2-02:はじめてのファンレター

「ミア、久しぶりだな」


「ふん、可能ならアンタの顔なんて見たくなかったわよ(久しぶり……)」


 本音に対して、建前が鋭利すぎなんだが。

 まぁ、逆じゃないだけでも救いではある。表面上は愛想よくしてて本音が鋭利だったら正直聞いていられなくなりそうだ。


 少なくとも現状は可愛らしい本音を隠しているミアに苦笑しながらも足元を見るとバスケットのような籠にいくつか袋が詰められている。


「ガリア大聖堂からの物資よ。契約のね」


 ギリオンへと交渉する前段階でミアのコネを辿ってガリア大聖堂には足を運んでいる。

 そこで出会ったゴドウィン枢機卿という教会の偉い方と言葉を交わし、ラジオにて迷える民たちにメジウム教の存在を教える代わりとして物資の支給という形で契約を結んだ。


 俺たちが不自由なく暮らせている大部分はギリオンの助力ではあるが、ガリア大聖堂にも少なくはない助けを借りていくこととなる。

 とはいえ、今のラジオ放送は宣伝効果としては不十分だ。

 ラジオ放送を軌道に乗せるまでとはいえ、何も出来ていない状態でこうして物資を貰うのも申し訳なく感じる。


「悪いな、ミアが支給係になってくれたのか」


「私がまるで望んでその役目を買って出たような言い方はやめてよね!


 忙しい中でゴドウィン枢機卿から命じられて仕方なくやってあげてるだけなんだから(ちょうど暇だったから来てあげたの)」


「暇とは言え、自分の自由な時間もあるのに悪いな」


「な゛っ!?」


 間違えた。


 素直に副音声の声をそのまま言葉に出してくれればいいのに難儀な性格だ。


「ここまで荷物運んで疲れたろ。お茶でも飲んでいくか?」


「……貰うわ」


 そう言って、ミアは荷物を持ち上げると玄関から屋敷へと上がる。

 家にあげると部屋の中からシオンが心配そうな眼差しでこっちを覗いていて目があう。


「魔人族……」


「……悪いな、言い忘れてたが一緒に住んでいるんだ。

 決して悪い子ではないし、飲み込んでもらえないか?」


 ミアがシオンを見て眉を顰めたので、咄嗟にフォローする。


 ミアとて例外はないのだろう。

 そもそもロロさんの話ではメジウム教は浮浪者にも手を差し伸べる慈悲深い宗教だ。

 それが、シオンにはノータッチだった時点でメジウム教からも魔人族は恐れられ、嫌われているのだろう。


 魔人族がいたことに面食らったかと思ったが、ミアは意外と瞑目したのちに頷いた。


「あなたの傍に魔人族がいることにはある程度覚悟をしていたわ」


「そうなのか?」


「黒髪で異国の商人が護衛である魔人族を操り、ギリオン様と大きな商談を行ったという噂を聞いてるわ。

 そして、ギリオン様の喉元に刃を突き立てた恐ろしい存在だとも」


「尾ひれめっちゃ増えてねぇか!?」


 どちらかといえばギリオンに日々刃を喉元に突き付けられているのは俺の方だよ。

 有能すぎてあいつ何言っても切り捨ててくるんだもん。


 いつの間にか街の危険人物となっている俺に戦々恐々とする。

 このままだといずれテロリストだとでも噂されるのでは?


 シオンに対する意識を変える前に俺の存在が偏見に満ち溢れている。


 ミアは今後の展望を恐れる俺にため息をつく。


「とはいえ、アンタやあの魔人族がギリオン様に牙を突き立てるようには見えないわ。

 魔人族は……ちょっと気後れするけど飲み込んであげるわ」


 意外とすんなり受け入れた、ミアは続ける。


「私の寛大さに感謝しなさい(もしかしたら、あの方に会えるかもだし)」


 あの方?


