この文章を読むと頭の中にカメックスが現れて、社会に向かって全力で水圧を放っているような気分になる。
単なるポケモン技の解説ではない。これは人生の哲学と確率論が融合した文だ。
フロイトとニーチェとポケモン実況者が居酒屋で語り合ったらこんな感じかもしれない。実際にフロイトやニーチェに会ったことがないから分からないが。
ハイドロポンプは威力110、命中率80。なみのりは威力90、命中率100。それでも撃たなければならないと、作者は言う。この一文が胸に刺さる。安全策のなみのりでいいじゃないか、という声を振り切ってでもドロポンを打つと言い切る潔さ。これはポケモンをやったことある人なら想起できる場面だ。蛇足だが、私はカメックスではなみのりは使わなかった。カメックス、お前の両肩の筒はなんだと言いたくなるからだ。
例えとして挙げられる題材も秀逸で、愛の告白から始まり、どれも現実的なテーマだ。
それらをドロポン一発で貫くように語る筆致が良い。気づけば、ハイドロポンプという言葉が人生のメタファーに変わっている気がする。私もこのレビューを書いていてそう思った。読み終えたあと、少しだけ背中を押される気がする。
なみのりでは切り拓けない地平がそこにはある。ハイドロポンプをぶっ放せという文句は生きていて割とそうだよなと実感することがある。リスクテイクの考え方だ。結果が欲しければリスクを取る必要があるのだ。
ちなみにお気づきかもしれないが、私はハイドロポンプをドロポンと略す。