38 ミゲルの嫉妬と焦燥(ミゲル視点)

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 翌日の早朝――。



 王立騎士団の訓練場に、木剣が空を切る風切り音が響き渡っていた。


 がんっ!


 打ち込み用の太い柱に、ミゲルが渾身の一撃を叩き込む。


 受け止めた柱が鈍い音を立てて震えた。


「はあっ……はあっ……!」


 すでに夜明けから一時間以上、彼は休むことなく剣を振り続けていた。


 全身は汗で濡れ、呼吸は荒く乱れている。


 だが、ミゲルは止まらなかった。


 止められなかった。


(くそっ……!)


 脳裏に、昨夜の光景が焼き付いて離れない。


 月明かりに照らされたバルコニーで親しげに語り合う二人の男女。


 一人は、自分がライバルと認める男――グレン・ブラスティ。


 そしてもう一人は、この国の王女、ルナリア・メルディア。


 ミゲルの目には、二人が特別な関係にあるように映った。


 そして、その光景を、自分と同じ場所から見つめていた少女の横顔が、いつまでも忘れられない。


(サーラ……)


 彼女は明らかに傷ついたような、悲しげな表情を浮かべていた。


 ミゲルが声をかけると、彼女は冷たく彼を突き放して去っていった。


(サーラは……グレンのことが好きなのか……?)


 その考えに至った瞬間、ミゲルの胸に冷たい何かが流れ込んだ。


「なぜ、あいつなんだ……!」


 ミゲルの口から抑えきれない本音が漏れる。


 序列五位。


 魔族を退けた英雄。


 王女からの信頼。


 そして、自分が想いを寄せる少女の心まで。


 グレンが、自分の一歩先ですべてを独占しているように感じられた。


「僕は……僕だって努力しているんだ……誰よりも、あいつよりも……!」


 誰にも負けない最強の騎士になるため、血の滲むような訓練を続けてきた。


 それなのに、現実はどうだ。


 自分は序列九位。グレンの下だ。


 焦りが、ミゲルの剣をさらに荒々しくさせる。


「がっ……はあっ……!」


 がんっ! がんっ!


 柱への打ち込みが、八つ当たりのように乱暴になる。


「――精が出るねぇ、ミゲル君」


 その時、ねっとりとした声が背後からかけられた。


 ミゲルは動きを止め、忌々しげに振り返る。


「……副団長閣下」


 そこに立っていたのは、王立騎士団副団長ゴードンだった。


 彼は嫌味な笑みを浮かべ、近づいてきた。


「早朝から熱心なことだ。だが……」


 ゴードンはわざとらしくため息をつく。


「剣が荒れているぞ。焦りが見える。それでは、せっかくの才能が泣くというものだ」

「……ご指導、ありがとうございます」


 ミゲルは木剣を下ろし、不快感を隠そうともせずに答えた。


 この男が新人いびりを趣味にしていることは知っている。


 関わり合いたくなかった。


 だが、ゴードンは気にした様子もなく、ミゲルに近づいてくる。


「お前の才能は本物だ。だが、周りはどうだ?」

「えっ……」


 思わず手を止めるミゲル。


「周り、って……」

「世間ではグレンばかりが持て囃されている」


 ミゲルの眉がぴくりと動く。


「お前とグレンは同期で、入団試験の成績も遜色はない。実力や才能においては、むしろお前のほうが上回っていると俺は買っている。だが……実際には、お前はあの男の引き立て役だ」

「――!」


 ミゲルは言葉を失った。


 全身に冷や水を浴びせられたような気分だった。


 ミゲルが一番認めたくない、心の奥底にあった感情を――的確に抉り出された不快感があった。


「何を言いたいんですか! 僕は……僕は、あいつの引き立て役なんかじゃないっ!」


 ミゲルは、苛立ちを隠さずにゴードンをにらみつけた。


「そういきり立つな。俺はお前の味方だ」


 ゴードンは両手を広げ、彼をなだめる。


「お前ほどの才能が、あんなぽっと出の男の下に甘んじているのは、俺には我慢ならんのだよ」


 ゴードンの言葉は、ミゲルのプライドを心地よく刺激した。


 この男が信用できないことは分かっている。


 だがグレンへの対抗心が、ゴードンの言葉に耳を傾けさせていた。


「ミゲル。お前にチャンスをやろう」


 ゴードンは、まるで秘密を打ち明けるかのように声を潜めた。


「チャンス……ですか?」

「そうだ。ちょうどいいことに、エドウィン団長は所用で数日王都を離れられる。あの石頭がいない間に……だ」


 ゴードンは口の端を吊り上げる。


「その間に、お前の真価を騎士団の皆に示す場を設けよう」


 ミゲルは訝しげにゴードンを見つめた。


「……何をするつもりです」

「簡単なことだ。一番隊の序列5位グレンと9位ミゲル……どちらが真に上なのか。公開訓練試合で白黒つけてやろうではないか」


 ゴードンはミゲルの耳元で囁く。


「どちらが本物かを見せつけてやれ。お前が勝てば、序列など簡単に覆る。英雄はグレンではなく、お前だと皆が知ることになる」


 正直言って――。


 ゴードンのやり方は気に食わなかった。


 彼が自分を利用してグレンの面子を潰したいだけだということは、ミゲルも感づいていた。


 だが――。


(あいつに、勝ちたい)


 昨夜の光景が、脳裏をよぎる。


 王女と親しげなグレンの姿。


 そして、それを見て傷ついていたサーラの顔。


(僕があいつに勝てば……サーラも、僕を見てくれるかもしれない……!)


 その思いが、ミゲルの葛藤を断ち切った。


「……いいでしょう。その話、乗ります」




※次回更新についてはGAコンテストの結果を見てから、あらためてスケジュールを立てます。それまでしばらくお休みで……(*´Д`)


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15年前に回帰した超魔導騎士 ~チート紋章の力で剣も魔法も全てを極めた俺は、今度こそ愛する女王を守り、破滅の未来を救う~ 六志麻あさ@死亡ルート確定2~発売中! @rokuasa

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