第5話 契約話と、忍び寄る影

 市場での騒動から一夜。

 宿屋の一室でアヤは頭を抱えていた。


「……昨日のあれ、絶対やばかったよね」


 売った野菜が金貨五枚。

 しかも冒険者や商人たちの間で大騒ぎになった。

 平穏な農業ライフを夢見ていた彼女にとっては、悪夢のような展開だった。


「ふふ……師匠の力、世に示されたな」


「だから師匠じゃないってば!」


 ベッドの端で剣を磨くレオンは、やけに誇らしげだ。

 アヤは枕に顔を埋めた。


「これ以上目立ちたくないのに……」


 そう呟いたところで、部屋の扉がノックされた。


◇◇◇


 現れたのは、立派な衣装に身を包んだ中年商人だった。

 昨日、野菜をかじって光っていた男──商人ギルドの重鎮らしい。


「アヤ様。あの作物……ぜひ我がギルドと専属契約を結んでいただきたい」


「せ、専属契約……!?」


 机の上に置かれた契約書を見て、アヤは硬直する。

 ずらりと並ぶ金額の桁に、思わず目が泳いだ。


(なにこれ……億単位じゃん!? 野菜で!?)


「もちろん、農地や人員はすべてこちらで用意いたします。アヤ様はただ、育てていただければ」


 商人の笑みは紳士的だが、目の奥はギラついている。

 まるで「金の卵を産む鶏」を前にしたかのように。


「え、えっと……私、そういう大層なことは……」


 逃げ腰のアヤ。

 だが隣のレオンが勢いよく立ち上がった。


「いいじゃないか師匠! 契約して、この力を広めよう!」


「だから師匠じゃない! それに私、そんなつもり全然──」


 混乱するアヤをよそに、商人は笑みを深めた。


「ご検討いただければ幸いです。……ただし、他の者に渡すおつもりがないのであれば」


 そう言い残し、意味深な視線を向けて去っていった。


◇◇◇


 一方その頃。


 酒場の一角では、昨日市場でアヤの作物を目にした冒険者たちがざわめいていた。


「一口でステータス爆上がり……あれが手に入れば、俺たちも一攫千金だ」

「だが商人ギルドが目をつけてるらしいぞ。下手に手を出せば……」

「ふん、奪えばいいだけの話だろ」


 その場にいたならず者たちの視線が、どす黒く輝いた。


 さらに別の屋敷。

 街を治める領主の息子、カインもまた報告を受けていた。


「ほう……そんな面白い娘が現れたか」


 金髪をかき上げ、不敵に笑う。


「野菜ひとつで金貨が動く……実に魅力的だ。手に入れろ。金でも力でも構わん。あの娘と作物、すべてだ」


 命じられた従者たちが頭を下げる。


◇◇◇


 嵐の前の静けさ。

 アヤはまだ、自分がいかに大きな渦へ巻き込まれていくかを知らなかった。


「……やっぱり、畑耕してのんびりしてたい……」


 そんな願いもむなしく、騒動の火種はすでに撒かれていた。

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