付け、ご飯を囲うようにルーを流し込む。カレーの香りが鼻孔をくすぐり、まるで空腹だったことを忘れていたかのようにお腹がグーッと鳴る。


「おいしそ~」


 陽菜の前にお皿を並べると顔が綻ぶ。


「それじゃあ──」

「「いただきまーす」」


 手を合わせた僕らはカレーを口に運ぶ。


「うん、美味しい」

「こんなに美味しいご飯があんなに簡単に……」


 陽菜は満足げな表情でカレーを口一杯に頬張る。


「食材の切り方さえ覚えれば次から一人でも作れそうだね」

「確かに楓の切った具材がちょうど良い大きさ」

「ミリ単位で切ったらたぶんボロボロに崩れて具なしカレーみたいになっちゃうよ」


 ぐぬぬ、と悔しそうな視線を向けてくる陽菜を優しく諭す。


「……でも少し心配」

「心配?」

「こんな簡単に普通になんてなれるのかな、って」


 ここ一週間では見たことのない元気のない様子の陽菜の頭を控えめに撫でる。


「大丈夫。服にカレーを飛ばしながら鍋を回してる姿は普通の女の子そのものだったから」

「楓、ボクを年下みたいに扱う。同い年なのに……」


 少し不機嫌そうにジトっと視線を向けてくるが、僕は既にカレーのシミが出来た制服を見て、料理の次は洗濯だろうか、と頭を悩ませるのだった。

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殺し屋少女は普通になりたい! 夜風 @hirune_330

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