2-05:希望のファニー放送団

「来たか、オチ・ソウジ」


「うっ……」


 部屋に入った瞬間に思わず悲鳴にも似たうめき声が口から漏れ出す。


 商業ギルドの執務室、ギリオンのこの部屋に入ることは何度か経験したことだし、呼び出されることも少なくはない。

 そのたびに職員室に呼ばれるような気の重さはあるが、緊張感というものは大きくは感じることはなかった。


 だが、今日という日の執務室は若干の圧力が漂っているように感じる。


「さ、ソウジ。こっちだよ」


 ソファで大人しく座っていたロロさんが俺を呼ぶ。

 立ち位置としては俺の後見人にも近い立場の人……猫だ。

 俺は大人しくロロさんの隣に座る。


「オチ氏が来たことで役者は揃ったと考えていいのかね?」


「あぁ、始めるとしよう」


 俺とロロさんの前に座っているモノクルをかけた牧師風の男性がギリオンに尋ね、ギリオンは鬣を弄りながら頷く。


 目の前の男性はガリア大聖堂を取り仕切る人間、この街で活動するメジウム教のトップとも呼べる存在だ。

 フルネームはランドルフ・L・ゴドウィン枢機卿。

 ラジオ放送にてスポンサー契約を結び、日用品などの物資提供を行ってくれている方だ。


 そして、以前に聞いた話だがこの街では貴族などに並び、ギリオンとメジウム教も大きな権力を担っている。

 つまり、この2人は街の経済を回す商業の元締めである男と、エルズイム王国での最大宗派メジウム教の最高位聖職者。

 街のスリートップのうち二人が揃っていることになる。


 一応個別には顔を合わせている仲だが、狭い空間でこの二人を前にすると息が詰まりそうになる。


「オチ・ソウジ」


「え?」


 唾を飲み込み緊張感をごまかしているところでギリオンから名を呼ばれる。

 ライオン頭の体毛に覆われるように鋭い目じりが俺を捉えている。


「先日のあのラジオ放送。先に確認しておくが、あれは貴様の関知していない放送だな?」


 ギリオンの言葉に深く頷いた。


 数日前に突如としてラジオで流れ始めた“希望のファニー放送団”。

 ファニーと名乗った女性はガリアでゲリラ的な生放送活動を始めた。

 内容は5番街の話題の店舗への調査番組や郊外に現れた魔物の討伐放送。


 台本もなく、アドリブだらけで計算もされていない日常生活垂れ流しの放送だ。

 洗練されたものは何もないし、捉えようによってはホームビデオを聞かされている気分になるものだ。


 しかし、ラジオは着実にその認知度を上げているなか、ゲリラ的に始まった番組に人々は驚き興味を持っていることも事実だ。


「そもそも、ラジオ放送をオチ氏以外の人間が行うなど、物理的に可能なのですか?

 オチ氏が使っている送信機の魔導具には大英雄の聖剣が使われているらしいじゃないですか?」


「無理……だといいたいね。聖剣と同等な出力を持った道具など存在しないし、私が一度やったように自分で魔力を込める方法もなくはないが、とてつもない魔力量が必要となる」


