第13話

馬車の乗り心地はあまり良くはない。小窓から街並みを見ても、どれも豪華な見た目をしているが、面白味がない。


つまらない。なんでこんな退屈なことをしなければならないのか。


先日、戦に出たあと、フィーネは父上に告げられた。


「お前はいつ死ぬかもわからん。戦うのは良いが、夫を作れ。」


父上に紹介された人と先程会い、軽食を済ませ、現在は帰りの馬車だ。


父はいつも勝手だ。わたくしを思い通りにしたくて仕方ないのだ。昔からそう。1度だってわたくしのやることを心から応援したことなどない。


───「女が、貴族の女が、剣をとるだと…!?ふざけるな!!!」


昔受けた罵声と、ビンタを思い出し、頬がヒリヒリした。


残酷だ。理不尽だ。剣をとる夢を見させたのは父上、貴方なのに。だったら、絵本など読み聞かせなければよかった。


ふと、頭の片隅に黒猫が浮かんだ。


今、何しているの。


なぜあの子が浮かんだかはわからない。戦を共にしたくらいで雇われの傭兵に心を許しかけているのか、わたくしは。


警戒心強い黒猫がわたくしに懐くのが気がいいだけ。それだけよ。自分にそう言い聞かせた。


ユルドのことを考えていることを認めたくなくて、わたくしは気を紛らわそうと外に目をやった。


「止めて」


見覚えのある黒猫を見つけ、思わず従者に声をかけた。馬車は止まり、お付のメイドが「どうされましたか?」と声をかけてくる。


自分でもどうしたのかわからない。こんなタイミングで会うなんて、女神のいたずらなのだろうか。


「知り合いを見つけたわ。少し降りさせて。」

「かしこまりました。」


メイドが馬車から先に降りて、私がそれに続き降りた。


「ユルド、こんなところで何をしているのよ?」


平然と普通なふりをして声をかけた。貴方はわたくしにとってなんでもない存在だと、思わせたかった。


艶やかな黒髪は耳上でまとめられたハーフアップ。わずかにくせのある毛先が肩に落ち、冷ややかな深青の瞳と相まって氷の彫像を思わせる。


整いすぎた顔立ちは、美少女とも美少年とも取れる中性的な美を宿し、柔らかさよりも冷たさが際立っていた。173センチの長身はしなやかに鍛えられ、胸も控えめで凛とした均整を保っている。


人とは思えないその造形と雰囲気に、初めて会った時は息が止まる思いだった。


"人に懐かない綺麗な黒猫"


はじめはそんなイメージだった。わたくしと彼女は雇い主と雇われの傭兵。それだけだったのだから、綺麗だからといって特に気にも止めなかった。むしろ、本当に実力はあるのかと少し下に見ていた。しかし、彼女は強かった。黒い不思議な刀で戦っていた。戦友。わたくしの同士だと思った。どこか距離をとる黒猫がわたくしには徐々に懐き、それを嬉しく思った。


ユルドは人気者。それは男女問わずだか、ユルドはそれに気づかない。綺麗で可愛らしい猫に人が寄っていくように、ユルドにも人が寄った。ユルドはそれでいて、自分が魅力的ことに気づかない。恋愛をしたことがないのだろうか。


目の前の黒猫は、冷たく綺麗な氷のような表情をわたくしを見た瞬間、ふにゃりと溶けさせた。


「フィーネ」


低くも、高くもないでも口調は弾んでいて、私の耳に心地よく響く。


──ああ、これだから困るのです。


わたくしにそんなに懐かれては困るのです。貴方を仲間だと感じてしまう。ただの傭兵のひとりでしか無かったのに。これでは、わたくしが悔しいではありませんか。


そして、ユルドはわたくしを見ながら言うのです。


「綺麗。」


思わず出てしまった。そんな様子から本心だと分かり、わたくしは恥ずかしくて、頬が熱くなってしまう。


「な、ななな」


ただでさえ困っているのに、貴方はわたくしをさらに困らせるのね。本当に迷惑な人だわ。


でも、嫌いじゃない。ユルド、雇われの傭兵と言ったけれど、わたくしはとっくに貴方とラグナを仲間と認めているのよ。


こんなの、悔しくて言えないわね。


いつか、ちゃんと認めていると言えたなら、また嬉しそうにしてくれるかしら?


きっと、するでしょうね。



◇◆◇



フィーネと会って数分後、私たちふたりは買い物へ出かけた。私がフィーネに買い物に行きたいけど、道が分からなくて困ってると伝えたら、「別に、付き合ってあげなくもないわ」とフィーネは言ってくれたのだ。


フィーネは街の広場や市場を巡り、普段ユルドが気に留めないものをひとつずつ紹介していった。


 絹を売る露店の賑わい、子供たちが追いかける紙風船、甘い菓子を並べる屋台――。


 その説明をする彼女の横顔は誇らしげで、同時にどこか嬉しそうだった。


「ここは子供のころからよく訪れていましたの。

 剣の稽古が終わると、よくメイドと一緒にお忍びで街に降りてきて、お菓子をこっそり買いましたわ。」


 語る言葉は、普段の副団長としての顔ではなく、ひとりの少女の思い出だった。

 ユルドは思わず立ち止まり、彼女を見つめる。


「……なんですの?」

「いや……少し、驚いているだけ」

「驚く…?」

「フィーネが、戦場以外でも笑うんだなと思って」


 その瞬間、フィーネの頬に赤みが差す。

 だが彼女はすぐに表情を整え、背を向けて小さく言った。


「……笑いますわよ、わたくしだって」


 けれどその声は、ほんの少し照れを含んでいた。

門の上で話した時はあんなに頼もしく笑顔を浮かべていたというのに、街でのフィーネの笑顔はもっと違うものに見える。騎士ではなく、17歳の少女としての年相応の笑顔。


フィーネと話していて思うのは、フィーネは素直ではない。少し不器用でもある。1人の少女の彼女と接すると、彼女の新しい面を見つけれるようで少し嬉しい。


この日、私たちは戦友であり、また友人でもある。そんな関係にまた変化した。私は新しい友人ができたと感じていた。


夕方。辺りはオレンジ色に染まり、1日の終わりの始まりを感じさせる時。フィーネは馬車に乗って帰った。


1日の満足感に浸りながら、帰路に着いた。


そして───また迷ってしまった。


「ここ、どこなの…」


成長しない自分が嫌になる。

私はまた昼のように立ち尽くしたのだった。




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生き残りドラゴンは正体をひた隠す〜黒猫傭兵と金の女騎士〜 逆さのヨー @sakasa632

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