2-03:もうひとりの魔人族
王都ガリアの4番街には大通りがあり、正門から続く道の両脇には簡易なタープのようなものが並べられ、露天商が行きかう人々へ声をかけている。
そんな露天商に倣うようにして俺の露店は用意されていた。
このガリアで販売をする際には商業ギルドへ加入している必要がある。
当然、商業ギルドに加入するためにはギルドカードの作成が必要不可欠で、この世界で異端な魔力0の俺は会員となることはできない。
なので、商業ギルド名義で出店して俺はあくまで手伝いをしているという名目だ。
店では地面に布が敷かれており、そこに箱のような魔導具が並べられている。
さぁ、今日も笑顔で元気にやっていくぞ。
俺は気合を入れて魔導具に向けて手を広げ、往来へと声をあげる。
「さぁさぁ! このガリアにしかない新作の魔導具!
その名も“ラジオ”! 魔力を動力源に玲瓏の話者による素晴らしきひと時を演出する不可思議な時間に興味はありませんか!?」
ラジオ放送じゃなければ口は回る。
そして、俺の回る口は意外と商人に向いているらしい。
通る声に人々は耳を傾け、ちらりと目を向けて、時折足を止める。
興味を持てばこちらのもの。
あとはさらに口の回転数を増やし、この世界で体験できないラジオの魅力を人々に伝える。
その俺の手腕を買ってくれたのか、それとも人手として都合がいいと判断されたのか、俺はギリオンの指示でラジオ販売の仕事をしている。
もちろんミスタさんのバイトやロロさんの手伝いも続けている。
ラジオ放送はシオンに任せている以上、俺だけふんぞり返っているわけにはいかない。
正直休みもなく、元の世界以上に働いているが意外と苦ではない。
それはこういう仕事が向いていたってこともあるが、シオンが楽しそうに放送に向き合っているところを見ればやる気が出てくるというものだった。
「まいどありっ!」
遠方から来たのだろうか、商人風の男性が興味深くラジオの内容を聞き、購入してくれたので笑顔で返した。
そうして、一旦息をつく。
しかし、今日はやけに人通りが激しい気がする。
恐らく他国の人間なのだろう、ガリアではあまり見ない人以外の特徴を持つ人種、いわゆる亜人族なども見ることが出来た。
俺が今まで会ったのはぱっと見で変化が見られない魔人族のシオンや人種に分類していいのか分からない使い魔のロロさんなどである。
分かりやすい特徴を持っているのは獣人族のギリオンぐらいだった。
そうしてみると、亜人族といっても多種多様でケモミミの生やした人やトカゲの顔を持つ人もいる。
とはいえ、9割以上は人間族なのを見れば亜人族は少数派なのかもしれない。
そんな分析をしながら、大通りを眺めていれば露店の後ろに木箱が積まれる音がする。
ちらりと見ればまん丸と恰幅の良い男が額に浮かべた汗を拭ってこちらを不愛想に睨んでいる。
「ほら、追加の魔導具だ」
「どうも、ありがとうございます。クライヴさん」
そんな不愛想な顔に愛想よく返すこともなく俺は口だけで礼を言う。
俺が初めてシオンと出会った日に彼女が摘んできた薬草を安値で叩き上げていた露天商の男だ。
魔人族を差別する意識はこの街では誰もが持つもので、クライヴの認識も否定できるものではないが、彼がシオンの薬草の仕入れ値に付けたメリテイル銅貨6枚という金額は後で調べれば相場の1/10にも満たないふざけた金額だった。
それを知ると流石にいい印象は抱かなかった。
そんなクライヴだが、商業ギルドへの売り上げ報告を偽ったことでギリオンからしばらく小間使いのような仕事をさせられているようだ。
「売れ行きはよさそうだな」
俺の露店の売れ行きを覗き見てクライヴは感心したような声をあげた。
「なんか今日は人の行き来が多いので調子はいいですよ」
「“王国祭”がもうじき始まるからな」
王国祭?
