第10話 収穫祭開幕──妨害? そんなの野菜で解決!

 陽光まぶしい昼下がり。

 領都ルーデンの中央広場には、人、人、人。普段は静かな町も、この日ばかりは祭り一色に染まっていた。


「すご……ほんとに人だかり」


 アヤは屋台の列を眺めながら、思わずため息を漏らした。

 広場の周囲には収穫したばかりの作物を使った料理屋台が立ち並び、香ばしい匂いが漂っている。


「アヤ殿! あれを見てください!」


 隣でレオンが指差した。

 広場の中央に設けられた特設壇上──そこには金色に輝く「巨大カボチャ」が鎮座していた。


「わぁぁぁ!」

「でっけぇぇぇ!」


 子供たちが歓声を上げ、大人たちも口々に驚きの声を漏らす。

 そのカボチャは直径三メートル。アヤが“ちょっと試しに”植えてみたら、うっかりここまで育ってしまったものだ。


「……いや、あれ絶対やりすぎでしょ」

「いいえ! これぞ師匠の偉業です!」


 レオンが胸を張る。

 アヤは頭を抱えた。


◇◇◇


 祭りの開会を告げる鐘が鳴る。

 壇上に上がったのは領主ガルド卿だった。


「領民の皆よ! 今年は不作に見舞われたが──見よ! この実りを!」


 群衆から大歓声が上がる。

 ガルド卿は満足げに頷き、壇上に控えていたアヤを手で招いた。


「この奇跡をもたらした少女、アヤである!」


「「「おおおおおっ!!」」」


 地鳴りのような喝采が広場を揺らした。

 アヤは引きつった笑みを浮かべ、手をひらひら振る。


(やめてやめて! そんな期待の目で見ないでー!)


 だが、そのとき。


◇◇◇


「いまです」


 群衆の後方、屋台に紛れた商人頭バルドが小声で指示を飛ばした。

 部下がこっそり袋を開き、中身を壇上近くの野菜籠へと混ぜ込む。


 それは黒ずんだ粉末──毒草を乾燥させたものだった。


「奴の野菜に混ぜれば、評判は地に落ちる……。領主様も見限ろう」


 バルドの口元に卑しい笑みが浮かぶ。


◇◇◇


 やがて、試食会の時間となった。

 領民たちが順に並び、アヤが収穫した野菜料理を口にする。


「うんまっ!!」

「なんだこれ、味が濃い……!」

「身体がぽかぽかするぞ!?」


 歓声の嵐。

 アヤはホッと胸をなでおろした。


 ──だが、次の瞬間。


「きゃああっ! 野菜に虫がっ!」


 悲鳴が上がる。

 野菜籠の中で、黒ずんだ粉末を浴びたトマトが不気味に腐り始めていた。


 群衆がざわめき、空気が一気に凍り付く。


(やばっ、これ絶対わざと混ぜられたやつじゃん!)


 アヤは慌ててトマトを手に取り、思わずスキルを発動させた。


「【農機操作・再生】っ!」


 ピカァァァッ!


 まばゆい光がトマトを包み込む。

 腐敗は瞬時に浄化され、赤々と輝く新鮮な実へと変わった。


「な、直った……!?」

「すごい、腐ってたはずなのに……」


 アヤはすかさずナイフで切り分け、領民たちに差し出す。


「ほら、新鮮そのもの。……疑うなら食べてみて!」


 恐る恐る口にした老人が、目を見開いた。

「……甘い! まるで蜜のようだ!」


 次々と人々が口に運び、再び歓声が爆発する。


「農神娘だ!」

「豊穣の化身だ!」


「いやだから神じゃないってばぁぁぁ!」


 群衆は熱狂し、ガルド卿も大笑いしながらアヤの肩を叩いた。

「よくやった! お前こそ我が領の宝だ!」


 壇上の隅で、バルドは顔を真っ青にして震えていた。

 彼の策は、逆にアヤの評判をさらに押し上げただけだったのだ。


◇◇◇


 夜。

 祭りは最高潮のまま幕を閉じた。

 星空の下、アヤは疲れ切ってベッドに倒れ込む。


「……もうやだぁぁぁ……。これ以上持ち上げられたら、ほんとに神扱いされちゃうよ……」


 だが皮肉なことに、この日を境にアヤの名は領都だけでなく周辺の村々にも広まり──

 “農神娘”の噂は、遠く王都にまで届くことになるのだった。

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