第6話 練習(1)
「いらっしゃい、アリス」
市立図書館の裏側で、人がだれもいないことを確認してから、わたしは仮面を付けた。
ちゃんと、チェリーちゃんも一緒に。
仮面を付けた途端、広がる不思議な世界。
キラキラと輝くサーカステントの前で、ラピスさんが出迎えてくれた。
「来なかったら、お迎えに行こうと思ってたよ」
優しい笑顔。
仮面の下の瞳は、わたしのことをじっと見つめていた。
「ちゃんと言えた?」
その言葉に、わたしはぎゅっと胸をしめつけられた。
主役をやりたくないと言えなかった自分。
自分の気持ちを言えなかったこと。
あのときの気持ちが、ぐっと押し出されてきたんだ。
「……言えませんでした」
思っていたよりも小さな声が出た。
これ以上、口を開くと泣いてしまいそうだった。
声が震えているのが分かる。
涙をこらえていると、ぽんっと頭に何かが触れた。
ハッと顔を上げる。
そこには、微笑むラピスさんの姿があった。
「がんばったんだね」
白い手袋をした、大きな手。
それがわたしの頭に触れて、ぽんぽんとなでてくれていた。
「これから、アリスはどうしていきたい?」
どうしていきたいか。
きっと、劇では『主役』をやらなくちゃならない。
それは、もういい。受け入れるよ。がんばる。
でも、自分の気持ちは伝えたい。
何でいやなのか、どうして逃げたのか。
だから、伝えられる勇気が欲しい。
「自分の気持ちを、言えるようになりたいです」
「よし。ちゃんと言えたね」
ラピスさんは、にこりと笑った。
「『自分の気持ちを伝えたい』ってことを言えたのも、アリスの成長だよ。がんばったね」
そう言ってもらえて、我慢していた涙が一つだけこぼれた。
でも、それ以上は流したくない。
泣くのは、全部が終わった最後にしたいから。
「ここは『夢サーカス』。アリスの叶えたい『夢』を、全力で支えるよ」
あたたかい言葉。
こぼれてきそうな涙をこらえるために、わたしはぐっと上を向いた。
淡い水色の空。
それは、下の方に向かってだんだんとオレンジ色になっていた。
お昼と夕方の間、不思議な空が見られる時間だ。
「あと一時間くらいで、ショーが始まる。アリス、舞台に出てみようか」
「えっ?」
急な申し出。
悔しい気持ちが、ラピスさんのおかげで落ち着いてきていたのに。
思いがけない言葉に、わたしの涙は急に引っ込んだ。
おかげで、涙がぴたっと止まる。
「い、今、なんて……?」
「だから、アリスの初舞台だよ。チェリーと練習したんでしょ? やろうよ」
ええぇ!?
練習って言っても、ちゃんとした練習はしてないよ!?
これをこうやろう、っていう打ち合わせみたいなことしかしてないもん!
「む、無理です!」
「大丈夫。他の子たちとリハーサルもするから」
そう言う問題じゃないよ!
「という訳で、練習とリハーサルを一緒にやってもらいたいんだ」
どうやら、わたしには拒否権っていうものがないみたい。
ラピスさんに手を引かれ、チェリーちゃんに足を押され、連れてこられたのはサーカスの舞台。
団員さんたちがそれぞれ練習しているところに、ラピスさんは入り込んでいった。
空中ブランコをしている人、ジャグリングをしている人。
みんなが仮面をつけて、練習をしていた。
「ようやくだね」
「楽しみにしてたよ」
「あのチェリーとやるんだって? 早く見たいよ」
団員さんたちは、練習の手を止めてわたしのまわりに集まってきた。
そして、たくさん話しかけてくれる。
うわぁ、みんな優しい!
あのクラスの委員長と実行委員に見せてあげたいくらいだよ。
「あれ、ミオは?」
団員さんたちを見ていたラピスさんが、ふと声を上げた。
え、ミオさん?
聞いたことないや。
「ミオなら、動物のところに行きましたよ」
「団長! ここです!」
トラの仮面を付けたお兄さんが言ったのと同時に、上の方から声がした。
見上げれば、空中ブランコの近くをだれかが飛んでる!?
な、何かに乗って飛んでる……。
「どうしたんですかー?」
「ちょっと降りてきて。話がある」
「はーい!」
すごく元気な人だ。
ぽかんと上を見上げていた、そのとき!
「せーのっ!」
かけ声とともに、その人は乗っていた『何か』から飛び降りた。
ぎゃ、ぎゃあぁ!
落ちる!
