第5話 決意(2)



 結局、その後は劇の練習に参加することになった。

 やりたくもない『主役』のセリフを、ただロボットのように言うだけだった。

 悔しかった。

 何もできなかった自分が恥ずかしくて、みんなの顔を見ることができなかったんだ。


〈ま、アリスらしいけどな〉


 家に帰って、そのままベッドへダイブ。

 家に帰りたいっていう願いが叶ったはずなのに、気がズーンと重かった。

 お気に入りのクッションを抱きしめて、天井を見る。

 わたしの枕元には、チェリーちゃんが寝そべっていた。


〈結局、劇も『夢サーカス』も主役をやるんだろ? できるのか?〉

「分かんないよ。どうしたらいいのか分かんない」


 もう、どうしたら良いのか分かんないよ。

 わたしはこのまま、自分の気持ちを押し殺してまで『主役』をやらなきゃいけないの?

 みんなで作る劇ってさ、楽しいものじゃないの?


〈とりあえずさ、〉


 チェリーちゃんが、自分の手を舐めながら言った。

 キレイにお手入れしているのか、ペロペロと丁寧に舐めていく。


〈『夢サーカス』で主役をやって、そこで自信をつけるのが良いと思うぞ〉

「え、『夢サーカス』で?」

〈そっちの舞台に立って、一度やってみるんだ。そうしたら、自信が出るんじゃないか?〉

「……そう簡単にいくのかな」

〈いくさ〉


 そう言って、チェリーちゃんは立ち上がった。

 寝転がるわたしのお腹にトスッと乗っかってきて、赤い瞳をこちらへ向ける。

 真っ赤ではない、サクランボの赤色みたいな、キレイな色だった。


〈そのための『夢サーカス』だからな〉


 え?

 夢サーカスの『夢』の意味って……。


「自分がなりたい『夢』を叶えてくれる場所なの?」

〈いや、ちょっと違うな〉


 チェリーちゃんは、ぽすんと腰を下ろした。


〈叶えたい『夢』のために手を貸してもらうところ、それが『夢サーカス』だ〉


 つまり。

 あのサーカス団は、叶えたい『夢』を叶えられるように助けてくれる場所ってこと。

 ってことは、仮面を被っている団員さんたちには、それぞれ『夢』があるってことだよね。

 じゃあ。ウォルさんにも『夢』があるのかな。


〈『夢』が叶ったところで、あそこを出ていかなくちゃならないルールはない。ウォルは、好き好んで『夢サーカス』に残っているんだ。そういう団員だってたくさんいる。みんな、団長が好きだからな〉


