第2話 開演(2)


 連れていかれたのは、外だった。

 オレンジ色の夕焼け空を見て、わたしはぼんやりとする。

 あれ、ここって倉庫の中だよね……?


「ここはね、『不思議の世界』だよ」


 ラピスさんが、おもしろそうに言った。


「別にそんな名前じゃないけどね。アリスにぴったりな表現じゃない?」

「あ、そうですね……」


 もう何がなんだか分からない。

 倉庫の中に空があるはずはない。

 ということは、ここはきっと別の世界なんだ……。


「ほら、見て。これが僕たちのテントだよ」


 指差されたのは、わたしの後ろ。

 だから、ゆっくり振り返ってみた。


「わぁ!」


 わたしたちが出てきたところ。

 それは、大きなテントだった。

 水色と黄色のストライプが入った、サーカスのテント。

 イルミネーションみたいな光を付いていて、すごく華やかだった。


「毎日、ここでショーをしてるんだよ。お客さんもたくさん来てくれるんだ」

「す、すごい……」

「こっちには動物もいるよ。みんな、僕たちのショーに出てくれるんだ」


 テントの近くには、銀色の檻がずらりと並んでいた。

 その中には、ライオンやトラなど、たくさんの動物がいる。

 も、猛獣だぁ……。

 わたしは怖くなって、ラピスさんの後ろに隠れた。

 そのとき。


〈ラピスさんだ~!〉

〈今日もかっこいいねぇ〉


 どこからか声が聞こえてきたんだ。

 え? どこから?

 ここには、わたしとラピスさんしかいない。

 それに「ラピスさんかっこいい」って言ってるから、ラピスさんの声じゃないことは確かだ。

 じゃあ、だれ?


〈あれ、君はわたしたちの声が聞こえるの?〉


 また声が聞こえた。

 ハッとして、聞こえてきた方を見る。

 そこには。


「シ、シマウマ?」

「どうしたの?」

「い、いえ。なんか、この子の声が聞こえた気がして……」


 そんなわけないよね!

 わたしは適当に笑ってごまかす。

 だけど、ラピスさんは急に真剣な顔になった。


「なんて言ってたの?」

「え? えっと、『ラピスさんかっこいい』って」

「僕?」

「他の声も聞こえたんですけど、みんなそう言ってました」

「本当?」

「ほ、本当です!」


 どうやら疑われてるみたい。

 そりゃそうだよね。だって、動物の声が聞こえるはずないもん。


「……すごいね、アリス」


 じっと黙っていたラピスさんが、急に笑顔になった。

 檻のすき間から手を伸ばして、シマウマの頭をなでる。

 シマウマは、嬉しそうにラピスさんの手にすり寄った。

 かわいい……!


「他の子たちもアリスに反応してる。本当みたいだね」

 

 見れば、他の動物たちもわたしに注目していた。

 うっ、かわいいけど恥ずかしい!


「アリスがいてくれたら、この子たちを任せられるね」

「え?」

「今の時代はね、動物はサーカスに出しちゃいけないって言われてるんだ。動物だって、自分たちの意思があるからね」

「じゃあ、この子たちは……?」

「この子たちは、自分たちの意思でここにいる。なんたって、ここは『夢サーカス』だからね」


 え?

 動物たちがいることと、『夢サーカス』がどう繋がるの?


「アリスがここに来てくれたら、動物たちのことを任せたいな。でも、今はとりあえず、サーカスの見学だね」


 ラピスさんは、金色の杖をさっと振った。

 すると、その杖から輝く光の粒が現れる。

 その粒は、檻にいる動物たちに降り注いだ。


「さ、行こう」


 動物たちは、その粒をぱくっと食べる。

 そして、嬉しそうにその場で飛び回った。


「魔法、ですか?」

「うん」


 ラピスさんは、なにも隠すことなく頷いた。



 サーカスの開演時間前。

 テントの外には、大勢のお客さんが並んでいた。

 不思議なことに、お客さんたちはみんな、仮面じゃなくて被り物をしていたんだ。

 いろいろな動物たちの被り物を、頭からすっぽりと被っている。

 だから、顔はまったく見えなかった。


「おや、団長。その子が新入りですかい?」

「うん。ちょっと見学にね」


 受付でチケットを渡したラピスさんは、「こっち」と手招きしてくれた。

 中に入ると、やっぱりすごい。さっきよりも華やかさがぐんっとアップしていて、異世界に来たみたいだった。


「ここだよ」


 指定された席は、舞台の一番前の席。

 えぇ? こんな最前列に座っていいの?

 ラピスさんが座ったから、わたしも隣のイスに座った。

 サーカスって、見るのは初めて。

 映画館とはまた違うドキドキ。

 やっぱり、『演じる側』じゃなくて『見る側』の方がいいなぁ。

 文化祭の役も、できたら投げ出しちゃいたい。


「そう言えば、このサーカスには『主役』はいないんですか?」


 さっき、ラピスさんがアナウンスしていたこと。

 主役は今日も不在だ、って。

 つまり、前までは主役がいたってことだよね。


「うん。前まではいたんだけどね。ケガしてやめちゃったんだ」


 ラピスさんは、悲しそうに言った。


「だから、アリスに頼みたかったんだよね」

「何でわたしなんですか?」

「さぁ。何ででしょう?」


 何かたくらんでいそうな笑顔のラピスさん。

 顔の半分は仮面で見えないけど、絶対おもしろそうにしている顔だ。


「そろそろ始まるね」


 ふと、ラピスさんは胸ポケットから金色の懐中時計を出した。

 ぱかっと蓋を開いて、時間を確認する。

 それを見て、ふっと思った。

 確か『不思議の国のアリス』に出てくるウサギさんも、あんな時計を持ってたよね。

 なんか、物語から出てきたみたい。

 わたし、あのウサギさん好きなんだよなぁ。

 焦ってる感じが、なんか好き。

 ラピスさんは、焦ってるというか落ち着いてるイメージだけど。


「夢サーカス、開演します!」


 ファーン! とラッパの音が鳴り響く。

 それと同時に、仮面をつけた団員さんたちが、一気に現れた。

 カーテンから飛び出してきた人もいれば、トラに乗って現れた人も。

 一番びっくりしたのは、白鳥の羽みたいなので舞い降りた人。

 どの人たちも、そしてどの演目も、すべてがファンタジーだった。

 みんなキラキラと輝いて、現実ではありえないほどの煌めきだったんだ。


「どう? やってみたくなった?」


 拍手をしながら、ラピスさんが聞いてきた。

 仮面の奥の瞳は、団員さんたちをじっと見つめている。


「みんな、色々抱えてやっているんだよ。苦しんでいるのは、アリスだけじゃない。辛いのは、みんな一緒なんだ」

「……た、楽しそうですけど」


 そりゃ、楽しそうだよ?

 みんな笑顔で、自分の演目をやっているし。

 どれもこれもファンタジーで、すごく魅力的なんだけどね。


「もしわたしが参加したとして、わたしは『主役』なんですよね?」

「そうだよ」

「な、なんで?」

「だって、君を待っていたんだもん」


 わたしを待ってた?

 じゃあ、わたしのことを知ってるの?


「……覚えてないか。ま、いいや。これからよろしくね」


 どうやら、わたしに拒否権はないらしい。

 つまり、断ることはできないってこと。

 にっこりと笑ったラピスさんは、わたしをじっと見ている。

 その瞳に「やりたくない」だなんて言えなくて、わたしは「はい」と頷くしかなかった。

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