第9話 収穫祭の準備──農神娘、畑で全力を出す?

 領主ガルド卿の命によって、アヤは「収穫祭」でその力を披露することになってしまった。

 本人の意思とは裏腹に、事態はどんどん大ごとになっていく。


「はぁぁ……なんでこうなるの……」


 朝靄の中、畑を見つめながらアヤはため息をついた。

 隣ではレオンがキラキラした目で頷いている。


「師匠! 収穫祭は領民全員が楽しみにしている行事です! 今年は凶作で元気がありませんでしたが、師匠の農業チートで復活するのです!」


「チートとか言うな!」


 けれど、アヤの手には既に鍬が握られていた。

 嫌だ嫌だと言いつつも、放っておけない。

 そんな性分が自分でも嫌になる。


◇◇◇


「では、始めます」


 村人たちが見守る中、アヤは畑の土を耕し始めた。

 ザクッ、ザクッ、と鍬を入れるたびに、土がふかふかに柔らかくなっていく。

 普通なら半日かかる作業が、彼女がやるとものの数分。


「な、なんだこの土は……」

「種を蒔くだけで芽が出て……!?」


 ざわめきが広がる。

 アヤは苦笑しながら、種袋を取り出した。


「……トマト、キャベツ、あと麦もちょっと」


 土に指で穴を開け、軽く種を落とす。

 その瞬間、みるみるうちに芽が伸び、葉が開き、あっという間に立派な苗へと育った。


「うおおお!?」

「本当に神の御業だ!」


 村人たちが歓声を上げる。

 アヤは汗を拭いながら苦笑した。


「いや、ちょっと早すぎじゃない!? これ本当に大丈夫なの!?」


「師匠! これぞ農神の奇跡!」

「だから農神って呼ぶなぁぁぁ!」


◇◇◇


 その日の夕方。

 収穫祭の準備は大いに進み、畑にはすでに豊かな実りが広がっていた。

 村の女たちは収穫した野菜で料理を作り、子供たちはトマトを抱えて走り回る。

 沈みかけた夕日が畑を黄金色に染め、まるで豊穣の女神が降り立ったかのような光景だった。


「……いいなぁ、やっぱり畑が一番落ち着く」


 アヤは思わず笑みをこぼした。

 けれど、その笑みを遠くから冷ややかに見つめる影があった。


◇◇◇


「ふん……まさか本当に作物を一瞬で育てるとは」


 屋敷の回廊で、ひとりの男が小さく呟く。

 華美な衣装に肥えた腹──領主に仕える商人頭のバルドである。


「このままでは我らの独占商売が崩れる。あの娘の力は……危険だ」


 隣に控える部下が耳打ちする。

「どういたしましょう? 彼女は領主様にも気に入られている様子ですが……」


「気に入られたならば、なおさら排除せねばなるまい」


 バルドの目に陰湿な光が宿った。

 収穫祭という舞台で、多くの目に触れる前に──

 彼はひそかに、ある策を練り始めていた。


◇◇◇


 その夜。

 宿のベッドでアヤはゴロゴロ転がりながら愚痴をこぼす。


「収穫祭で披露しろって……絶対また変に祭り上げられるじゃん……。あーあ、もう帰りたい……」


「師匠、何を仰いますか!」

 隣でレオンが目を輝かせている。

「きっと領民は涙を流して喜びますよ!」


「それが嫌なんだってばぁぁ!」


 アヤの叫びが、夜空に虚しく響いた。


 しかし彼女の知らぬところで、すでに暗雲は忍び寄っていたのだった。

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