 やっぱり、ラピスさんはみんなに慕われているんだ。

 ちょっと怖いけど、それはきっとラピスさんなりの優しさなんだ。

 だから、みんなに好かれているんだね。


〈まぁ、『夢』にはもう一つ意味があるけどな〉


 ふと、チェリーちゃんがボソッと呟いた。

 え? 聞き取れなかった。

 もう一回教えてよ。


〈……眠いから寝る。そろそろ、母親がくるぞ〉


 チェリーちゃんは、何も教えてくれなかった。

 もふもふしていた体がすぅっと透けていって、おなかにいた感覚もなくなっていく。

 あぁ、見えなくなっちゃった。

 気持ちがけっこう落ち込んでるから、チェリーちゃんのぬくもりがすごく心地よかったのに。

 ちょっと恋しくなって、おなかに手を触れたとき。


「有栖、ご飯だよ!」


 お母さんに呼ばれた。

 階段の下から、大声で呼んでいる。行かなきゃ。


「はーい!」

 わたしは、何もかも吹っ切るような声で、階段を駆け下りて行った。



 その夜。

 わたしは、『夢サーカス』に行った。

 でも、仮面は付けていない。

 お客さんとして、『夢サーカス』に来たんだ。


「あれ? チェリーちゃん?」


 おかしいな、チェリーちゃんとはずっと一緒にいたのに。

 どこかにお散歩でも行っちゃったのかな。

 とりあえず、わたしはいつの間にか持っていたチケットを受付で見せて、中に入った。

 客席には、たくさんのお客さんがいた。

 被り物を被っているお客さんの間を縫って、自分の席を見つける。

 前みたいに最前列じゃないけど、けっこう良い席だ。

 そこに腰を下ろして、開演を待った。


「お待たせしました! 『夢サーカス』開演です!」


 はじまりの掛け声とともに、サーカスの幕が上がる。

 団員さんたちは、楽しそうに演目をはじめた。

 どれもこれもすごくて、思わず見入っちゃうくらい。

 そのとき、ふと気付いた。

 みんな被り物をしているなら、わたしも何か被っているのかもしれないって。

 ほっぺにそっと触ってみる。

 やっぱり、何かの動物の被り物をしているみたいだ。

 どんな動物なんだろう。

 なんだかすごく気になる。

 鏡は持っていないから、お手洗いとか行けば鏡で見られるかな。

 そんなことを考えていた、そのとき。


 カコーン!


 舞台上から飛んできた『球』が、わたしの頭に命中した。

 いたい!


「ごめんね、お嬢さん。『球』を渡してくれないかな」


 舞台上にいたお兄さんが、わたしに手を伸ばした。

 なんの動物かは分からない黒い仮面をつけた、不思議なお兄さん。

 わたしは、慌ててその球を拾い上げる。

 その球は、なぜか表面が鏡みたいになっていた。

 キレイでツルツルな、新品の鏡みたい。

 球をじっくりと眺めて、お兄さんに返そうとしたとき。


「え……」


 その球に、なぜかウサギが映り込んでいた。

 ほんのり水色の毛並みに、真っ青な瞳。

 現実にはいないウサギの被り物。

 その被り物には、なぜか見覚えがあった。

 なんでだろう。


「ごめんね、返してくれる?」


 あっ!

 見れば、お兄さんが困ったようにわたしを見ていた。

 ご、ごめんなさい!

 返します!

 慌てて球を渡した、そのとき。


「またおいで」

「え?」


 聞き覚えのある声。

 ハッとして、お兄さんを見上げる。

 黒い仮面を付けたお兄さんが、わたしに向かって微笑んでいた。


「君は、『夢』を叶えられるよ」

「ラ……」


 この声を、わたしは知っている。

 仮面は違うけど、絶対にあの人だ。

 優しいけどちょっと怖い、不思議なあの人。


「ラピスさん!」


 大声を出した瞬間、まわりの景色が変わった。

 水色のカーテン、白い天井。

 差し込む陽の光が、わたしの顔を照らしている。

 あれ……? わたしの部屋?


〈どうしたんだ、寝言か?〉


 隣で、声がした。

 見れば、チェリーちゃんが小さくあくびをしているところだった。


〈変な夢でも見たのか〉

「ゆ、夢……?」


 え、じゃあ、あの『夢サーカス』は夢だったの?

 あんなにリアルだったのに?


「変な夢……。なんで、夢の中にまで『夢サーカス』が出てきたんだろう?」

〈……答えを言っているじゃないか〉

「え?」


 答えを言っている?

 よく分からないんだけど。

 教えてよ、チェリーちゃん。

 そんな気持ちを込めてじっと見つめると、チェリーちゃんは毛づくろいを始めた。


〈団長に聞きな。夢に出てきたんだろう?〉


 どうやら、教えてくれなそうだ。

 しかたない、聞きに行くしかないか。

 今日は土曜日だから、何もない日。

 市立図書館にでも行くって言ってお出かけすれば、しばらく『こっち』にいなくてもバレないよね。

 よし、そうしよう。

 朝ご飯を食べてから、準備をしようかな。


〈ついでに、『主役やりたくないって言えなかった』という報告もしろよ〉

「……あ、そうだった」


 一気に気持ちがズーン!

 あぁ、やっぱり行きたくない……。


〈ほら、早く準備に行ってこい! じゃないと、一緒に曲芸やらないぞ!?〉


 そ、それは困る!

 ラピスさんに怒られちゃう!

 わたしは、チェリーちゃんに急かされるように準備を始めたのだった。


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