2-06:ファニー放送団捕獲戦

「却下だ。ファニー放送団は捕らえ放送をやめさせる」


「放送をやめさせる。っていうのは流石にやりすぎなんじゃ」


 力強くファニー放送団の処置を言い放ったギリオンに意見する。

 ギリオンの言葉には意を挟ませないほどの圧があるが、あまりにも暴力的な解決法に感じる。


「確かにファニー放送団のラジオ放送は仕組みも見えないですし、技術の流出なども考えるのであれば、商業ギルドが面白くないのも事実ですが」


 それでは、ラジオ文化は細く廃れていく。

 ラジオの製作に関しては商業ギルドが技術を独占することは承知の上だが、放送はもう少し活発に行われるべきだ。


「ふむ、先ほどの話も聞き、私もオチ氏に賛成だ」


 ギリオンの横暴な対策にゴドウィンさんも俺に賛同してくれた。


「良い放送じゃないですか。変に利権が絡むなら考えようでしたが、あの程度であれば自由にさせても構わないでしょう」


「あの程度……? ランドルフ・ゴドウィン、貴様はあの放送を聞いてあの程度と評したか?」


「何か誤りでも?」


 ギリオンはつまらなそうに鼻を鳴らす。


 いや、ファニー放送団の放送はホームビデオ感が溢れる素人放送だった。話題性は得るかも知れないが、危惧するレベルではないと思う。

 ギリオンはラジオ技術の流出を危惧していたのかと考えていたが、どうにも違うらしい。


 説明の手間が面倒だと言わんばかりにギリオンは嘆息したが、言葉を続ける。


「奴らの放送が金儲けを目的としたものであれば、我も取り込みはしたが自由にはさせていただろう。

 ラジオ放送の文化はこれから多岐に広がっていき、様々な特色が見えれば、消費者にも聞く放送を選択する自由も得られる」


 ギリオンは俺の事を誰よりもラジオ文化に対して知見が深いといったが、少し不安になる。

 あたかも俺の居た世界のラジオ文化を知っていたかのような慧眼だ。


「だが――」


 ギリオンの大声でもないのに凛とした声が部屋内によく響いた。


「――承認欲求とやらが根源なのであれば、早急に止める必要がある。そうではないのか? オチ・ソウジ」


「……おっしゃっている意味が」


「分からないのか? ならば、あの放送はこの先どう変化していく?」


 変化? 放送の形が変わっていくのか?

 承認欲求が原因で……


「あ……」


 そこまで言われて、ようやくギリオンが言いたいことが分かった。

 いや、むしろ俺がいち早くこの発想にたどり着くべきだった。


「……エスカレートしていきます」


 そうだ、俺は分かっていたじゃないか。あのファニー放送団の放送は動画投稿サイトの素人動画によく似ていると。

 で、あれば行き過ぎた承認欲求がどういう結果を招くかもよく分かっているはずだ。


「ソウジ、説明をしてもらえるかい?」


 ロロさんが俺を見上げ、説明を求めてくる。

 ギリオンをちらりと見るが、本人は説明の手間を取る気はないようだ。だから、俺に気付かせたのか。


「彼女がスポンサー契約を俺たちと同じように結んでいた場合、そのスポンサーが放送内容へのストッパーへとなります。

 ですが、彼女が承認欲求を得るためだけに放送をしていた場合、彼女を止める人間はいません。


 放送内容が多くの人間の耳に入り、話題性を得ればそれが快楽へと繋がりますし、そこからはより大きな注目を得るための放送内容に変わっていきます」


 ファニー放送団と異世界放送局の大きな違いはその放送スタイルだ。

 どうやってかかは分からないが、彼女たちは屋外での放送を行っている。

 つまり、俺たちより放送を行なえる幅が広い。広すぎる。


「なるほど、オチ氏やギリオン氏が言いたいのは、彼女たちが目立つために放送が過激化することを危惧しているということですか」


「無論、あの放送が過激化するとは確定しておらん。

 だが、前例を作り、誰しもが放送を自由に行なえる場が構成された場合、生まれるのは自由ではなく――混沌だ。


 少なくともその可能性は断っておかなければならん」


 ギリオンは放送文化が一般化することでの危険性まで見えているってことか。


「王国での法には当然ラジオ文化を踏まえたものなどない。

 いずれは、と思っていたが黒猫以外も発信側の魔導具を用意できるのであれば、放送を行う上でのルールも整備もせねばならん」


「では、ファニー放送団に釘を刺すにしろ、やめさせるにせよ、居場所を捕らえるために動かねばなりませんな」


 ファニー放送団は決まった拠点を持っていない。

 それどころか、前回の放送は街の外で行われている。

 時間帯もまちまちで決まっていない。


 それを常に人員を配置して捕らえることは現実的なのだろうか?