 今この場に集まった、俺とロロさん、そしてギリオンとゴドウィンさん。

 ラジオ放送で大きく関わってきている有力者による対策会議ということになる。

 それだけ、突如として始まったゲリラ放送は衝撃が大きかった。


 魔導具技術も商業ギルドが独占している中で、自由気ままな放送スタイル。

 実際、夜の決まったタイミングと放送枠で活動している俺達と違って、あちらは不定期で放送枠もめちゃくちゃだ。


 ただ、正直俺としてはあまり悪感情はなかった。


 まず初めに、ラジオ放送をいつまでもシオンだけで行っていくのはラジオ文化が発展していかない。

 今は物珍しさで人々も興味を持っているだろうが、いずれ玲瓏の話者としての鮮度も落ちてくるだろう。


 って、なるといつかは自分たち以外がラジオを行ってしかるべきだし、そういう話は来ると思ってた。

 それが今回早かっただけで、俺としては遅かれ早かれ……って奴だった。


 加えて、一度しっかりファニー放送団のラジオ放送にしっかり耳を傾けてみたが、正直嫌いじゃない。


『んー、パンとしては焼き方は少し硬めでゴリゴリするなぁ……あんまり好みじゃないかも。

 屈強な歯に自信がある人とかにはおススメかな! ガリア5番街のクェドのパン屋、気になる人は行ってみてよ!』


『ぎゃー!! ウロフの簡単な討伐って話じゃなかったか! 嘘つき! あんなバカでかいオークがいるなんて聞いてない! ヘルプヘルプー!!』


 話者ファニーは楽しいテンションと歯に衣着せない自由な発言は聞いてて小気味いい。

 台本とかで喋る内容をしっかり方向性定めてあげればかなり話せるタイプの人間だ。


 自由な放送は良い……聞いてる俺も楽しくなりそうな放送だったし、シオンも時折挟まれるジョークにクスクスと笑っていた。

 予想もしてなかった事態だが、シオンにリスナー側でラジオを聴かせることが出来たのは良い成長がありそうな気がする。


 なので、あのファニー放送団については放っておいてもいいのでは? と、言うのが俺の意見だ。

 むしろ、お互い放送側で切磋琢磨出来る関係を構築できるのはいいだろう。


 そうして考える間に、ギリオン達はロロさんを中心に相手がどのようにしてラジオ放送を行ったのかという手法を検討している。

 だが、結論は出ず、ロロさんも手法までは見当が付いていないようだった。


 ギリオンが嘆息して、次に俺を見た。


「オチ・ソウジ」


「なんですか?」


「どう思う?」


 どう?


 どう思うかって言うと、ファニー放送団の事だろうか。


「放送の手法についてはあまり俺は詳しくありません。

 ロロさんが分からないのであれば、俺にも見当は付きません」


「違う、あの放送自体の率直な貴様の感想を聞きたい」


「……嫌いではないです」


 不快になる要素もないし、楽しい放送はやれていたと思う。


「あのラジオ放送は効果的か?」


「効果的か……を検証するには放送はまだ2.3回行われた程度ですし、なんとも言えません。

 ですが、今異世界放送局でやっている放送内容とは対極に位置する放送内容です。大衆が興味を引いてもおかしくないかと」


「では、奴らの目的はなんだ?」


 相手が何者なのかも分からないのだ、目的なんて検討するのも難しい。

 さて、どう答えたものか……


「不本意ではあるが、この場でラジオ放送の文化に最も精通しているのは貴様だ。

 推論で構わん、我らは貴様の言を参考にしよう」


 ギリオンがまっすぐな瞳で俺を射貫いていた。


 中々ズルい。

 彼の持つカリスマ性というものなのか、その誠実な言葉と目線には答えたいと考えるほどの力がある。


 ラジオ放送の分野においてはあのギリオンですら俺を頼っているのだ、思考を巡らせていく。

 だが、目的か……


「そもそも、ファニー氏の後ろ盾のスポンサーはどなたなのですか?

 我々にはそんな話はなかったし、ギリオン氏のところにもでしょう。

 で、あるならば残るはどこかの貴族ですか?」


 ……?


