2-07:王国祭
「流石に盛大だな」
王国祭と聞けば年に一度のお祭りだというのは理解できていたが、遠方から聞こえてくる空砲や演奏の音。賑わいを聞けば自分の想像を超えたお祭りだってことは理解出来た。
何もなければシオンを連れて見に行くのもありだったが、窓越しに聞こえる喧噪はどこか別世界のように感じられた。
「エルズイム王国の建国を祝うお祭りなのよ? 盛大に決まっているじゃない」
「そんな感じか」
あまりイメージが湧かない。
実際、建国記念の日など俺からすればただの祝日でしかないし、こんなに他国も混じえてお祭り騒ぎになる感覚が掴み損ねている。
まぁ、実際のところ、お祭りとしての側面が街の人たちを熱狂させる主要因なのかもしれないが。
「まぁ……去年は人禍戦役を終えて最初の王国祭だったから、剣聖様や聖女様もいらっしゃっていたし、それに比べれば今年は他国から街に来ている人も少ない。盛り上がりとしてはそこそこって感じよ」
「聖女様?」
剣聖はロロさんから名前は聞いている。白銀の剣聖、フィオナ・フィルトリンデって人だ。
会ったことなどないが、ありがたい聖剣を提供いただいている人だし。
ただ、聖女様の方は聞き覚えがない。大方大英雄のひとりなのだとは思うが。
そう思いながらも、オウム返しに聞くとミアがすごい顔でこちらを見ていた。
「なんだよその顔……」
「こっちのセリフよ! 聖女様を知らないわけ!?」
大英雄はこっちの世界では知らない人もいない有名人なのかも知れないが、知らないものは知らない。
今の生活では大きく関わる機会などもないだろうし……
「アンタ、一体どんな場所から来たのよ」
「大英雄様の武功が届かない辺鄙な国……とか?」
「そんな国あるわけないでしょ!」
ないらしい。
ミアはため息をついて椅子に座りなおす。
「因果の聖女、イリス・クレアシェード様。メジウム教の敬虔な信徒であり、シスターたちが尊敬して止まない御方よ」
「その人も魔王を倒すのに一躍かったわけだ」
「一躍も何も、聖女様の功績、もはや伝説と呼べる活躍は数知れないわ」
ミアは胸の前で指を絡め、祈るようなポーズを取る。
さながら、信奉する神への態度のようだ。
「聖女様の祈りは万物すべてを癒し、導いたとされているわ」
「へぇ……」
「聖女様は回復魔法のエキスパートで、その力は不治とも呼べる未知の毒すらも癒したともされるの」
「おぉ……」
「また、魔王討伐の任で訪れた村で巨大な魔獣により命を落とした人々を落ちた髪の毛から蘇生させたと言われてるわ」
「ん……?」
「魔王との闘いにおいても、魔王の凶刃により聖女様は両断され命を落としたが、祈りの力で自らを蘇生し、最後まで戦ったとされているの。
回復魔法は自身には使えないという常識すらも奇跡で克己した方なのよ」
「……」
化け物じゃねぇか……
とっさに口に出そうになった言葉を思わず止める。
ミアが俺と同じ翻訳能力の持ち主であれば副音声として漏れ出てたかも知れない。
だが、少なくともミアはそういったことを気にする様子もなく、聖女へと祈りを捧げる。
髪の毛から他者を蘇らせ、自身が殺されても蘇生する。なるほど、因果すらも否定する癒しの聖女というわけだ。
大英雄がすごい人物だというのは何となく察していたが、まさかこれほどまでに凄い――すさまじい人物とは思っていなかった。
「メジウム教のシスターは皆、聖女様のようになりたいと願っているわ」
それが叶えば、とんだ不死の軍勢だ。
「私も、会話すらしたこともないけど、聖女様の人柄は聞いていたし、そうなりたかったのよ」
「なりたかった?」
「あ……」
明らかに他のシスターの言い回しと異なる言葉に聞き返せばミアは失言だったのか口を押えた。
「……忘れなさい」
「ほんとに言いたくないなら聞かないけど。そういう腹芸向いてないぞミアは」
ミアは明らかに普段から本音を言わないように気を付けている。
それが照れ隠しとかなら別に俺は文句はないが、別の要因なのであれば――不躾ながら黙っていられない。
だから突っ込んでみた。
ここで、ミアが改めて拒否するのならそれで構わない。
だが――
「……本当に何でもないのよ(……私は何者にもなれないのよ)」
ミアは喉元まで出かかった悩みを無理やり飲み込んでいるだけなのだから。
とはいえ、ここに踏み込んでもミアは素直に悩みを吐露するわけではないだろう。
そこに踏み込めるほど、彼女の事を知っているわけではない。
――ガーガガ
故に今は、こっちの方に集中するべきだ。
拠点内に置かれたラジオが異音を発する。
そして、直に騒がしい喧噪と共に少女の声がラジオから響くことだろう。
「希望のファニー放送団!! 今日は王都ガリア、王国祭からお届けだ!!」
■ ◆ ■ ◆ ■
「これがファニー放送団ね」
「あぁ、やっぱり王国祭で放送を開始したか」
ファニーの声は雑音に呑まれていて聞き取りにくい。
当然だ、防音の密室ではなく屋外で王国祭の喧噪の中、放送を行っているのだから。
だが、これだけの喧噪は間違いなく4番街の大通りで間違いないだろう。
「すぐに近くの教徒たちに報告をするわ、大通り全域にはなるだろうけど。貴方はそのまま放送を聞いて居場所を絞って」
ミアはすぐに椅子から立ち上がり外へ向かう準備をする。
この拠点はギリオンが用意しており、大通りにほど近い。