何かしらの祭りだろうか。
気になってクライヴに聞き返してみればクライヴは驚いたように目を剥く。
「なんだ知らんのか? エルズイム王国の建国記念を祝う祭りだ」
「だから、他の国の人が出入りしてるんですか?」
「人も集まるし、商人としては見過ごせないからな。
この時期は俺たちもチャンスだから一層力を入れているわけだ」
それに付け加えて「だから、こんなことしてる場合じゃないんだがな」とぼやく。
知ったことじゃない。
売り上げの虚偽報告は自業自得だろう。
だが、他国の商人が来るんなら、確かにラジオの販売には持ってこいだ。
ロロさんが言うには聖剣の出力ならシオンの声は他国までも届くらしい。
魔力の仕組みはあまり知らないが、剣に宿った魔力だけで国を飛び越えるのは規格外であることは俺にも分かる。
「ところで、俺も聞いたぞ。あんたのラジオ放送とかいう奴」
「え?」
クライヴが荷物を露店に運び終えたタイミングで口を開いた。
商業ギルド内では俺がラジオ放送を始めたことは噂されているらしい。
クライヴとしてもギリオンが乗っかった商品に興味があったのだろう。
「あの朗読している人、玲瓏の話者って呼ばれてるんだろ?」
シオンの事だ。
「聞き入ってしまう魅力的な声色だったな」
よし……っ!
玲瓏の話者がシオンの事なのだと考えもしていないのだろう、クライヴは少し照れるように言った。
認識はされておらずとも、シオンを差別していた相手が彼女の声を認めていたことに心の中でガッツポーズをする。
とはいえ、今の段階で正体を明かせば手のひらは返されてしまうのだろう。
順序が大事だ。
「玲瓏の話者って、どんな人なんだ? あんたは知り合いなんだろう?」
「悪いですが、企業秘密ですよ」
「ギルド内の仲間内ではあれが誰なのかで賭けてんだよなぁ。
俺としてはロレーヌ家の令嬢様だと睨んでいるんだがな」
クライヴが自身のヒゲを弄りながら自慢げに答える。
ロレーヌ家の令嬢様が誰なのかは知らないが、全くの見当違いだ。
自慢してやりたいところだが、その欲望は胸の内でグッと抑え込んだ。
「秘密です、秘密。ギリオンさんに怒られますよ」
「くぅ……」
そう言ってやれば、クライヴは目を細めて残念そうに項垂れる。
「仕方ない、俺は自分の露店に戻るからな」
「えぇ、ありがとうございました」
クライヴは名残惜しそうに露店を出ていく。
恐らく俺から玲瓏の話者が誰なのか聞こうとしたのだろう。
いくら賭けてるのか知らないが、あの調子では誰も勝てない賭け事のように見える。
「……」
ん?
ふと、大通りの人々から他国の商人を探そうとしたところで、目に留まる人影があった。
大勢の人が行き交う中でその少女の姿はよく目立っていた。
それは俺がその容姿に特別な印象があったからだろうか?
紫の髪に黄金に輝く瞳。
まどろんでいるような眠たげな顔で幽鬼のようにふらりと歩いている。
「魔人族……」
シオンと同じ特徴だった。
この国で忌み嫌われる容姿を隠す様子もなくその少女は通りを歩いている。
背丈や顔立ちからはシオンのような幼さはなく、少しだけ大人びた印象を受ける。
フードを被り、背を丸めて街を歩くシオンの姿を思い出す。
そうやって素性を隠そうとしてもシオンは街中で注目されていた。
しかし、その少女を気に留める様子はなく、人を縫うように少女は歩いている。
今日は他国の人間が多いのか認識が違うのか?
