10話 自由研究:人間リサイクル

――時間は少し遡る。これは、七彩ななせの記憶に潜る話。


『あなたの能力は使える』


 渦雷からいの言葉は、褒め言葉ではなかった。ただの“道具”としての評価。七彩は、それでもすがるしかなかった。精神安定剤を蓮根に撃ってもらっても、それは一時的なものでしかない。壊れた自分の本体や性格を、自分では直せない。中学時代から彼女たちが七彩の“リセット癖”を制御してくれる未来を夢見ていた。


――七彩は、今でも中学の夏を思い出す。


 総合の授業で人間園のドキュメンタリー番組を見たことがあった。半分の生徒は興味がないのか寝ていた。しかし、七彩は一番前の席に移動して真剣に見ていた。そこに映った人間園の観光客である老夫婦のインタビューが胸に残った。


「私たちの人生なんて映画にできるほどの価値はないのです。だから、もう一度生きたい」


 そう訴える老夫婦の目は、液晶越しに七彩に懇願しているように見えた。いや、ただの思い上がりだったのかもしれない。七彩は勢い余って、感想文の最後にこう書いた。


――死者の魂を、生前好きだった物に封じ込めれば再生できるのではないか。


 名付けて、《リサイクル》実験。


 次の日の休憩時間に、七彩は後ろの席の友達にその事を話した。だが、周囲の反応は冷たかった。休み時間に話した友達には「不思議ちゃんみたい」と笑われ、掃除時間に別の友達には「ゾンビだろそれ」とゲーム画面を見せられて茶化された。

 しかし、理科の竜田たつた先生は違った。放課後、七彩は理科のテストで分からない問題を聞いた後に、帰るのが惜しくなって、総合の授業の感想文について話した。


「面白いじゃないか。七彩、その仮説を進めてみよう。私が支援するよ」


 その先生は両目を輝かせて、セサミオイルまみれの手で、七彩の両手を握った。


「え、本当ですか?」


 予想外の返事に、七彩は脳の処理が追いつかなかった。


「夏休みの自由研究にすればいい。必要な協力者も、旧人間園水槽ホテルなら用意できる」


 竜田先生はそんな事を言って、職員室に向かって走った。

 数日後の昼休憩、竜田先生に職員室に呼び出された。竜田先生の机に積まれた申請書は、建築中のビルのような佇まいだった。薄氷は、赤い判子が押された書類を見た。


「人外職業研究支援制度の利用をしたくてね。君の発想は立派な研究になるから」


 竜田先生は七彩の肩を強くもんだ。彼の瞳の奥に、七彩の知らない目的が潜んでいるように思えた。

 その後、親戚で試みた《リサイクル》実験は失敗続きだった。そんな折、学校の裏サイトの掲示板から実験を知った渦雷が、恋人のゑび御幸みゆきを使って欲しいと依頼してきた。七彩はゑび御幸の魂を、エビフライに宿らせた。竜田先生が考えた手順通りに、魂の絞りカスを丁寧に詰め込み、殻の中でじっくりと揚げた。ぱちぱちと油の弾ける音は、まるで新しい生命の鼓動のようだった。揚げた瞬間、彼は再生した。仮説は立証された。成功の理由は、第二の人生で果たすべき目的が明確だったことにあると竜田先生と七彩は考察した。

 後に、七彩のリサイクル実験は就職センターフライ第一工場で標準化マニュアルされた。リサイクル技術は、揚げ物人間以外の普遍的な転用可能な技術へと発展した。学校で自由研究の表彰式が行われた。鳴り止まない拍手の中、七彩には自分が何を褒められているのか分からなかった。実験はほぼ竜田先生の手柄である。数日後、竜田先生は行方を眩ませた。二度と教壇に立つことは無かった。

 

 表彰式で浮かれていた七彩は、家に帰ると母親に何度も自慢した。母親に珍しく褒めてもらい、胸が高鳴る。そのとき、薄氷こより──ゑび御幸みゆきの生前の上司が、七彩の家を訪ねてきた。こよりのインターホンが連打されると、近所の犬が一斉に吠えた。ラップに包まれたエビフライを三本、まるで供物のように抱えた男が、玄関の外に立っている。七彩は、恐る恐る扉を開けると、こよりは無表情で言った。


「それを墓に立てといてくれ」


 そう言って七彩にエビフライを手渡した。七彩は、これが何を意味するのか理解できずに受け取るしかなかった。


「あいつは死んでも、まだ働いてる気がするよ」


 こよりは口元を手で押さえ、笑いをこらえるように言った。その瞬間、受け取ったエビフライの重みがずっしりと胸にのしかかる。七彩は、こよりがただの不謹慎な人間ではないことを直感した。

 恐怖に駆られ、咄嗟に扉を閉めようとした。そのとき、こよりの細長い指が扉にかかる。逃がすまいと、玄関の外から強く引かれている感触が手に伝わる。七彩は、こよりの指が挟まれたままでも勢いよく扉を閉めた。押し合いの力を覚悟していたが、扉は思ったよりあっさり閉まる。こよりの指が紐状に変わり、扉の隙間から逃げるように消えていった。七彩の心臓は、早鐘のように打つ。冷たい汗が頚椎から仙骨まで伝った。


 「もう関わりたくない」


 七彩はそう思いながら、逃げるように階段を駆け上がり、二階の自室に飛び込む。玄関のガチャガチャという音は、一時間鳴り止むことはなかった。

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