2-04:もうひとつの放送

「ウィロー」


 サーシャがその銀髪の子供の名前をそう呼んだ。

 そのシオンより一回りほど幼い容姿に見える特徴は俺の知っているエルフという種族と似通っていた。


 ウィローと呼ばれた子供は呆れたように腰に手をやりながら嘆息する。


「もう、はぐれたらダメじゃない。

 この人波であなたを探すなんて無理難題やめてよねぇ」


「ごめんね」


 見た目ではサーシャの方がはるかに年上だがやり取りは反対だ。

 迷子になった妹を叱るかのようなやり取りを眺めていると、ウィローが気付いたようにこちらへ顔を向ける。


「あれ? サーシャ。この人は?」


「ソウジ。さっき、お金もらった」


 そんなお小遣いみたいに。


 事実ではあるんだが、なんか可愛い少女にお金渡してくる変な奴と思われるのも嫌なので口を挟んだ。


「いや、この子が串焼きを盗んでたからこれで謝って来なさいってお金をだな――」


 そこまで言って、しまったと思う。

 店から物を盗んだってことを知り合いに知られるのは嫌だったのではないか。

 口を滑らせたと後悔したが、二人はあまり気にしていないように見える。


 ウィローが気になったところはそこではなかったようだ。


「この子と普通に話したの……?」


 サーシャはどう見ても魔人族だ。

 その容姿を見れば恐らく誰でも嫌う存在。


 そんなサーシャに嫌悪感を示すことなく話しているのが珍しいのか、ウィローが目を丸くするので説明をする。

 とはいえ、先ほどサーシャにも伝えたように住んでた国で差別意識がなかったという言い回しだ。


「……ふーん」


 ウィローは蠱惑的に唇に指をあてがって俺を値踏みする。

 緑の宝石を潜ませる切れ長な瞳がいたずらっ子の様に俺を見ている。


「ふふっ、ま、この子の相手してくれたみたいでありがとね?

 私ウィロー・ウィンザー。この子の保護者みたいな感じーかな?

 だからこれ、咎めてくれてありがとね」


 そういってウィローは懐から取り出した銀貨を俺に渡してきた。

 俺が渡した銀貨より多かったので、差額は返す。

 別に金を余分に貰うほどの事をしたつもりはない。


 しかし、ぱっと見は保護されるべきなのはウィローの方だが、エルフな見た目で感じるイメージは長命だ。

 見た目だけなら10歳もいっていないように見えるが、実年齢はもっと上なのかもしれない。


「もしかして、その……もっと種族的に年上だったりする……か? 敬語とか……」


「いいよっ、そんなの。なんならー、ウィローちゃんって呼んでくれてもいいよ」


 一応言葉遣いを気にしたがウィローは両手で自分を指さしてにっこりと笑顔を決める。

 その動作は先ほどまでの蠱惑的なものと異なり、年相応に見える。


「それで、ソウジくん。このお店は何を売ってるお店なの?」


「あぁ、魔導具だよ。ラジオって言うんだ」


 ウィローがサーシャの隣にしゃがみこんで聞いてきたので切り替えて紹介する。


「さっきサーシャには説明したがこれは魔力を込めることで夜に素敵なひと時を過ごせるどの国にもない新作の魔導具だ」


「ふーん」


 ウィローは小さな手でラジオを受け取り、マジマジと見る。


 いずれ何か納得したように息を漏らした。


「マナに変換された声を音へと変換する術式かー。おもしろーい」


「分かるのか?」


 ロロさんが説明していたラジオの仕組みと同じものだ。

 ラジオは外面だけ見たらただの箱にしか見えないのだが、見る人が見ればわかるのか?


