第5話 決意(1)

「急に飛び出すから、びっくりしちゃった」


 そう言ってわたしを見たのは、副委員長の奏ちゃんだ。

 いつもクラスを引っ張ってくれて、にこにこ笑っている子。

 そんな奏ちゃんの隣にいるのが、クラス発表実行委員の美紅ちゃん。

 美紅ちゃんはちょっとクールで、すごくまじめな子。

 この二人になら、話ができるかもしれない。

 わたしは、息をごくんと呑んだ。


「やっぱり、主役はいや?」


 奏ちゃんが、首を傾げて聞いてきた。

 美紅ちゃんも、隣で真剣な目をしている。

 もしかして、主役を代えてくれるのかな。

 だって、絶対に奏ちゃんか美紅ちゃんの方が主役っぽいもん。

 二人がやった方が、絶対に似合うし『アリス』も喜ぶと思うんだよね。


「あの、そのやっぱりわたし、主役は……」

「……有栖ちゃん。もし主役をやらないとしたら、どの係をするの?」


 主役はやりたくない。

 そう言おうとしたとき、美紅ちゃんが言葉を遮ってきた。

 鋭い目で、わたしをじっと見つめている。


「もう係は決まっているし、今さら代えることなんて難しい。それでも、有栖ちゃんは主役を交代したいの?」

「そ、それは……」

「もし主役を代えるとなったら、次の主役の人を見つけなきゃならない。でも、本番まであと三週間しかないんだよ? 今から代えるのは難しいよね?」


 こ、怖い。

 美紅ちゃんが、とんでもなく怖い。

 でも、でも。

 これだけは言わせて欲しい。


 勝手に主役を押し付けてきたのは、そっちでしょ!?


 ただ名前が一緒だからって理由で。

 しかも、委員長から言い出して。

 それで「主役はできない」って言ったら、なんでわたしが責められるの!?

 意味が分からない!


「と、とりあえず、一旦戻ろうよ」


 美紅ちゃんの言葉を引きつった笑みで聞いていた奏ちゃんが、わたしに向かって微笑んできた。

 わたしの手をそっと取って、体育館を指差す。


「みんな、待ってるよ」

「……行かなきゃダメ?」

「ダメに決まってる。だって主役なんだから」

「み、美紅ちゃんはそう言ってるけど、とりあえず行こう?」


 あぁ、奏ちゃんは美紅ちゃんが怖いのかもしれない。

 これじゃ、どっちが学級委員なのか分からないよ……。

 わたしは、奏ちゃんに引っ張られるようにして、体育館に向かった。



 体育館は、やっぱり暑かった。

 そんな中でわたしを待っていたのは、委員長だった。

 背が高くて、大柄の男子。圭斗くんって言うんだけど、わたしはちょっと苦手だった。


「有栖。どこに行ってた?」

「え、えっと……」

「主役をやりたくないって、ずっと言ってるだよ」


 言葉につまったわたしの隣で、美紅ちゃんがはぁとため息を吐いた。

 そ、そんな言い方しなくても……。

 だってわたし、主役をやりたいだなんて、一言も言ってないもん。


「主役、やりたくないの?」

「う、うん」

「そっか。でもな、あれを見て欲しい」


 圭斗くんが指差したのは、体育館の後ろ。

 そこには、大道具係が作った森や木がたくさん並んでいた。

 他にも、衣装係が作ったトランプ兵の衣装。

 小道具係が作った、お茶会のティーセット。

 もちろん、『アリス』のブルーのワンピースもでき上がってきていた。


「クラス全員が有栖のためにここまで作ってくれているんだ。その想いを、有栖は背負ってあげて欲しいんだ」


 ……はぁ?

 そっちが勝手に『アリス』役にしてきたのに、「わたしのために作ったんだから『主役』をやれ」ってこと?

 クラスの劇は、みんなで作るものだよね。

 それなのに、「わたしのために作った」っておかしくない?


「有栖ちゃん……」


 わたしの後ろで、奏ちゃんが困った顔をしている。

 けど、圭斗くんと美紅ちゃんは、自分たちが正しいという顔をしている。

 どうしよう。

 このイライラを言ってしまいたいのに、怖くて言えない。

 言ったら、きっと圭斗くんたちは怒る。そして、劇どころじゃなくなっちゃう。

 それで、クラスの子たちにも迷惑がかかっちゃう。

 そんなのは、いやだ。

 わたしのせいで劇が台無しになるのはいやだ。

 でも……。


〈アリス。言いたいことは言うんだ〉


 耳元で、小さな声がした。

 動けないくらい体が固まっているけど、この声は見なくても分かる。

 チェリーちゃんだ。

 言いたいことは、言ったほうが良い。

 ラピスさんも同じようなことを言ってた。


「で、主役はやってくれるよね?」

「有栖だもんな」


 美紅ちゃんと圭斗くんに迫られる。

 やりたくない。

 これは、ちゃんと伝えなきゃ。

 その言葉を言うために、わたしは震える口を開いた。


「や、やります……」


 口からは、言いたいことと真逆の言葉が飛び出した。

 あぁ、わたしはダメだ。

 自分の意見なんか言えない。

 その場に流されて、全部「はい」って答えるだけ。

 涙が出てきそうだった。

 喉の奥がツンとした。

 でも、泣いたら負けのような気がして。

 わたしは、ただ両手をぐっと握りしめた。

 それだけしかできなかった。



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