広大なる神秘世界

@Nichimo125

プロローグ―万能神の悲痛と憤怒

 少年は、男は嘆いていた。少年を見た者は、悲哀の涙で世界を覆い尽くしてしまうだろう、というというほどに。同時に、非常に強く怒っていた。少年を見た者は、あまりの恐怖で全身の水分が全て体外へ出るほどに泣いてしまうだろう、というほどに。少年が何故嘆き、そして怒っているのか?その答えは非常に簡単だ。仲間が皆、愛していて、守るべきはずのものに一切の感情を示していないからだ。無反応を示される事は時に、怒ってくれることがまるで天使の祝福かのように感じさせるほどに辛い。愛しているもの相手なら、尚更。

 少年は嘆き続ける。「お前ら四人とも、なんで誰も地上大陸を助けようとしないんだよ!地上大陸が滅んだら、俺達もアレに呑まれておしまいだ…わかってるだろ?なのになんで!お前らはそうも無視を決め込めるんだ!地上大陸に何の興味も示しちゃいないんだ!自分達の存在理由を忘れたのか!?」その怒りを込めた問いかけに、答えは帰ってこない。

 「あぁそうかよ、無視かよ!俺はお前らを信じて、優しい同僚だと思って、何度も助けてやった。代わりに怒られたりも、仕事の残業分を肩代わりもした。なのに…お前らは、俺を助けてはくれないんだな!」雲の上、そのさらに遥か上。人では決して届き得ないであろう領域に存在している神々の大陸の中心部に輝く城、金色の宮殿の中で、男は強い怒りと悲しみで震えていた。少年は万能で全能の神であった。決して全知などではない。彼は全知ではない故、神の中では出来損ないとされてきた。だが全知でなくとも、彼は任された仕事は全て片付けた。期限を守らなかったことも、一度もなかった。まさしく仕事の皆勤賞であった。その結果、彼はかなりの信仰と感謝を獲得し、中堅どころの神にまで上り詰めた。それどころか今となっては、”天上最後の五柱”などとさえ言われている。彼は、そんな真面目で優しい神だ。

 だが今、そんな優しい彼は怒っている。その端正な顔立ちと、キレイな黒と金の髪を崩すほどに。同僚の神々が、滅亡の危機にある自分たちの管理する土地である、地上大陸を救おうとしないのだ。自分も、同僚たちも、どのような神であろうと地上大陸からの信仰を完全に失えば、皆例外なく力をほぼ完全に失ってしまう。それは周知の事実であり、同僚たちも良く理解しているはずだ。だが、それなのにも関わらず、危機的状況下にあっても地上大陸を救おうとしていない同僚の気持ちが、彼には理解できなかった。自分が全知であればこの気持ちもわかったのだろうか、と彼は自分を叱責した。

 そうして彼は、十数分もの間怒りを吐き捨てながら同時に自分を叱責しつづけた。そのうち、思っていたことを全て吐き捨てた彼は息は荒いながらにも平静を取り戻し、自分だけで大陸を救うにはどうすればいいのか、を考え始めた。

 自分だけの力でここから大陸を救おうとしても、まず間違いなくこの事態の原因を浄化、打倒するには力が足りないだろう。ならどうすればいいのか。そうして考えているうちに、彼は一つの結論に至る。

 「もういい。確かにここから地上大陸を救おうとしても距離の問題があるからキツいだろうがな。0距離で力を流し込めばいいだけだろ。だから俺は、お前らの代わりに地上大陸に行ってくるよ。じゃあな。感謝しろよ!!」彼は最後にそう言い残し、遥か上空から地上への降下を始めた。

 だが、その道中のことだった。半分ほど落ちてきたかという辺りで突如、周りが霧に包まれた。「なんだ…この嫌な気配は。何かまずい!」その直後、彼は後ろを振り向くと、正面の霧の中から大きな影が出たのを視認した。「誰だ?お前は。見たこともない……」

 その影から出てきたのは、全身から凄まじい覇気を発している大男だった。その体は、10mはあろうかという巨体だった。「その背中の法陣に羽…そしてこの雰囲気。神か!」男は背中に四枚の羽と宙に浮く五角形の法陣を持ち、服は神々しさを具現化したようなものであり、体は全身傷だらけだった。そしてその傷口からは、白い血が流れ出ている。「この感じ、恐らくは若い神だろうに、それなのにどう考えても相当の手練れだ。なぜ俺がこのレベルの男を知らない…」男はパッと見30代ほどのまだ若々しさの残る風貌であったが、それでも歴戦の猛者たるような、悠久の時を生きたかのような風格を漂わせていた。「我は……審判を下す者なり。勅命を受け、王に代わり、貴様に審判を下しに来た。」男がそう言い終わると同時に、周りの霧が晴れる。