「対となる術式が刻まれた魔導具があるのかなー?」


「……悪いな、企業秘密だ」


 ウィローが小悪魔のようにこちらの出方を伺うような瞳を向け、背筋が凍る。

 下手に何か言えば内心をすべて言い当てられそうな悪寒から情報をシャットダウンする。


 特段ウィローは気にした様子もなく、余裕を崩さずにもう一度ラジオをじっくり眺める。


「色々無駄は多いけど、よくできた魔導具だと思うよ」


「詳しいのか? 魔導具について」


「まぁーそれなりに、ね。多分だけど魔導具に関しては私よりすごい人見たことないし」


「ウィローは魔導具作成のスペシャリスト」


 ウィローの自画自賛にサーシャが持ち上げる。

 魔導具の事もあまり詳しくはないし、ロロさんの技術がどれほどの物かも分からない。

 だが、俺の話を聞いてラジオの構造を実現化したロロさんよりすごい人なのか。


「うん、気に入った。この魔導具見てたら昔の教え子を思い出すし、買っていこうかな。

 素敵なひと時ってのも気になるしー」


「あ、あぁ。まいどあり」


 ウィローが懐から金貨を取り出し、渡してくるので受け取る。


「ラジオ放送は今後増やしていくつもりだけど、今は毎夜に一度。起動しておけば勝手に聞こえると思うから」


「なんで毎夜に一度?」


「まだ経験値不足でね。でも、王都で玲瓏の話者と呼ばれる素敵な声が流れるから」


 サーシャが首を傾げているので答える。

 彼女たちはしばらくすればガリアを離れるかもしれない。

 別の地で玲瓏の話者の名前を広げてくれればさらに多くの人がラジオ放送に興味を引くかもしれない。


 本当は“異世界放送局”って番組名を伝えるほうがいいのかもしれないが、残念ながら今のところ朗読劇のみの放送は玲瓏の話者の声を前面に押し出したものだ。


 ついでに口をもう少し回しておく。


「玲瓏の話者は夜に響く美しい声を持つ謎の女性。王都ではその美しい声が誰のものなのか噂するほど。

 是非ご一聴の上で、話のタネにでもしてもらえれば」


 大仰に言葉にすればサーシャは「おー」と興味深げに声をあげて、ウィローもすごいすごいと手を叩いている。


「王国で噂される謎の声、ね! おもしろーい」


 ひとしきり楽しそうにすると、ウィローは「さてと」と言って立ち上がる。


「サーシャ、あの子も待ってるよ。早く行きましょ」


「うん」


 子供の様にサーシャが頷くとウィローがサーシャの手を握る。

 先ほどまではぐれていたためから対策をしているのだろう。

 だが、立ち上がってみれば高さが逆転する。


「ソウジくん、楽しい話をどうもありがとう」


「いや、こっちこそまいどあり」


「次会ったらかくれんぼで遊びましょう」


 なんでかくれんぼ限定?