 ゴドウィンさんの言葉にギリオンもロロさんも眉を寄せて考え込んでいる。

 一瞬、話の流れに置いて行かれたような感覚に陥る。


 多分だが、スポンサーは付いていないと思う。

 いや、今後スポンサーはつくと思うが、あれだけ自由気ままに話しながら宣伝となる要素になったのはパン屋程度だ。

 それも宣伝として捉えるにはお粗末な内容だったといえる。


 だから。


「スポンサーは付いていないのではないのですか?」


 当然の結論だと思っていた言葉を口にすることにした。

 しかし、俺以外の全員が目を丸くして俺を見つめている。


 的外れの意見ってわけじゃないと思うんだが……


「ソウジ、確かに彼らの放送にはスポンサーの存在を感じさせなかった。

 だが、スポンサーがいないのであれば目的は何なんだい?」


「……承認欲求かと?」


「承認……?」


 あぁ、なるほど。

 そこに根本的な認識の差があったらしい。


 俺は最初にファニー放送団を聞いた時、スポンサーの気配がしなかったため目的は承認欲求を満たすためだとそう感じていた。

 だが、ギリオン達は彼女の後ろ盾を気にしており、目的は金銭だと思っていたようだ。


「そもそも、俺の放送も金儲けではなく、ラジオ放送の目的は別にあります」


「君の場合はそうだろう。

 だが、ラジオ放送という新たな娯楽文化に無理やり介入したのはスポンサーと結託し、波に乗ろうとしたのではないのかい?」


「えぇ、ですので承認欲求が目的なのは俺の予想です。

 現に、街中でファニー放送団の事を話している人を見かけたので思い込んでしまっているのかも」


 最終的には本人に聞いてみないことには真実は分からないのだ。


 だが、これは直感だがあのファニー放送団のスタイルは既視感を感じている。


「ラジオ放送というのは不特定多数の相手に自身を表現できる場です。

 しかし、普通に暮らしていれば人に注目される機会は多くない」


「なるほど……ラジオ放送の手法が民衆に知れば目立ちたがり屋が乗り込んでくると?」


「ラジオ放送をやってのけた手法は分からないです。

 ですが、他者に見られ、街中で噂される声はその人物への快感に繋がります」


 そう、ファニー放送団の素人的な放送内容は動画投稿サイトの雰囲気に似ている。

 ラジオと異なり、不定期かつ枠組みに縛られない自由な放送。


 現代でラジオ放送が下火となった理由はテレビの普及が原因だと思うが、公式がラジオ放送を動画投稿サイトへ上げざるを得ない状況となった理由は動画投稿サイトの絶大な人気になると思う。


 仮にラジオ放送に聖剣など不要で、一般人も自由にラジオが出来る文化が出来たとしたら、同じようなことが起きると思う。

 ラジオ放送で認められる先に何か別の目的があるのかもしれないが、ファニーから感じるのは目立ちたがり屋の一側面だ。


「盲点だったな」


 安心して生活し、娯楽に多くの時間を費やせるほど文化が発展していない異世界だからこそ産まれる価値観の差だ。

 まさか、金を稼ぐためではなく、悦楽のためだけの放送とは思わなかったのだろう。

 ギリオンが深く唸った。


「見事だ、オチ・ソウジ。貴様の推論は正鵠を射ているだろう」


「いや、どうもです」


 照れ臭く頬を掻く。


 こんなことは恐らく動画投稿サイトを見たことがある人間なら気付けていた話だ。

 ここにいる人間が皆名立たる有力者故にか素直に嬉しかった。


「もし、オチ氏の言っているように後ろ盾がないのであれば、彼女の足を掴むのは難しいですな。

 放送を聞いて、すぐに現場に行って捕らえるほかないか」


 ゴドウィンさんのモノクルがきらりと輝く。


 実際それしかなく、またそれが容易な相手だった。


 俺たちが普段使っているラジオの送信機はその大きさや聖剣をアタッチメントとする必要があることから持ち歩きには不向きだ。

 だが、どうやっているのかは不明だがファニー放送団が行うラジオ放送は毎回屋外だ。


 彼女たちはロケをしながら生放送をしている。


 つまり、ラジオが始まった瞬間にその場所を特定し、急行すれば遭遇することも可能なはずだ。


 だが、ゴドウィンさんの言葉には少し引っ掛かる部分もあった。


「相手を捕らえる必要性はあるでしょうか?」


「何故かな?」


「あの放送には話題性があります。1つの放送より2つの放送を行っていたほうが、ラジオの話題性も上がると思います」


「逆に放送を認めればファニー放送団と異世界放送局は比べる対象となるがそれは承知の上かい?」


 ロロさんがこちらを見上げながら問うてくる。

 だが、片目を閉じて、こちらを試すような表情は俺の答えを予測しているようだった。


「玲瓏の話者の放送はさらに面白くなっていきます。

 彼女の成長のためにもライバルは必要ですから」


 それに俺も早くラジオパーソナリティに復帰したい。

 そうすれば、ラジオの経験値を持つ俺たちがファニー放送団に負けるはずもない。


 だが、それを重苦しい一言が一閃する。


「却下だ。ファニー放送団は捕らえ放送をやめさせる」


 冷徹なまでにギリオンが俺に言い放った。

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