 するとそこに現れたのは、無数のゴミや武器や、大きく言うとこの世界の全ての物。それらは全て空中に浮遊し、散乱している。「どこだここは…見覚えが全くない。天上から見ていた時も」その少年の言葉を遮り、男が無数の光の球を少年へと飛ばす。それはまさしく閃光とも呼べる速度。そして光球が少年に届くまでの僅かな時間で、男は新たにまた数百個単位の光球を作り出している。まさに地獄。だが少年は、この程度で倒れるような、また普通の物差しで測れるような神ではなかった。少年は、虚空から光り輝く剣を作り出すと、それを右手に持ち光球を切り裂き、打ち返し、吸収しそれを放出し、という動作を凄まじい速度で繰り返していく。そしてその動作を数秒間もの間何度も繰り返せば、嫌でも慣れというものは起こる。そして慣れが起これば次に生まれるのは、反撃をする僅かな隙。「ライト―雷飛!」万能神である少年は、戦闘もしっかりとこなせる。そんな彼は、その僅かな隙ですら見逃すことはない。その雷撃は、男の頬を掠め、そこから白い血を流させた。

 すると、舐め腐っているかのような顔をしていた男の顔が真剣なものへと変わる。「ほう…流石は万能神。戦闘もお手の物、という訳か。だが残念ながら、我はこのような世界の低俗な神々とは全く違う次元にいる。」男はそう言い終わると、体の周りから無数に放たれ続けていた光球を出すのを止めたかと思うと、光のような速さで少年へと突っ込み、右の拳を叩き込んできた。「がッ……!」咄嗟のことで、少年はそれに全く反応できなかった。そして流れるように男の大きな手で頭を掴まれてしまう。「離…せよ……!」少年は右手に持った剣で自らを掴んでいる男の左手を切断しようとしたが、その直後、男の右手が剣を持つ右手へと伸びる。「素晴らしい精神性だ。だが我は、万に1つの可能性さえ残さん。」そう言って、男はその大きな右手で剣ごと少年の右手を鷲掴みにし、そのまま万力のような力で少年の右手を握り潰した。「ッ゙グオオアアア!!」少年の絶叫と、骨が折れる音だけが辺りにこだまする。  「さて、想定よりも少し時間が掛かったが……奪取を始める。」男がそう言うと、少年の体から、無数の黒い何かが出てくる。それは、彼が神として持っている能力たちそのものだった。それらを奪われるということは即ち、神としてのほぼ全ての力を失くし、神でありながら”中々に強い人間”程度の力にまで堕ちてしまう、ということなのだ。だが少年にはもはや抵抗する力など、微塵も残されてはいなかった。何故なら、既に少年の神としての力の大半は体外へと流出している。それらを自らの力として扱うことなどできない。そして次の瞬間、それらの黒い何かは一点へと集まり、大きな黒い球になったかと思うと、男の口から吸収されていった。「…………!!」自らが数千、数万年かけて血の滲むような努力と共に身につけてきた力を。能力を。そのほぼ全てを僅か一瞬にして奪われた少年の心は、底知れぬ怒りと、そして絶望に満ちていた。

「ふむ。中々だ。では貴様はもう、用済みだ。」男が冷酷に自分はもう”用済み”だと言い放つ。そうしてそのまま男は、掴んでいた少年の頭を離し、少年はまた地上大陸へと落下を始めた。今の自分では何もできない、そんな無力感と、自らの全てを踏みにじられたという凄まじい怒り。それらは、少年の口から、26文字の恨み言となって怨念のように吐き出された。「俺はいつかお前を絶対に殺してやる!待ってろよ!」その言葉を最後に、少年の意識は完全に途切れた。

 「我を殺すなど久方振りに聞いた。さらには手を完全に潰されようと剣を手放さぬか。面白いぞ、万能神オムニス。いつか我を殺しに来てみろ。やれるものならな。」男は落下していく少年…オムニスを面白そうに見届けると、悠然と自らが生み出した霧の中へと消えていった。

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