「はい、よいしょっと」
「……ミオ。もう少し静かに降りてきなさい」
「はーい!」
元気よく答えるミオさん。
そんなミオさんに、ラピスさんはため息を吐いた。
そ、そうして欲しいよ。
心臓がまだバクバク言ってるもん……。
背が高くて、髪は金色の、キレイな大人のお姉さん。
仮面は、なんとクジャクだった。
虹色の仮面に、キラキラの宝石がたくさんついてる。それに、わたしの仮面とは違って、カラフルな羽根もついているの。
でも、子どもっぽくてすごく元気。
にこって笑う笑顔が、太陽みたいだった。
「この子はミオ。クジャク使いだよ。クジャクに乗って、空を飛ぶ芸をしてるんだ」
ラピスさんが、そう教えてくれる。
すると、上からゆっくりクジャクが降りてきた。
優雅に舞って、ミオさんの肩に乗る。
そして、金髪をちょんっと引っ張った。
「よろしくね、アリスちゃん!」
「よ、よろしくお願いします」
「ミオも動物を使った芸をするから、アリスの先生にちょうど良いと思ってね。ミオ、アリスに色々教えてあげてくれるかな」
「はーい!」
そっか、わたしはチェリーちゃんと一緒にやる芸だから、同じような芸の団員さんを紹介してくれたんだね。
さすが、ラピスさんだ。
「アリス、がんばってね。『主役』、楽しみにしてるよ」
「え、行っちゃうんですか?」
「うん。今日のお客さんの人数を把握しないとならないから」
その言葉が終わるころには、ラピスさんの姿がゆらゆらと揺れ始めた。
そして、ふっとその場から消える。
ま、また置いてかれた……。
他の団員さんたちは「がんばるぞ!」って散り始めたし。
わたし、やっていけるのかな……。
「さ、アリスちゃん。一緒に練習しようか」
そんなわたしに、ミオさんが声をかけてくれた。
クジャクをツンツンとしながら、にこっと笑った。
「団長なら、すぐ戻ってくるよ」
「お客さんの人数って、チケットを買った人の数を数えるんですか?」
「ううん。それはね、ラピスさんが『夢の世界』の人たちを……」
そのとき、コホン。
どこからか、咳払いが聞こえてきた。
「え、チェリーちゃん?」
その正体は、わたしの肩に乗ったチェリーちゃんだった。
しっぽをゆらゆらさせながら、ミオさんを見つめている。
「……チェリーが言っちゃダメだって言ってそう。じゃあ、言わないね!」
「えぇ、なんでダメなの!?」
〈団長から止められてるんだよ。自分で思い出すまで秘密だってな〉
思い出すまで秘密?
わたし、何か忘れてるのかなぁ?
この前も確かそう言われたし。
「とりあえず、練習しよっか!」
ミオさんは、わたしの手をぐいっと引っ張った。
「でも、その前にウォーミングアップ! アリスちゃん、簡単なウォーミングアップと、難しいウォーミングアップ、どっちがいい?」
そんなの決まってる。
そう考えたって、絶対そっちでしょ!
「簡単な方で!」
「よし、簡単な方ね!」
ミオさんは、グッドサインを出した。
あれ、なんかいやな予感がする……。
分かんないけど、ちょっと背中がぞくって言ったような感じ。
直感的に何かを悟って、ズズッと後ずさり。
でも、ミオさんに手を掴まれているから、逃げることもできなかった。
「ジャックに乗ろう!」
「なんで!?」
「大丈夫、ジャックをもう少し大きくするから!」
違う! そういう意味じゃない!
なんで、そのクジャクに乗るの!?
ウォーミングアップって、そんなに活発なものじゃないと思うんだけど?
「ほら、ジャック。お願い」
ミオさんは、クジャクのジャックさんにあのキャンディを渡している。
キャンディをペロッと舐めたジャックさん。
キレイな羽根をうならせて、倍くらいの大きさに変化した。
うっわぁ……。
大きすぎるクジャクって怖い……。
「さ、乗ろう!」
「やだ!」
「安全運転するから! ……きっと」
その『きっと』が怖すぎる!
拒否しまくったけど、やっぱりダメだった。
ジャックさんの背中に乗せられて、ミオさんがわたしの後ろに乗る。
そして、ミオさんが「レッツゴー!」と言った瞬間!
ぶわっと羽根が動き、ゆっくりと宙に浮いていく。
あっという間に、まわりの景色は空中へ。
「ひぎゃぁ!」
「あははは! 最高!」
ジャックさんが旋回するたび、わたしは絶叫。ミオさんは歓声。
もういやだぁ!
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