002 レオン

 アタナシオスは人の子である母から産まれたことで理性や知性、情愛というものを備えていたが、ラミアーが生んだ子たちはまさに純正のモンスターである。

アタナシオスはレオンに子供たちの教育を託した。レオンはアタナシオスの望むものをよく理解し、子供たちには特に理性と知性を教育した。

幼いぶん狂暴で残忍で瞬発力のある子供たち、しかもアルケーである。彼等は本能で人間を襲いたがった。また、他のモンスターへは狂気じみた殺戮本能が瞬時に働き、父アタナシオスの軍隊であるウルフたちにまで襲いかかった。10歳も過ぎれば子供たちはウルフの始祖率いる軍隊と同等の戦闘力を誇った。このことはアルケーが最強であることの証しの一つと言える。そして、レオンはこの子供たちを抑制するほどに強者である。

 

 始祖アタナシオスの最初の[バレ従者]であるレオンには、アタナシオスの血脈が色濃く表れている。レオンがヴァンパイアに変えたアルグルにも[バレ従者]の特徴がみられ、彼等も[バレ従者]と呼ばれた。

しかし、アルグルが変化させた者は[マスター主人]として、ヴァンパイアとしての資質が低下した。これは[バレ従者]にも同じ兆候が見られ、同時に、アルグルに変化した順番も関係するようだった。また、アルグルになると人間だった頃の性質が強調されることもわかり、その特徴は誰が変えたかにも影響することが判明した。

このことから、アタナシオスが変化させた者とレオンが変化させた者、そして後に妹であり妻であるラミアーとその子供らが変化させた者だけが[バレ従者]と呼ばれるようになった。


 レオンという存在は、アタナシオスには及ばないものの唯一無二であり、[マスターアタナシオス]と[バレレオン]の関係は例えアルケー第2位である妹のラミアーであっても引き裂けない強固なものだった。同時に、レオンにはラミアーと同等もしくはそれに近い能力があったと思われる。実際に戦ったことはないが、この件に関しては部隊が噂するほど皆の関心が高かったせいで憶測ではなく、根拠となるシーンが多く信憑性があった。


 ラミアーはこのことに烈しく嫉妬していた。

元来性悪な性質であるラミアーは、レオンと兄との関係値に嫉妬しているのではなく、自分と比較した場合のレオンの強さに嫉妬しているのである。ヴァンパイアに男女の差はない、しかもラミアーはアルケーというヴァンパイアの始祖であって、真の始祖アタナシオスの次に生まれた存在である。たかだか元人間のレオンと同等であるはずがない、そういった比較をされること自体が許せないのである。

人間など餌、家畜とみなしているラミアーにとってレオンは、疎ましいという表現を超越して抹消したい存在となっていた。

しかも、兄であり夫であるアタナシオスは、育児の全般、教育方針の権限の全てをレオンのみに託している。特に男児に限っては、幼い頃であっても母であるラミアーと過ごす時間は、レオンの許しがなければ得られなかった。

この件については、アタナシオスの強い要望だったのだ。


 ラミアーの残虐性に気づいていたアタナシオスは、彼女が幼い頃には両親からの愛情を得られなかったことを不憫に思っていたが、ヴァンパイアでありながら邪悪な魔術に耽り、庇ってやることができない悪事に染まっていくのを目の当たりにして、妹であっても愛情を与えることが難しくなった。

動物などは雑草のように踏みにじり、人間を弄んではなぶり殺す、アルグルに変えた自身の[バレ従者]にでさえ愛情や信頼を示すことはない、それどころかラミアーは[バレ従者]を操り人形だと表していた。

アタナシオスはこうしたラミアーの悪行や淫らな素行を、子供たちに伝承して欲しくなかったのだ。



「ラミアー様、御子をお迎えに参りました」

レオンは産後の部屋へ断りもなく入ってくる。

「無礼な! この卑しき人形め!」

ラミアーは憤怒する。

しかし怖れもせずレオンは赤子をラミアーの腕から奪い抱き、一礼し、部屋を出て行く。

「この私にあんな態度を! 許せぬ!」

ラミアーは子を連れ去られたことよりも、自身への態度に怒りが収まらない。

「いくら兄様の[バレ従者]でもこの私に触れるなど……許しはしない、今に見ておれ!」

レオンに抑え込まれた右手を固く握り締め、ラミアーの瞳は邪悪な虹彩の艶で鈍く光っていた。

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