第12話

昼下がりの医療所は、いつになく穏やかだった。

傷だらけの体をベッドに横たえたラグナは、薬草の香りと軽い疼痛に包まれながら目を閉じる。先日の戦いで負った無数の傷は、ラグナの頑強な体でも、さすがに少し疲弊を残していた。


「ラグナ様、水をお持ちいたしました!」


そうラグナに声をかけたのは、医療所にきてからラグナの世話をしているという人族、リィナだった。

薄紫の瞳と灰色の髪色が特徴的だ。頭部から生えている猫の耳とおしりの付け根から生える尻尾は彼女が獣人であることを示していた。灰色の髪色はラグナと同じ色合いをしていて、ラグナは同じ獣人でありことにリィナは自分と似ていると無意識に思っていたのだ。


「おう、ありがとうな」

「いえ、大丈夫ですよ!」


リィナは明るく、親切だ。ズキズキと痛む傷がリィナが居ることで癒されているような気さえする。


水を1口のみ、リィナに渡す。


「水も飲み終わったようなので、包帯を変えますね!」


「おう、助かるぜ」


リィナは水を近くの机に置くと、棚から包帯を取り出し、ベットに座った。それからラグナの包帯を変える作業に入る。


なにしろ傷が多い。包帯の交換には時間がかかる。その間、ラグナとリィナは談笑し、リィナの年齢が16歳であること、この医療所には医学を学びたくて住み込みで働かせてもらっていることなど、たくさんの事をラグナに話してくれた。


ラグナも包帯を変えながら話すリィナの話を目を見て聞いていた。そして、少しの沈黙が訪れ、ラグナもなんとなく黙っていたところ、リィナがぽつりぽつりと話し始めた。


「ラグナ様……私昔は、奴隷として辛い日々を過ごしていました。毎日、体と心の自由を奪われる生活で……でも、今こうして自分の意思で生きられる。ラグナ様は自由になった後、どんな思いで生きてきたのですか?」


痛みに耐えるような、苦痛に満ちたそんな顔をして、リィナの頬には1粒の涙が線を作っていた。


ラグナは一瞬目を細め、遠くを見つめる。奴隷時代の痛み、逃げた夜、恩人に助けられた日のことが走馬灯のように蘇る。


「……辛かったが、恩人のおかげでここまで来られた。自由と、自分の力で生きる喜びを知ったんだ」


涙を拭き、少し微笑んでリィナは言う。


「なんだか、私たち、似ていますね。」


ラグナは胸が熱くなった。


ラグナも同じことを思っていたのだ。俺たちは似ていると。自分だけでは無い。その事実がまたラグナに勇気を与えた。



◇◆◇



「道に迷った…」


今にも泣く思いで私、ユルドは立ち尽くした。


今日は傭兵の仕事はお休み。ラグナが医療所にいる以上、仕事が半強制的に休みとなる。


そこで、私は王都へ出かけた。お金も王都にきてからの仕事で稼いでいたから余裕があったし、何より、買い物というものをして見たかったのだ。


その結果、迷子になってしまった。


いやはや、自分がこんなに方向音痴だとは思わなかった。王都は道が複雑で、いつの間にか人が多い大通りから、人というより馬車が多く通るような道に来てしまった。この道は住宅街なのだろう。大きくて小綺麗な家が両サイドに建っていた。


もしかしたら貴族の住宅街なのかもしれない。せめて馬車ではなく通行人がいれば、道を聞けるのに…。


困る私の横を何台もの馬車が通り過ぎていく。そして、ひと際豪華な装飾がしてある馬車が通り過ぎた。


「すごいな、絶対偉い貴族だ」


馬車の側面に家紋らしき印があり、金で書かれている。


すると、その馬車が私の数メートル前で止まった。

扉が開き、メイドらしき服装をした人物がおりて、扉の横にたつ。また誰かが出てきそうな様子だ。


私は誰が降りてくるのか気になり、目を向けながらそこに注目する。そこから降りてきたのは、ドレス、といえば控えめな、質素な白いドレスを着た1人の金髪金目の女性が降りてきた。白いドレスが彼女の白い肌と馴染んでいる。質素だが、むしろ彼女の美しさを引き立ててるように見えた。


思わず息を飲み、目を見開いた。


太陽は彼女を照らし、彼女の金色の髪はキラキラと輝き、眩しくて、目を細めた。


こんな太陽に愛される人を私は1人しか知らない。


「ユルド、こんな所で何をしているのよ?」


「フィーネ」


こんな所で会えるなんて、なんだか嬉しい。思わず表情が崩れてしまう。


はじめは気づけなかった。いつもと違ったから。なんて言うか…


綺麗。


「綺麗。」


訝しげに私を見ていた彼女の表情は驚きの表情へと変わり、頬をほんのり朱色に染めた。


「な、ななな」


あまりにも動揺するものだから、彼女はあまり褒められ慣れてないのだろう。


なんだか、私まで照れくさい…!


「何言ってるのよ!!…じゃなくて、何をしてるのって聞いているのよ。質問に答えなさい。」


口調は怒っているが、目は逸らして、なんだか恥ずかしそうにしている。


胸がぎゅっとなりなんとなくいたたまれなくなって、早口で答えた。


「街を歩いてたら迷子になっちゃった」


「…もしかして貴方、方向音痴かしら?」


彼女の顔はニヤリと笑い、面白いことを知った。そんな顔になった。


お願いだから、そんな顔で見ないでほしい…。


私はさらにいたたまれなくなってしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る