とはいえ、ロロさんが言うにはエルズイム王国は魔人族差別に関してはまだマシだったはずだが……
「……」
少女はふらふらとした足取りで露店の一つに近づいていく。
串焼きを売ってる店だ。筋肉質な店主が威勢よく声をあげている。
少女はさも当然のように店に近づき――
「あ……」
――店先にある串焼きを一つかすめ取った。
そのあまりに自然な動きに店主は気付いていない。
万引きって奴だ。
一瞬、指摘するか迷う。
当然指摘するべきなのだが、魔人族に対する同情が俺の行動を抑えてくる。
少女は串焼きを頬張りながら、辺りをキョロキョロしていると俺と目があった。
眠たげな黄金の瞳が俺を射貫いている。
少女はしばし考えて、とてとてとこちらへと歩み寄ってくる。
客として声をかけるか迷った。
ラジオの魔導具は串焼きより数段値が張る。
串焼きを万引きする少女にラジオを買えるとは考えられなかった。
依然として目が合う少女は少し怪訝そうに首を傾げながら、しばし悩んだ後に――
――店先のラジオへ手を伸ばした。
「ちょ、おいおい!」
あまりにも大胆な行為に虚を突かれてラジオを持っていこうとする少女へ手を伸ばす。
それ以上に、手を掴まれた少女の方が驚いていた。
まさか気付かれないとでも思ってたか? こんなに視線あってるのに?
「……なんで」
「いや、なんでもなにも、勝手に持っていったらダメだろ!」
おかしなことを口にする少女を嗜める。
まさか、犯罪を見過ごされないと思っていたかのような口ぶりだ。
「生活が苦しいのか知らないけど、盗みはダメだろ。
ってか、そもそもこんなに目が合ってるのに成功するわけないだろ」
「…………ごめんなさい」
長い沈黙の後、少女はラジオを放して謝罪した。
「魔人族なんだよな。名前は?」
「サーシャ」
短く少女は名前を口にする。
こうして話せるあたりシオンの言霊魔術とは違うようだ。
だが、ロロさんが言うには魔人族には例外なく特殊な術式が刻まれているらしい。
このサーシャも何か術式を持っているのだろう。
サーシャはラジオを返して、もぐもぐと串焼きを食べてる。
「見てたけど、その串焼きも盗んでたろ? お金、ないのか?」
「……」
サーシャは押し黙る。
叱られた子供の様にしゅんとするサーシャに大きくため息をつく。
懐から銀貨を取り出す。
「これで、謝ってこい。なんなら俺もついていってやるから」
偽善ではある。
でも、シオンと同じ魔人族を見捨てることもできなかった。
サーシャはしばし手に握りこまされた銀貨を見つめると首をふるふると振った。
「ありがと、ひとりで謝ってくる」
そういうと、踵を返して先ほどの露店まで小走りで走っていく。
相変わらず店主は大きく声を張り上げているが、サーシャは手に持った銀貨を店主の前に置いてペコリと頭を下げた。
店主は気付いていないのかサーシャに目も向けない。
無視しているのか?
サーシャは頭を上げて、こちらへと戻ってくる。
「謝ってきた」
「あ、あぁ。偉いな」
謝罪という会話はなかったように見えたが、しっかりと態度は示していたのでヨシとした。
サーシャは俺の店の前に座り込み改めてラジオを見つめる。
「これなに?」
「ラジオって魔導具だ。これに魔力を流すと夜に美しい声で本を読んでくれるんだ」
「へー」
あまり態度が表に出ているようには見えないが、感心したようにサーシャは声をあげる。
「俺は越智 宗次だ。
サーシャは街の外から来たのか?」
「うん、メサイの村から」
知らない名前だが、ガリアの外の村なのだろう。
「ソウジ。ソウジはなんで魔人族の私に普通に接してくるの?」
当然の疑問だ。
当然の疑問で、悲しい疑問でもある。
「俺は遠い遠い国から来たからな。
魔人族の差別がよく分からないんだ」
「魔人族が差別されない国……?」
信じられないといった表情で俺を見つめる。
「俺の家にも魔人族の女の子が居るんだ。まだ街に居るなら友達になってやってくれ」
「……無理だよ」
ぽつりとそうサーシャがつぶやく。
「サーシャ、ここにいたの?」
そのサーシャの言葉に聞き返そうとしたタイミングで、彼女を呼ぶ声がする。
二人でそちらへ目を向けるとそこには銀髪の子供がいる。
銀色の髪の隙間から尖った耳が覗いている。
ファンタジーで言えば、もはや定番ともいえる亜人種の代表。エルフがそこにいた。
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