11話 天職

 どんよりとした厚い雲が空を覆う。湿度はいつもより高い。渦雷は久しぶりの休暇を楽しむため、ゑびとショッピングモールへ出かけていた。


「ちょっとお身体に触りますよー」


 ショッピングモールの自動ドア前で、ゑびが数名の露出審査員に拘束される。衣類判定の結果は△。〇でなければ街を練り歩くことは犯罪になり、刑務所行きだ。今回は情状酌量として「揚げ油の銭湯」で応急処置を命じられた。

 こうして二人は、高温な油の大浴場にやってきた。


「ごめん、少し待っててくれる?」


 更衣室の前でゑびが申し訳なさそうに言う。


「うん」


 渦雷は「大丈夫」と表情で示した。集合前に衣類確認をすればよかったと、少し後悔が混ざる。


 ゑびが衣をまとい、揚げられている間、渦雷は普通の銭湯に入る。湯から上がると、少し傷んだ髪を櫛でとかす。メイド服についたホコリを払い、鏡で目の隈を確認し、コンシーラーで消す。化粧道具はいつもより汚れていた。ここ最近、人間リサイクルの依頼が多く、高圧電流を頻繁に身体から流していたせいだ。


「再生完了。おめでとうございます」


 依頼を終えるたびに口にする言葉。だが、声の奥に、かすかに揺れる何かがあった。再生されたばかりの人を見ると、ゑび御幸を思い出してしまう。大切な彼が再生された瞬間の感動は計り知れない。仕事としてもその感動を享受できると思っていた。だが、実際に依頼内容を聞けば希死念慮、自意識過剰、被害者意識──負の想いの噴水ショーばかりだった。特に無垢玉七彩は酷かったが、それでも彼の見た目はまだ一般人より楽しめた。

 人間リサイクルの合理性はどうでもよかった。破壊と再生。本能の赴くまま、命を扱うことを楽しんでいた。高度な処理があれば残業もあった。就職センターフライへの人数が多すぎて、魂の保管庫の空きがなくなることもあったが、渦雷には関係なかった。空きがなければ魂を圧縮すればよい──そう考えていた。


「お待たせ」


 ゑびがギトギトの油を滴らせながら現れる。化粧室の机に伏せていた渦雷が顔を上げる。


「衣のサクサク加減、丁度よくなってるね」


 接近を察知した渦雷は、衣を撫でた。


「それなら良かった!早く行こう!」


 ゑびは身体全体を縦に揺らし、手を差し出す。


「うん」


 渦雷はその手を取り、軽く引かれるまま歩き出した。


「いつまで僕たちの仕事、続くんだろうね」


 信号待ちの間、ゑびは自販機で買ったペットボトルの中濃ソースを飲みながら、ぽつりと呟く。  元々、人間園の上司に頼まれて死んだ彼は、就職センターフライで第二の人生を送るとは思っていなかった。


「もしかして、今の仕事、嫌なの?私は人間の生と死を気楽に扱えて楽しいよ」


 渦雷は袋入りの千切りキャベツを手掴みで食べる。まるで、過去の依頼人たちの命や想いを丁寧に咀嚼するかのように。


「気楽に行える君のメンタルは強いな」


 ゑびは静かに声を落とす。人の人生を左右する仕事には責任感が必要だ。渦雷の気楽さは少し意外だった。


「ねえ、今からエビフライ定食の店と人間園に行こうよ!」


 渦雷はふと提案した。ショッピングモールは、もうどうでもよくなっていた。


「またそこに行くの?」


 ゑびは少し呆れながらも、笑う。渦雷に連れ回されるのも悪くない。気楽さを味わうのも休日の醍醐味かもしれない。ゑびは、生前からずっと好きでいてくれた渦雷に感謝した。

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