第5話 決意(2)
*
結局、その後は劇の練習に参加することになった。
やりたくもない『主役』のセリフを、ただロボットのように言うだけだった。
悔しかった。
何もできなかった自分が恥ずかしくて、みんなの顔を見ることができなかったんだ。
〈ま、アリスらしいけどな〉
家に帰って、そのままベッドへダイブ。
家に帰りたいっていう願いが叶ったはずなのに、気がズーンと重かった。
お気に入りのクッションを抱きしめて、天井を見る。
わたしの枕元には、チェリーちゃんが寝そべっていた。
〈結局、劇も『夢サーカス』も主役をやるんだろ? できるのか?〉
「分かんないよ。どうしたらいいのか分かんない」
もう、どうしたら良いのか分かんないよ。
わたしはこのまま、自分の気持ちを押し殺してまで『主役』をやらなきゃいけないの?
みんなで作る劇ってさ、楽しいものじゃないの?
〈とりあえずさ、〉
チェリーちゃんが、自分の手を舐めながら言った。
キレイにお手入れしているのか、ペロペロと丁寧に舐めていく。
〈『夢サーカス』で主役をやって、そこで自信をつけるのが良いと思うぞ〉
「え、『夢サーカス』で?」
〈そっちの舞台に立って、一度やってみるんだ。そうしたら、自信が出るんじゃないか?〉
「……そう簡単にいくのかな」
〈いくさ〉
そう言って、チェリーちゃんは立ち上がった。
寝転がるわたしのお腹にトスッと乗っかってきて、赤い瞳をこちらへ向ける。
真っ赤ではない、サクランボの赤色みたいな、キレイな色だった。
〈そのための『夢サーカス』だからな〉
え?
夢サーカスの『夢』の意味って……。
「自分がなりたい『夢』を叶えてくれる場所なの?」
〈いや、ちょっと違うな〉
チェリーちゃんは、ぽすんと腰を下ろした。
〈叶えたい『夢』のために手を貸してもらうところ、それが『夢サーカス』だ〉
つまり。
あのサーカス団は、叶えたい『夢』を叶えられるように助けてくれる場所ってこと。
ってことは、仮面を被っている団員さんたちには、それぞれ『夢』があるってことだよね。
じゃあ。ウォルさんにも『夢』があるのかな。
〈『夢』が叶ったところで、あそこを出ていかなくちゃならないルールはない。ウォルは、好き好んで『夢サーカス』に残っているんだ。そういう団員だってたくさんいる。みんな、団長が好きだからな〉
やっぱり、ラピスさんはみんなに慕われているんだ。
ちょっと怖いけど、それはきっとラピスさんなりの優しさなんだ。
だから、みんなに好かれているんだね。
〈まぁ、『夢』にはもう一つ意味があるけどな〉
ふと、チェリーちゃんがボソッと呟いた。
え? 聞き取れなかった。
もう一回教えてよ。
〈……眠いから寝る。そろそろ、母親がくるぞ〉
チェリーちゃんは、何も教えてくれなかった。
もふもふしていた体がすぅっと透けていって、おなかにいた感覚もなくなっていく。
あぁ、見えなくなっちゃった。
気持ちがけっこう落ち込んでるから、チェリーちゃんのぬくもりがすごく心地よかったのに。
ちょっと恋しくなって、おなかに手を触れたとき。
「有栖、ご飯だよ!」
お母さんに呼ばれた。
階段の下から、大声で呼んでいる。行かなきゃ。
「はーい!」
わたしは、何もかも吹っ切るような声で、階段を駆け下りて行った。
その夜。
わたしは、『夢サーカス』に行った。
でも、仮面は付けていない。
お客さんとして、『夢サーカス』に来たんだ。
「あれ? チェリーちゃん?」
おかしいな、チェリーちゃんとはずっと一緒にいたのに。
どこかにお散歩でも行っちゃったのかな。
とりあえず、わたしはいつの間にか持っていたチケットを受付で見せて、中に入った。
客席には、たくさんのお客さんがいた。
被り物を被っているお客さんの間を縫って、自分の席を見つける。
前みたいに最前列じゃないけど、けっこう良い席だ。
そこに腰を下ろして、開演を待った。
「お待たせしました! 『夢サーカス』開演です!」
はじまりの掛け声とともに、サーカスの幕が上がる。
団員さんたちは、楽しそうに演目をはじめた。
どれもこれもすごくて、思わず見入っちゃうくらい。
そのとき、ふと気付いた。
みんな被り物をしているなら、わたしも何か被っているのかもしれないって。
ほっぺにそっと触ってみる。
やっぱり、何かの動物の被り物をしているみたいだ。
どんな動物なんだろう。
なんだかすごく気になる。
鏡は持っていないから、お手洗いとか行けば鏡で見られるかな。
そんなことを考えていた、そのとき。
カコーン!
