第3話 演目(1)

 サーカスが終わると、お客さんたちは帰っていく。

 にこにこ笑いながら、テントの外に出ていくんだ。

 わたしも、ラピスさんと一緒にテントから出た。

 空はもう真っ暗で、星がいくつも輝いていた。


「今宵もありがとうございました。また明夜も、よろしくお願いします」


 出口では、団員さんたちがお辞儀をしている。

 明夜ってことは、明日の夜だよね。

 このサーカスは、夕方からしかやらないのかな。


「って、早く帰らないと!」


 もう夜だ。

 早く帰らないと、お母さんたちに心配される!


「大丈夫。ここの時間は、向こうの時間の流れと違うから」

「え、でも……」

「帰りたいんでしょ? 帰らせないからね」


 うっ。

 もう時間だって言って、なんとか帰ろうと思ったのに。

 わたしの計画は、ラピスさんにバレていた。


「だって、向こうの文化祭でも『主役』をやるんでしょ? ここで慣れていけばいいじゃん」


 そ、それはそうなんだけど。

 主役なんてやりたくないし、早く帰らせて欲しいんだよ。


「まずは、アリスの演目を決めなきゃね。ほら、こっち」

「い、いやだ」

「はいはい、行くよ」


 わたしの拒否に、ラピスさんは応じてくれなかった。

 にこにこと微笑みを浮かべて、わたしの手を引っ張ってくる。

 あぁ、帰りたい……。

 ラピスさんに引っ張られながら、ふと出口の方を見る。

 サーカステントを出て、少し歩くとそこには看板のゲートがある。

 そこをくぐって、お客さんたちは帰っていくんだけど。


「……お客さんたちって、魔法で帰るんですか?」

「ん?」

「ほら、あのゲートをくぐったら、お客さんたちが消えてくじゃん。魔法でビューンって帰ってるんですか?」

「知りたい?」

「えっと、まぁ」

「じゃあ、演目を決めたら教えてあげるね」

「えぇ!」

「飴とムチって言うじゃん。それだよ」


 ラ、ラピスさんって怖い……!

 優しい人だけど、なんか恐怖!


「怖くないよ? 優しいラピスだよ」


 それを自分で言っちゃうのが、余計怖い!




「はい、ここに入って」


 連れてこられたのは、さっきと同じ場所。

 真っ赤なカーテンの奥。そして、それよりももっと奥で、少し薄暗い場所だった。

 そこには、色々なものが雑に置かれていた。

 ジャグリングで使うボール、カラフルな大玉、フラフープ。

 色とりどりのものが、たくさん詰まっていたんだ。


「この道具たちは、今は使われてないものだよ。この中から、アリスができそうなものを選びなね」


 この中から?

 わたし、お手玉もできないくらい不器用だよ?

 そんなわたしが、サーカスの演目なんてできないと思うんだけど。


「大玉乗りは?」

「できない」

「じゃあ、空中ブランコ?」

「やったことない」

「ジャグリング?」

「……できません」

「あらら、何もできないじゃん」


 そ、そうですよ!

 だから、『主役』なんてできないです!


「アリスにできそうなものはないかなぁ」


 ラピスさんは、色々と物色を始めた。

 あれでもない、これでもない。

 マラカスやハーモニカなど、色々なものが出てきては放り出されていった。

 ……この部屋が少し汚いのって、ラピスさんのせいだったり?

 だったらわたし、サーカスの掃除当番がいいな。

 目立たないし、ちょうどいい。

 ラピスさんが許してくれなそうだけど。

 ほこりっぽい部屋の中を、わたしは奥へと進んで行く。

 とりあえず、なにか探そうと思って。

 何もしなかったら、怒られそうだもん。

 奥へ進むたび、部屋はどんどん暗くなる。

 その中を歩いていると、ふと黒くて大きなものを見つけた。


「ピアノだ」


 古びたグランドピアノだった。

 ほこりを被っていて、黒じゃなくて灰色になりつつある。

 だめじゃん、こんなところに置いてたら。

 わたしは、ほこりをササッと払った。


「弾けるのかな」


 実は、小学校に入る前からピアノを習っているんだよね。

 ピアノを弾けるって言ったら、「じゃあ合唱の伴奏をお願い」って頼まれるから隠していたんだけど。

 今のところ、ここにあるものの中でわたしができそうなのは、このピアノだけだ。

 ピアノの蓋を開けると、白と黒の鍵盤が並んでいた。

 その一つに、指をそっと沈めてみる。


 ポーン。


 鳴った。

 少し音はズレてるけど、それもなんか古さがあって良い感じ。

 わたしは、イスのほこりも払うと、鍵盤に手を置いた。

 弾くのはもちろん、『ネコ踏んじゃった』だ。

 ピアノを見たら、とりあえず弾いちゃう曲ナンバーワンだよね!


 ポポ ポン ポンポン

 ポポ ポン ポンポン


 黒い鍵盤がメインなこの曲。

 途中で手をクロスさせて弾くところが好きなんだよね。

 ピアノの音は、古いせいでちょっと変な感じだ。

 なんだか、踏んだのが普通のネコじゃなくて、あの『チェシャ猫』みたい。

 急に消えて、急に現れる、不思議なネコみたいな感じ。


「お、ピアノ弾けるんだ」


 楽しくなって弾き続けていると、いつの間にか近くにラピスさんがいた。

 弾いているわたしの手元を、熱心にのぞき込んでいる。


「いいね。これにしなよ」

「え、サーカスなのに?」

「いいじゃん。ここは『夢サーカス』だよ? やることは自由だ」


 そう言って、ラピスさんは微笑んだ。


「でも、ピアノだけじゃつまんないね。そうだ、動物と一緒にやったらどうかな?」

「ど、動物?」

「だって、さっき話せたじゃん。使えるものは使わなきゃ」


 ラピスさんはパチリとウインクをすると、金の杖を取り出した。

 そして、また宝石に向かって話し出す。


「ウォル。動物たちを舞台につれてきて。起きてる子たちだけでいいよ」

『ラジャ』


 宝石の向こう側で、軽い返事が返ってきた。

  ウォルさんって言うらしい。

 どんな人なんだろう?

 杖をしまったラピスさんは、グランドピアノを見ながら言った。

 状態を確認しているのかな、しきりに眺めている。


「ウォルが動物たちを連れてきてくれるから、僕たちはこれを運ぼうか」

「えぇ! 二人で!?」

「うん」


 無理だよ!

 グランドピアノは重いし、何より動かして壊しちゃったら大変!

 簡単に「運ぼう」だなんて、無茶だよ。


「できるって思えば、できちゃうもんだよ。だってここは──」

「……『夢サーカス』だから」

「正解。よく分かったね」


 分かったも何も、もう聞き飽きたよ。

 夢サーカスは、なんでも実現可能なんだね。

 なんか、考えるだけでも疲れてきちゃった。

 あぁ、お母さんのオムライスが食べたい……。帰りたい。


「じゃあ、運ぼう。そっち持って」


 ラピスさんは鍵盤側、わたしは反対側。

 ぐっと持ち上げてみると、ほんの少しだけ浮かんだ。

 うぅ、重い……。

 でも、現実のグランドピアノはこうやって持ち上がらないよね。

 やっぱり、何か不思議な力が働いているのかも。


「ほらほら、がんばって」

「重いんです!」


 なんでそんな余裕そうなの、ラピスさん!



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