「ばいばい、ソウジ」


 サーシャとウィローは連れなって人波に消えていくので、その手に振り返して見送った。


 シオン以外の魔人族がいたことには驚いたが、少なくともウィローからサーシャに対して敵愾心は見えなかった。

 もしかしたら、サーシャの術式はシオンと違って危険なものではないのかもしれない。


 シオンの術式が危険なものでなければ、もう少しこの街の生活もマシになったのか。

 そんなありもしない空想をしながら、二人の背中を見送った。


■ ◆ ■ ◆ ■


「私以外の魔人族……?」


 その日の夜、サーシャの事をシオンに話してやればキョトンと首を傾げている。


「あぁ、紫の髪に黄金の瞳だったら魔人族なんだろ?」


「そうだね……」


 少し考え込むような仕草をしながらシオンは温められたミルクをちびちびと飲んでいる。

 あまり感覚は分からないが、同種族の相手には会ってみたいなどと考えたりするのだろうか。

 生憎ながら、俺には感覚が掴みかねていた。


「パパ以外の魔人族は見たことないかも」


「興味あるか?」


「うーん、どうだろ。

 魔人族ってそれぞれに特殊な術式が刻まれている所為かな、仲間意識が希薄だって昔ロロが言ってた」


 シオンが覚醒している言霊魔術というものは強力かつ唯一無二の物といってもいいのだろう。

 それは最早個性という範疇を超えており、そういった独自の特別性が仲間意識の希薄さに繋がるのだろうか。


 しかし、そうは言ってもシオンは気になっているようで、少し目を伏せる。


「その子、大変そうだった?」


「サーシャがどんな術式に覚醒しているのかも知らないけど、決して普通な生活を送っていたとは思いにくいかな」


 露店から商品を盗んでいるサーシャを思い出して口にする。


 しかし、サーシャにはウィローも一緒に行動しているようだった。

 ウィローの言い方的にまだ一緒に行動している人間もいるらしい。


「いや、悪い。同じ魔人族なら分かり合えてシオンにも友達が出来るかなって思ったんだが」


「友達……」


 昔、術式に覚醒する前に居たという友達の事を思い出しているのだろう、シオンは切ない顔をして押し黙る。

 しかし、自省するように首を振ると思い出したように俺に声をあげた。


「あ、そうだ! ファンレター読んだんだ!」


 テーブルの上には便せんから出されたファンレターが置かれている。

 名目上はミアの知り合いから、実際はミア本人から玲瓏の話者に向けたファンレターだ。


 一応俺も中身を確認しようかと思ったが、遠慮しておいた。


 シオンの嬉しそうな顔を見る限り、嫌なことは書かれていなかったらしい。

 彼女はファンレターを手に持ってギュッと抱きしめる。


「名前も書いてなかったけど、私の放送を毎日楽しみに聞いてるって」


 ミアの奴、教会のシスターと“時々”聞いてるって言ってなかったか……?


 シオンは日記の内容を一文一文思い出すように瞑目すると、嬉しそうに頬を緩ます。


「ソウジ、誰かが聞いてくれてるって知れるのって嬉しいね!」


「そうだろ? そうやってラジオを聞いてくれている誰かを意識できればもっと話すのが楽しくなるぞ」


「そう……なのかな」


 自分の初めてのラジオ放送の事を思い出す。

 チーフが言っていた会話を意識したり、リスナーが聞いてくれている事実を楽しめるまでには俺は1年くらいの時間を要した。

 それまでは論理的な会話術だとか、発声とかを意識したり、いつまでも独り相撲をやめることが出来なかったが、シオンには才能があるようだ。


 シオンはもっと楽しむことが出来るだろう。


「で、どうする? 放送内で返事を伝えるか?」


 今の放送内容はあくまで朗読劇。

 ここからトークも交え、幅を作るためにお便りを紹介するコーナーを設けるのが次のシオンの課題だ。

 これを受けて、商業ギルドにお便りが集まれば、そこを中心に会話を組み立ててそこからスポンサー達への条件も果たしていきたい。


 トークから宣伝への組み立てを行うために台本を書ける放送作家は欲しい。

 俺としての課題は山積みだが、まずはシオンが最優先だ。


 シオンは自信なさげに目を伏せるかとも思ったが、少し照れ臭そうに笑って――


「まだ、なんて答えるか決めてないけど頑張ってお返事したい」


 ――そう、答えてくれた。


「そうか、ファンレターへの返事が決まったらそれを放送に乗せよう。実際に放送するときは俺も一緒に考えるからさ」


「うん、ソウジありがとう!」


 こうして、二人で笑い合い、今後の成長を目指していく。


 そうなるはずだったが、異変はその時訪れた。


 ――ガーガガ……


 異質な駆動音のようなものが響く。

 聞き覚えのない音だったが、その音の発生源にシオンと目を向ければそこには部屋に置いてあるラジオがあった。


 一台もらい受けている試作品の一つだ。

 とはいえ、俺たちがこのラジオを使うことはない。


 ラジオ放送が行われている時は俺たちは地下室で放送を行っているからだ。


 しかし、ラジオは駆動を始めている。

 これはラジオの術式が起動し、マナに漂う声をキャッチする時に発する音らしい。

 ノイズの様に聞こえるそれは直にマナを捉え、吸収し、音を発し始める。


 まだ夕方だぞ!? そもそも、シオンも俺もここにいるのに……?


「“あーあーあー”」


 ラジオから女性の声が響き始める。

 聞いたこともない声だ。


 そもそも、ラジオの送信機は地下にあり、あれは聖剣がなければ機能しないはず。


 混乱し、状況を否定する俺の思考をあざ笑うように放送主は元気に明るい声をあげた。


「“聞こえているっぽいから、始めちゃおう! 希望のファニー放送団!! 王都ガリア5番街からお届けだ!”」


 ――俺たち以外のラジオ放送が始まっていた。

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