「オチ・ソウジ」


「え?」


 不意にギリオンから声を掛けられ、驚いて顔を上げた。


「何か策はあるか?」


「無茶ぶりですね……」


 頼ってもらえるのは嬉しいが、全部放り投げてパスされるのは困る。

 そう考えていたことが顔に出ていたのかギリオンは不機嫌に鼻を鳴らした。


「勘違いをするな、期待などしていない。

 なにも思い付かないならば貴様に利用価値がないだけのことだ。

 ラジオ放送の発想を提示した今、貴様の利用価値は放送文化に対する謎の知見のみだ」


 利用価値なしは言い過ぎでは?


 だが、ギリオンほどの視野は持っていないが、知識は俺の方がある。

 ずっとファニー放送団をラジオ放送だと思っていた。

 では、彼女たちを配信者と定義したらどうだろうか?


 もちろん専門ではないが、それでも多くの事を知っている。

 どういう配信が行われてしかるべきか? 実際俺の世界でどういうことが行われたか?

 彼女たちが目指すのが注目度なのであれば、求めるのは話題性だ。


 実際、第一回放送は話題の店への取材だ。


 話題……


 そこまで考えて、大通りの賑わいを思い出した。


「王国祭があるんですよね?」


「あぁ、直に王国の建国日だ。盛大に行われるだろうね」


「で、あればファニー放送団は絶対その王国祭で放送を行います」


 話題性を求めるなら年に一度のお祭りなど逃すわけがない。


「時間帯は王国祭の開催日。場所はガリア4番街、大通りです」


 ギリオンはしばし、思案して俺の見解を精査する。


「大通りだと断定は可能か?」


「一番人が増えて絵になるのは大通りでしょう。人が多ければ音だけの放送でも盛り上がりは伝わりますし、喧噪はインパクトにもなります。

 なら、そこでロケをしない理由はないです」


「……道理だな。ランドルフ・ゴドウィン。協会からも人員を出せ、放送を開始次第ファニー放送団を見つけ、捕らえる」


「当然ですが、平和的な解決ですよね? で、なければ信徒たちを回すわけにはいきませんよ?」


「そんなものは奴らに聞け」


 まるで指名手配犯の逮捕だ。

 荒事を避けてほしいのは同意見だ。

 別にファニー放送団は今何か悪事を行っているわけじゃない。

 今後、放送を行っていくために意見交換を行いたいくらいの気分だ。


「オチ・ソウジ。当日貴様はファニー放送団の放送を聞け。

 いち早く場所を特定し、商業ギルドとメジウム教の人間へと連絡を行うよう動け、連絡係は用意しよう」


「おぉ、指揮官みたいですね……」


「戯け、その放送で捕らえられなかった場合、貴様はラジオ放送の内容から次の出現場所を予測しろ。各人員の総指揮は我がやる」


 確かにそう考えれば指揮官ではなく、探知道具扱いだ。


 ファニー放送団が王国祭で放送を行うのは確定ではない。

 王国祭は大大的に行なわれるものだ。

 恐らく、ガリアの人々はその祭りに熱狂するのではないだろうか。


 であれば、そもそもラジオ放送は聞かない可能性がある。


 もちろん、ガリアへ行けない人間がラジオを聞く可能性もある。

 すでにラジオは街の外の人間にも多少は流通しているだろう。


 だが、現代社会と違い、この世界では遠方の声を聞く手段がない。

 SNSなどもないこの世界では商業ギルドをスポンサーに置いている俺たちと違って、遠方の声援など聞く手段がない。

 それは聞かれていないも同義だ。


 そんな放送で果たして承認欲求は満たされるのだろうか……?


