第2話 最弱クワで、初めての戦い

 「グルルル……」


 魔獣の目が光り、アヤの背筋に冷たい汗が伝う。

 手には木製のクワ。農作業用で、どう見ても戦闘には向かない。


「ちょ、ちょっと待って。交渉とかできない? にんじん一本で手を打たない?」


 もちろん返事はない。狼型の魔獣は地を蹴り、一直線に飛びかかってきた。


「ひぃぃぃぃっ!?」


 咄嗟にクワを振り上げる。

 ──ガンッ!

 金属の爪と木のクワが激突し、衝撃が腕に響いた。


 押し負ける……そう思った瞬間。


 ズルッ。


 狼の足元が沈んだ。

 そこは、アヤが耕したばかりのふかふかの土。体重を支えきれず、狼の巨体はもんどり打って倒れ込む。


「……えっ、畑って、トラップになるの!?」


 驚きつつ、狼の口が再びこちらに向いた。

 だが──。


 アヤは慌てて畑から実ったばかりの赤い果実をもぎ取り、勢いで狼の口に突っ込んだ。


「えーい! 野菜でも食っとけぇぇぇ!」


 ──もぐっ。


 狼は反射的に噛み砕いた。

 途端、その体がびくんと痙攣する。

 次の瞬間、目を見開き、苦しそうに呻いた。


 ……そして、ぱたりと倒れた。


「……え、えぇぇぇ!? 食わせただけで倒れた!?」


 どうやらアヤが育てた作物は、食べると力が“暴走”するらしい。

 人間なら強化に繋がるが、野生の魔獣にとっては強すぎて制御不能──つまり毒と同じ効果を持ったのだ。


「……すごい。これ、めっちゃヤバいやつじゃん……」


 アヤが呆然としていると──。


「おいっ! そこの娘! 無事か!?」


 声がした。振り返ると、一人の青年が剣を抜いて駆け寄ってくる。

 栗色の髪に少し傷だらけの鎧。どこか頼りなげだが、目だけは真っ直ぐだった。


「え、えっと……誰?」


「俺はレオン! 元・王都騎士団……いや、落ちこぼれだ。だが、今のを見たぞ! あの魔獣を、たった一本のクワで倒すなんて……!」


「いやいやいや、違う違う! 勝手に倒れてくれただけだから!」


 必死で否定するが、レオンの瞳は熱に燃えていた。


「……やっぱりだ。俺の目に狂いはなかった。君こそ──俺の師匠だ!」


「……は?」


 何を言ってるのか理解できない。

 しかしレオンは感極まったように膝をつき、アヤの手を取っていた。


「俺に剣を教えてくれ! いや、農業でもいい! 君の力は、本物だ!」


「いやいやいやいや! 私はただの農家なんですけど!? 畑耕してただけなんですけど!?」


 狼の死骸を前に、アヤの悲鳴が夕暮れの草原にこだました。


◇◇◇


 こうして、農村JKアヤと落ちこぼれ騎士レオン。

 奇妙な出会いが、異世界を揺るがす大冒険の始まりとなるのだった。

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