舞台上から飛んできた『球』が、わたしの頭に命中した。
いたい!
「ごめんね、お嬢さん。『球』を渡してくれないかな」
舞台上にいたお兄さんが、わたしに手を伸ばした。
なんの動物かは分からない黒い仮面をつけた、不思議なお兄さん。
わたしは、慌ててその球を拾い上げる。
その球は、なぜか表面が鏡みたいになっていた。
キレイでツルツルな、新品の鏡みたい。
球をじっくりと眺めて、お兄さんに返そうとしたとき。
「え……」
その球に、なぜかウサギが映り込んでいた。
ほんのり水色の毛並みに、真っ青な瞳。
現実にはいないウサギの被り物。
その被り物には、なぜか見覚えがあった。
なんでだろう。
「ごめんね、返してくれる?」
あっ!
見れば、お兄さんが困ったようにわたしを見ていた。
ご、ごめんなさい!
返します!
慌てて球を渡した、そのとき。
「またおいで」
「え?」
聞き覚えのある声。
ハッとして、お兄さんを見上げる。
黒い仮面を付けたお兄さんが、わたしに向かって微笑んでいた。
「君は、『夢』を叶えられるよ」
「ラ……」
この声を、わたしは知っている。
仮面は違うけど、絶対にあの人だ。
優しいけどちょっと怖い、不思議なあの人。
「ラピスさん!」
大声を出した瞬間、まわりの景色が変わった。
水色のカーテン、白い天井。
差し込む陽の光が、わたしの顔を照らしている。
あれ……? わたしの部屋?
〈どうしたんだ、寝言か?〉
隣で、声がした。
見れば、チェリーちゃんが小さくあくびをしているところだった。
〈変な夢でも見たのか〉
「ゆ、夢……?」
え、じゃあ、あの『夢サーカス』は夢だったの?
あんなにリアルだったのに?
「変な夢……。なんで、夢の中にまで『夢サーカス』が出てきたんだろう?」
〈……答えを言っているじゃないか〉
「え?」
答えを言っている?
よく分からないんだけど。
教えてよ、チェリーちゃん。
そんな気持ちを込めてじっと見つめると、チェリーちゃんは毛づくろいを始めた。
〈団長に聞きな。夢に出てきたんだろう?〉
どうやら、教えてくれなそうだ。
しかたない、聞きに行くしかないか。
今日は土曜日だから、何もない日。
市立図書館にでも行くって言ってお出かけすれば、しばらく『こっち』にいなくてもバレないよね。
よし、そうしよう。
朝ご飯を食べてから、準備をしようかな。
〈ついでに、『主役やりたくないって言えなかった』という報告もしろよ〉
「……あ、そうだった」
一気に気持ちがズーン!
あぁ、やっぱり行きたくない……。
〈ほら、早く準備に行ってこい! じゃないと、一緒に曲芸やらないぞ!?〉
そ、それは困る!
ラピスさんに怒られちゃう!
わたしは、チェリーちゃんに急かされるように準備を始めたのだった。
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