 もしかしたら、ファニー放送団は王国祭には目もくれないかもしれない。


 それでも放送を行うのであれば……


 ――そこには、承認欲求以外の目的があるということになる。


 とはいえ、それらもすべてファニー放送団と会話が出来れば済む話だ。

 放送団というからには複数なのだろう。彼女たちがラジオ放送を行う技術を発見しているのであれば、それはラジオ文化への一助となるはずだ。


「……」


 ギリオンとゴドウィン枢機卿が今後の動きを詰めている間、俺の横に居たロロさんは終始無言だった。


「ロロさん」


「どうかしたかい? ソウジ」


 俺が声をかけてみれば、いつもの調子で軽く微笑んでロロさんは尻尾をくるりと回した。


「いえ、何か気になる事でも?」


「……まぁ、そうだね」


 少し苦笑するようにロロさんは自嘲する。

 いついかなる時でも余裕を崩さない彼女の瞳に陰りがさす。


「……私も、ファニー放送団が気になっているだけだよ」


 しばし、悩んだうえでロロさんはそう零す。


 その言葉の真意をロロさんは語ろうとはしなかった。


■ ◆ ■ ◆ ■


「……まさか、アンタが枢機卿がおっしゃっていた商業ギルド側の協力者とはね」


 王国祭当日、ギリオンにあてがわれた拠点で待機しているとミアが不機嫌そうな顔でやってきた。

 どうやら、教会側の人員として連絡係をする予定なのだろう。


「えっと、俺じゃ不満か……?」


 そもそもミアは俺に対して当たりが強い気がする。

 所作を見るに教養はかなりあるし、他者への礼儀を知らない子じゃないと思う。

 なのに、俺と話すときだけ不満気だ。


「……不満よ(別にそこまで言ってないけど)」


「不満じゃないならよかった」


「な゛っ!?」


 間違えた。


 とっさに本音側に触れてしまいミアが驚いたように顔を固める。


 ……これか。

 そりゃ、本音を照れ隠しで隠しているのに心を読んだように本音に触れてくる相手は苦手だろう。

 でも、しょうがないだろ。副音声が紛らわしいんだから。


「ふん! 今日はあの魔人族を護衛に連れていないのね」


「シオンは留守番だ。一応何かあったら来るように場所は伝えているけど……

 あと、別に護衛であの子を連れているわけじゃない」


 まぁ、術式を抜きにしてももしかしたらシオンの方が肉体的に強いのかも知れないが、幸いこの街でそこまでの危険に遭遇はしていない。


 ミアはフン、とそっぽを向いて適当な椅子へと腰かける。

 ファニー放送団のラジオ放送が始まれば、忙しくなるのかもしれないが、それまでは二人っきり。――気まずい。


 別にミアに苦手意識があるわけじゃないが、相手側は視線を逸らしてこちらには目もくれない、絶対防御の姿勢だ。


 ふと、彼女が足を組みかえた時に翻ったスカートから覗かせたロングブーツが目に留まった。


「勧めたロングブーツはどうだ?」


「……別に普通よ(結構気に入ってるけど)」


「気に入ってるなら素直に言ってくれればいいのに……」


「な゛っ!?」


 彼女の副音声は寸前で言いかけた言葉を無理やり照れと羞恥で覆いかぶせて別の発言に塗り替えている本音だ。

 魂までに染みついた照れ隠し。俺の翻訳能力すら混乱する天敵だ。

 とはいえ、別に見える本音は可愛らしいものだし、別に隠すようなものじゃないだろうに。


 ミアは俺に無造作に触れられた本音に顔を赤面し、椅子から勢いよく立ち上がる。

 そして、こちらへと噛みつくような勢いで顔を寄せた。


「アンタねぇ! なんでそう人の心の中を毎度毎度読んでくるのよ!? 私の顔に書いてあるわけ!?」


「まぁ、書いてあるかなぁ」


「書いてあるの!?」


 書いてあるというより聞こえているわけだが、ミアは自身の顔をペタペタと触る。

 だが、もちろん彼女の端正な顔立ちに異常などない。


「いや、こっちも不用意に心を読んで悪いとは思ってる。不可抗力だ」


「何か特殊な魔術で人を覗き込んでるんじゃないでしょうね? 変態!」


「まだ推測の域なんだから罵倒は早くないか!?」


 そういう魔術があるのかは知らないが、こちとら魔術の魔の字も触れられない魔力0の人間だ。

 その結果としてシオンと会話ができるわけで、悪いことではないんだが。


「俺は別に誰彼構わず心を読んでるわけじゃないし、ミア側に問題があるとは思うぞ」


「人を分かりやすい奴みたいに言わないで!」


「いや、一周回って分かりにくいんだよ」


 時折、副音声的に聞こえるミアの声はどちらが本音なのか判断が難しい。

 まだ、表情とかで読めるってだけの方がシンプルだ。


「なぁ、別に言っちゃいけないことを考えているわけじゃないし、言いかけてるんならそのまま本音で喋ればいいのに」


「……」


 そう助言してみればミアは椅子にペタリと腰を下ろした。


 再び不機嫌そうに腕を組んで、窓の外を眺めている。


「……本音なんて意味ないもの」


「意味ないって……」


「始まったみたいよ」


 突如、窓の外、遠方で楽器の演奏と空砲のような音が連続で響く。

 年に一度の王国祭の始まりを合図にミアは貝のように口を閉ざしてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る