第6話 農機ブン回し、夜襲撃退!

 夜更け。

 宿屋の窓から見える街路は、昼の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 アヤはベッドの上で天井を見つめながら、ため息をつく。


「……やっぱり、畑でのんびりしてたい……」


 市場での騒ぎ。商人の契約話。

 そしてレオンの“師匠呼び”。

 慌ただしい二日間を思い返して、頭がぐるぐるする。


「おやすみ、師匠」


 隣のベッドから聞こえる声に、思わず枕を投げた。


「だから師匠じゃないってば!」


 そんなやり取りを最後に、部屋は静けさを取り戻す。

 ──そのはずだった。


◇◇◇


 真夜中。

 ギシリ、と階段をきしませて上がってくる足音。

 薄暗い廊下に、影がいくつも忍び寄る。


「へへ……本当にここに泊まってやがったぜ」

「作物さえ奪えば、一生遊んで暮らせる……」


 悪徳冒険者の一団が、ナイフや棍棒を握りしめていた。


 ──そして次の瞬間。


 ドンッ!


 扉が乱暴に蹴り破られた。


「起きろ、小娘!」


「な、なにっ!?」


 飛び起きるアヤ。

 同時にレオンが剣を抜き、侵入者の前に立ちはだかった。


「師匠には指一本触れさせん!」


「だから師匠じゃ──っ、うわっ!」


 剣戟の音が夜を切り裂く。

 レオンは必死に応戦するが、相手は五人以上。

 数で押され、じりじりと後退を余儀なくされていた。


「くっ……多勢に無勢か……!」


「レオン!」


 アヤは反射的に【農業スキル】の画面を開いた。

 手にしたのは、宿屋の裏手で拝借した──鉄製のクワ。


「……ごめん、みんな。畑道具、戦場に持ち出すなんて」


 心臓がドクドクと鳴る。

 だが、背を向けるわけにはいかなかった。


「……行くよ!」


 アヤは床を蹴った。


◇◇◇


 クワを横薙ぎに振る。

 金属音が鳴り、棍棒を構えていた男の武器が弾かれる。


「な、なんだこの威力……!?」


「へぇ、農具で戦うのかよ!」


 悪党たちが一斉に襲いかかる。

 だがアヤは、培った農業スキルで応戦する。


「【収穫:カボチャ】!」


 足元から実った巨大なカボチャがごろりと転がり、敵の足をすくう。

 ドシンと倒れ込んだ隙を突いて、クワで叩きつける。


「ぎゃあっ!?」


「……や、やべぇ! この娘、ただの農家じゃねぇ!」


 さらにアヤはポーチからトマトを取り出し、レオンに投げ渡す。


「食べて!」


「えっ、今か!?」


 半信半疑でかぶりついた瞬間──レオンの身体が再び光に包まれた。


「力が……湧いてくる!」


 強化されたレオンが剣を振るう。

 鋼のような一閃が宙を裂き、悪党どもをまとめて弾き飛ばした。


「ひ、ひぃぃぃ!?」

「バ、バケモンだ……!」


 怯んだ男たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。


◇◇◇


 静寂が戻る。

 アヤはクワを握りしめたまま、肩で息をついていた。


「はぁ……はぁ……。畑じゃなくて……戦場耕してどうするのよ……」


「師匠!」


 駆け寄ってくるレオンは、瞳を輝かせていた。


「やはり師匠は最強だ! 農業こそ究極の武術!」


「……誰かこの勘違い騎士を止めてぇぇぇ!」


 夜明け前。

 宿屋の住人たちは皆、その騒ぎを耳にしていた。

 そして「農具で賊を撃退した娘」の噂は、街中に広がっていくのだった。

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