俺の役目はここでラジオから内容を聞き取り、連絡係のミアへ伝えることだ。
ラジオ放送は屋外で行われている。ロロさんの意見では彼女たちは大型の魔導具を所持しているため目立たないはずがない。
とはいえ、ラジオの受信機を静かな場所で内容を精査し、現場に向かうの人たちに伝えるのはラグが発生する上に彼女たちは常に移動を続けている。
大通りの範囲や人数を鑑みても、いくらメジウム教と商業ギルドが動いているとはいえ人手は足りないだろう。
「……待てってくれ」
「え?」
だから、もう少し絞ったほうがいい。
ギリオンのようにラジオ放送をやめるよう強要する気はない。
むしろ彼女たちの存在はシオンや俺が切磋琢磨していける相手だ。
是非とも話はしたい。
そういう面で言えば俺はこのファニー放送団捕獲戦において全力で臨んでいきたい。
「ちょっと、急がないと放送を終えて大通りから離れるかもしれないわよ!」
ラジオの音声に耳を澄ます。
ファニーの快活な声と共に街の大きな喧噪もマイクは拾っている。
混沌としており、一音すら抜き出すことが難しい。
だが、慎重に声を抜き出していく。
ファニーの声をシャットアウトし、楽器の音なども意識から外す。
申し訳ないが、近くで焦っているミアの声も除いて、街の喧噪のみに集中する。
ここから情報を抜き出せれば、大通りのさらに細かい現在位置を……
「……ん?」
今、混沌とした喧噪の中に聞き覚えのある声色が聞こえた。
勉強のためにラジオは散々聞いてきた。人の顔より声質の方で認識しやすい失礼な性格だ。
だが、今回はそれが功を奏したようだった。
「クライヴ……?」
以前、王国祭の事を俺に教えたあの露天商だ。
その呼び込みの声が、喧噪の中から僅かに響いている。
「商業ギルドに露天商のクライヴって人がいる! 今、ファニー放送団が居るのはその近くだ」
大まかな場所は覚えている。
異世界へとやってきた当初にシオンと訪れた場所だ。
無論今から人が向かう間に場所は移動してしまうだろうが、少なくともその付近に居るのは間違いない。
「アンタ……その音の中から特定の人物の声を聞き分けたの?」
「え? あぁ……まぁ、知り合いの声だったから運が良かった。本当は環境音からもっと大雑把な位置だけ予想しようと思っていたし」
目を丸くしたミアが信じられないものを見たように俺を見つめている。
確かに聞き取りにくい音だが、集中してゆっくり聞き出していけば無理ではないはずだ。
多分ラジオとかを聞いて、音を聞く娯楽が増えていけば異世界の人たちでもできることだ。
「それよりも、連絡は任せていいか?」
「え、えぇ。アンタは引き続きラジオを聞いて場所を絞っていきなさい!」
そういって、ミアは拠点を飛び出していった。
ひとりになった部屋の中ではファニーの明瞭な声が響き続けている。
■ ◆ ■ ◆ ■
「見つからない……?」
俺は何度目かのミアからの報告を聞いて思わず口元に手をやった。
すでにファニー放送団の放送は円満に終了し、これ以上の特定は困難だ。
ミアは各種報告のために走ってくれたのだろう、荒れる呼吸を胸に手を当て落ち着かせる。
「アンタが予測した地点を中心に人海戦術で探してもらったけど、怪しい人物は見つからなかったわ。
クライヴって露天商にも商業ギルドの人が確認したけど怪しい人物は見なかったらしいわ」
クライヴの近くを通った後も何度かファニー放送団の放送内容から場所を特定する情報は渡していたが結局本人たちを捉えることはできなかった。
「……私も少し大通りを見てきたけど、かなりの人の量だし、あそこから人を探すのは難しいと思うわ。そんな中で場所を大きく絞れたのはアンタの功績があるわよ」
「……慰めてる?」
「慰めてない!(悪い!?)」
ミアは照れ隠しを照れ隠しで隠している。
それはともかく、商業ギルドとメジウム教の大勢が動いているにも関わらずこうも見つからないものだろうか。
「ってなると、やっぱりファニー放送団は一見怪しくはないのか……? 大がかりな魔導具は持っていない?」
「目立つ魔導具なんて持ってなくてもあれだけのひとり言で騒ぎながら歩いていたら目立つとは思うけどね」
「だよな……」
ファニー放送団を見つけるのに一番の壁は予測できない出現場所と時間帯だと思っていた。
不定期な放送内容がネックなだけで場所と時間が特定できればこの世界で配信活動している人間が目立たないわけがない。
時間はかかるかもしれないが、今回みたいに場所を大きく絞れたら最早見つけることは確定するともいえる。
だから、問題は見つけた後にギリオンをどう説得するかって部分だったと思うんだが……
そんな中、拠点の扉がノックされる。
「どうぞ」
内側から声をかければ、訪れたのは白髪な男性だった。
背丈は高く、かなりのイケメンな上に、豪奢な衣装と佇まいからは上品さも感じる。
年齢は俺より少し上だろう。
男性は室内に入ると、俺へと目を向け、青い目で柔らかく微笑む。
「オチ・ソウジくんだね」
「はい……」
その清廉な雰囲気に圧倒され、情けなく語尾が伸び、答える。
と同時に、近くにいたミアが姿勢を正し、男性へ向き直った。
「ユージーン大司教!? ガリアに来られていたのですね……!」
ミアから息を飲むような緊張感が伝わってくる。
大司教?
