第2話 開演(2)
*
連れていかれたのは、外だった。
オレンジ色の夕焼け空を見て、わたしはぼんやりとする。
あれ、ここって倉庫の中だよね……?
「ここはね、『不思議の世界』だよ」
ラピスさんが、おもしろそうに言った。
「別にそんな名前じゃないけどね。アリスにぴったりな表現じゃない?」
「あ、そうですね……」
もう何がなんだか分からない。
倉庫の中に空があるはずはない。
ということは、ここはきっと別の世界なんだ……。
「ほら、見て。これが僕たちのテントだよ」
指差されたのは、わたしの後ろ。
だから、ゆっくり振り返ってみた。
「わぁ!」
わたしたちが出てきたところ。
それは、大きなテントだった。
水色と黄色のストライプが入った、サーカスのテント。
イルミネーションみたいな光を付いていて、すごく華やかだった。
「毎日、ここでショーをしてるんだよ。お客さんもたくさん来てくれるんだ」
「す、すごい……」
「こっちには動物もいるよ。みんな、僕たちのショーに出てくれるんだ」
テントの近くには、銀色の檻がずらりと並んでいた。
その中には、ライオンやトラなど、たくさんの動物がいる。
も、猛獣だぁ……。
わたしは怖くなって、ラピスさんの後ろに隠れた。
そのとき。
〈ラピスさんだ~!〉
〈今日もかっこいいねぇ〉
どこからか声が聞こえてきたんだ。
え? どこから?
ここには、わたしとラピスさんしかいない。
それに「ラピスさんかっこいい」って言ってるから、ラピスさんの声じゃないことは確かだ。
じゃあ、だれ?
〈あれ、君はわたしたちの声が聞こえるの?〉
また声が聞こえた。
ハッとして、聞こえてきた方を見る。
そこには。
「シ、シマウマ?」
「どうしたの?」
「い、いえ。なんか、この子の声が聞こえた気がして……」
そんなわけないよね!
わたしは適当に笑ってごまかす。
だけど、ラピスさんは急に真剣な顔になった。
「なんて言ってたの?」
「え? えっと、『ラピスさんかっこいい』って」
「僕?」
「他の声も聞こえたんですけど、みんなそう言ってました」
「本当?」
「ほ、本当です!」
どうやら疑われてるみたい。
そりゃそうだよね。だって、動物の声が聞こえるはずないもん。
「……すごいね、アリス」
じっと黙っていたラピスさんが、急に笑顔になった。
檻のすき間から手を伸ばして、シマウマの頭をなでる。
シマウマは、嬉しそうにラピスさんの手にすり寄った。
かわいい……!
「他の子たちもアリスに反応してる。本当みたいだね」
見れば、他の動物たちもわたしに注目していた。
うっ、かわいいけど恥ずかしい!
「アリスがいてくれたら、この子たちを任せられるね」
「え?」
「今の時代はね、動物はサーカスに出しちゃいけないって言われてるんだ。動物だって、自分たちの意思があるからね」
「じゃあ、この子たちは……?」
「この子たちは、自分たちの意思でここにいる。なんたって、ここは『夢サーカス』だからね」
え?
動物たちがいることと、『夢サーカス』がどう繋がるの?
「アリスがここに来てくれたら、動物たちのことを任せたいな。でも、今はとりあえず、サーカスの見学だね」
ラピスさんは、金色の杖をさっと振った。
すると、その杖から輝く光の粒が現れる。
その粒は、檻にいる動物たちに降り注いだ。
「さ、行こう」
動物たちは、その粒をぱくっと食べる。
そして、嬉しそうにその場で飛び回った。
「魔法、ですか?」
「うん」
ラピスさんは、なにも隠すことなく頷いた。
サーカスの開演時間前。
テントの外には、大勢のお客さんが並んでいた。
不思議なことに、お客さんたちはみんな、仮面じゃなくて被り物をしていたんだ。
いろいろな動物たちの被り物を、頭からすっぽりと被っている。
だから、顔はまったく見えなかった。
「おや、団長。その子が新入りですかい?」
「うん。ちょっと見学にね」
受付でチケットを渡したラピスさんは、「こっち」と手招きしてくれた。
中に入ると、やっぱりすごい。さっきよりも華やかさがぐんっとアップしていて、異世界に来たみたいだった。
「ここだよ」
指定された席は、舞台の一番前の席。
えぇ? こんな最前列に座っていいの?
ラピスさんが座ったから、わたしも隣のイスに座った。
サーカスって、見るのは初めて。
映画館とはまた違うドキドキ。
やっぱり、『演じる側』じゃなくて『見る側』の方がいいなぁ。
文化祭の役も、できたら投げ出しちゃいたい。
「そう言えば、このサーカスには『主役』はいないんですか?」
さっき、ラピスさんがアナウンスしていたこと。
主役は今日も不在だ、って。
つまり、前までは主役がいたってことだよね。
「うん。前まではいたんだけどね。ケガしてやめちゃったんだ」
ラピスさんは、悲しそうに言った。
「だから、アリスに頼みたかったんだよね」
「何でわたしなんですか?」
「さぁ。何ででしょう?」
何かたくらんでいそうな笑顔のラピスさん。
顔の半分は仮面で見えないけど、絶対おもしろそうにしている顔だ。
「そろそろ始まるね」
ふと、ラピスさんは胸ポケットから金色の懐中時計を出した。
ぱかっと蓋を開いて、時間を確認する。
それを見て、ふっと思った。
確か『不思議の国のアリス』に出てくるウサギさんも、あんな時計を持ってたよね。
なんか、物語から出てきたみたい。
わたし、あのウサギさん好きなんだよなぁ。
焦ってる感じが、なんか好き。
ラピスさんは、焦ってるというか落ち着いてるイメージだけど。
「夢サーカス、開演します!」
ファーン! とラッパの音が鳴り響く。
それと同時に、仮面をつけた団員さんたちが、一気に現れた。
カーテンから飛び出してきた人もいれば、トラに乗って現れた人も。
一番びっくりしたのは、白鳥の羽みたいなので舞い降りた人。
どの人たちも、そしてどの演目も、すべてがファンタジーだった。
みんなキラキラと輝いて、現実ではありえないほどの煌めきだったんだ。
「どう? やってみたくなった?」
拍手をしながら、ラピスさんが聞いてきた。
仮面の奥の瞳は、団員さんたちをじっと見つめている。
「みんな、色々抱えてやっているんだよ。苦しんでいるのは、アリスだけじゃない。辛いのは、みんな一緒なんだ」
「……た、楽しそうですけど」
そりゃ、楽しそうだよ?
みんな笑顔で、自分の演目をやっているし。
どれもこれもファンタジーで、すごく魅力的なんだけどね。
「もしわたしが参加したとして、わたしは『主役』なんですよね?」
「そうだよ」
「な、なんで?」
「だって、君を待っていたんだもん」
わたしを待ってた?
じゃあ、わたしのことを知ってるの?
「……覚えてないか。ま、いいや。これからよろしくね」
どうやら、わたしに拒否権はないらしい。
つまり、断ることはできないってこと。
にっこりと笑ったラピスさんは、わたしをじっと見ている。
その瞳に「やりたくない」だなんて言えなくて、わたしは「はい」と頷くしかなかった。
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