ってことはメジウム教の偉い人か。ゴドウィン枢機卿と同じくミアより上の立場の人間になる。
緊張するミアに対してユージーンと呼ばれた男性は片手で軽く制す。
「ミア、そこまでかしこまらなくても構わない。
あと、大司教になる際に家名は神に捧げたから、エヴァンと呼んでくれたまえ」
「失礼いたしました。エヴァン大司教」
「さて、オチ君。改めてエヴァンだ。メジウム教での立ち位置は大司教となる」
「越智 宗次です。よろしくお願いします」
エヴァンさんからはピリピリとした感覚が伝わってくる。
ギリオンと対峙した時とはまた違う感覚。
どちらかといえば、シオンを殺そうとしたときのロロさんに近い。
元いた社会では相対することもなかった圧倒的強者の佇まいだ。
恐らく、生物としての格が違うのではないのかと思う。
「ファニー放送団? だったかな。彼らを見つけるのに苦心しているとの話だったね。明日以降は俺も協力しよう」
「……ありがたいです」
剣吞な雰囲気に慣れず、辛うじて礼を言う。
言葉遣いは丁寧で敵意も感じないにも関わらず、エヴァンさんの存在に俺の身体が警戒信号を出している感覚だ。
「ミアにも言ったがそう身構えることはない。メジウム教としても今回の件については全面的に協力をする予定だ。
故に枢機卿は俺をこのガリアへと呼び戻したんだ。今日はその挨拶と――君を一目見ようと思ってきただけだよ」
「俺を?」
「当然だ。ギリオン様は自らの手腕のみで商業ギルドを押し上げた孤高の方。その彼に腹心が現れたという噂を耳にしてね」
「腹心じゃないです」
「異国から訪れ、独自の手腕で魔人族さえも従えさせる。ギリオン様と君が組んだとなればメジウム教もうかうかしてられないな」
「腹心じゃないです」
ギリオンと相対し、喉元に刃を当て、終いには腹心と来たか。
俺の存在が知らぬところでどんどん大人物となっている。
俺がぴしゃりと否定すればエヴァンさんは少し残念そうに眉を下げた。
「そうか、噂に尾ひれが付くなどよくあることだ。失礼したね」
「尾ひれどころかその噂自体が改造されたキメラ生物なんで……」
「ふふっ……承知した。あと、ついでだが本日はお開きとなるようだ。撤収するよう枢機卿から言伝を貰っているよ」
――では、とそう伝えるとエヴァンさんは踵を返し、拠点から出ていった。
「こんなことに大司教まで参加されるなんて……」
「偉い人ってことで良いんだよな?」
「はぁ!? 偉いも偉い! メジウム教が各国の影響を受けず、独自で活動を行なえているのは最高戦力とも呼べる大司教様たちがいらっしゃるからよ!
大英雄クラスの実力者が揃っていてメジウム教を脅かす荒事をも鎮圧する方々よ!」
大英雄クラスと来た。
大英雄に会ったことはないが、ミアから聞く限りではかなりの実力者で、それクラスが複数人いるとなるとそのすごさも少し理解できる。
ただ面と向かって立っているだけで威圧されるオーラもその所為だ。
「いい!? エヴァン大司教も参加される以上、失敗は許されないわ! 明日こそはファニー放送団って奴らを捕らえるわよ!」
「あ、あぁ……」
エヴァンさんの気配に気圧された矢先、ミアの気迫に気圧されながら、ファニー放送団捕獲戦は撤収となった。
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