 ミアの言った本心の意図が読み取れず首を傾げる。

 部屋に戻ると、シオンは慌てて食べたのかオムライスをもう片付け、机は綺麗になっており、部屋の角の方でおろおろしていた。

 戻った俺に眉を下げて手を動かしていく。


『疑問、残留』


「あぁ、気にしなくていいよ。

 ただ、声だけは気を付けてな」


『了承』


 久しぶりのセリム動言語に注意点だけ伝えるとシオンは力強く頷いた。

 元より、喋らないように気を付けて今まで1人で生活してきたシオンだ、あまり心配はいらないだろう。


 紅茶を用意して座ったミアに出してやれば、ミアは優雅な姿でカップを傾け味わっている。


 小さな容姿や漏れ出る本音で幼く見える少女だが、紅茶を飲む姿1つ取っても、教育が行き届いているような感想を覚える。

 シスター服を身にまとっていなければ、どこかのご令嬢と思われるだろう。


「おいしいわ。ありがとう」


「もう一回」


「だから、おいしかったって」


「ワンモア」


「なんで何度も言わせるのよ!!」


 いや、素直に言ってくるから本当に副音声が聞こえないか確認したくて。


 苛立たしげにしながらミアは姿勢を正し、ちらりとシオンと目があう。

 シオンは挨拶をしようとセリム動言語をするか少し迷っているようだ。


 中空に浮いた両手はさながらお化けの真似事だ。

 ミアも怪訝な顔をするので助け舟を出してみる。


「ミア、セリム動言語ってわかるか?」


「異国の貴族が作ったって言語でしょ? それくらいしか知らないわ。

 ……あぁ、そういうことね。ごめんなさいね」


 返答を聞いて、シオンは両手をぺたりと膝に落とし、落ち込んだようにぺこりと頭だけ下げた。

 それを目で見て、自然とミアは視線を部屋の中へと移した。


 愛想よく挨拶……とも行かないか。

 しゅんとするシオンの頭をぐしぐしと撫でてやり、部屋をきょろきょろと、落ち着かないミアへと声をかけてみる。


「何か気になる事でもあるのか?」


「今日はいらっしゃらないの?」


「……誰が?」


 この家には基本俺とシオンしか居ない、時々ロロさんが顔を覗かせるくらいなものだが、ロロさんとミアが顔見知りだなんてのは聞いたこともない。


 俺が素直にそう尋ねてみると、ミアはごほんと咳ばらいをして、少し控えめながら口にする。


「玲瓏の話者……様よ」


「へ?」


「っ……!?」


 居るけど。

 それもミアの目の前に、口を開けて落ち着きのない隣の子がその人だ。


 ただ、シオンがラジオパーソナリティを務めているという事実を知っているのはロロさんとギリオンだけだ。

 ミアも当然知らないのだろう。伝えるわけにもいかないが


「やけに気軽にお茶の誘いに乗ったと思ったら……お前、玲瓏の話者に会いに来たのか?」


「なっ! そんなのアンタに関係ないでしょ(大ファンだから会いに来たの!)」


「大ファンなのか」


「な゛っ!?」


「んっ……!?」


 間違えた。


 本心を指摘されて、ミアは顔を真っ赤にしている。

 かくいう、玲瓏の話者本人は大ファンの登場に照れて息を飲み、俺の背中に隠れようと必死だ。

 自分の椅子から俺の方に飛びつき、俺の背中と背もたれの間に入ろうとしている。


 なんだこの面白い光景。


「……そうよ、悪い!?

 アンタがやってる放送は教会のシスターたちと時々聞いてるのよ」


「そうなのか? そりゃありがとうな」


「アンタが放送しているのかと思ったけど、まさかあんな綺麗な声の人が話者をやっているなんてね。

 慧眼だったわね」


 うるせぇ。


「元ラジオパーソナリティとして複雑だし、俺もいずれちゃんと放送する気だけどな……」


 ミアが嫌味っぽく目を向けるので、言い返す。

 実際俺は諦めてはいないわけだし、いつかは復活を果たすつもりだ。


 しかし、ミアは口の端を上げて、鼻で笑う。


「やめておいた方がいいわよ。玲瓏の話者様の美しくも儚げで月の明かりを思わす声でそのままいったほうがいいわ」


「ぁ……っ!?」


 シオンが俺の背中に隠れようと、俺と背もたれの間にさらに頭を押し付ける。

 落ち着け。もうお前の身体はその隙間には入らない。


「その子どうしたのよ。大丈夫なの?」


「いや、大丈夫。事情は理解してるから、それで玲瓏の話者の話だよな?」


 自然と話を振ってやれば、ミアの口はまだ回る。


「えぇ、きっとあんな美しい声の持ち主よ。美人で気品のある貴族のお嬢様のような方と噂されてるわ」


「痛い、痛い」


 話を振った俺への抗議でシオンが肩を叩いてくるので宥めてやる。

 少し面白かったが、これ以上はシオンがかわいそうなのでここまでにしておくことにする。


「あー、で、悪い。玲瓏の話者は今は留守で。ってか一応誰なのか秘密なんだよ」


「……そうなのね」


 少し残念そうに眉を垂らす。

 俺とシオンが一緒に居るところまでは理解しても、まさか自分より幼い目の前の子があの声の持ち主とは思わなかったらしい。


 玲瓏の話者の話題は断ち切ったが、ミアは懐から、一通の手紙を差し出す。


「こ、これ。協会のシスターが書いた玲瓏の話者様への手紙なの。(私から玲瓏の話者様への手紙なの)

 貴方から話者様へ渡してくれないかしら」


「漏れ出てるなぁ」


 隠し事が向いていない……というか、自分の手紙と言う直前で建前が覆いかぶせたので俺からすれば無意味な隠し事をしているが、触れないでおく。


「ファンレターって奴か」


 可愛らしい便せんに入っており、封がされている。

 初めてのラジオ放送へのファンレターだ、シオンも興味深げに俺の手元を覗き込んでいる。


「玲瓏の話者様に読んでもらいたい……って知り合いが言ってたわ。

 アンタたちは間違っても読まないようにね」


「シオン、開けていいぞ」


「人の話を聞きなさいよ!!」


 烈火の如く怒るミアに嘆息し、シオンに渡すのはミアが帰ってからにする。

 まぁ、知り合いにファンレターを読まれるってのも中々居心地が悪いのだろう。


 とはいえ、別に笑うつもりもない。

 むしろ、こういった声がシオンの自信に繋がれば万々歳だ。


 ちらりとシオンを見ればシオンが爛欄とした瞳でミアを見ている。

 少し悩んだ後、俺の方を見る。


『希望、手紙、返事』


 自分宛てに届いた手紙が嬉しいのか、嬉々とした動きで伝えてくる。

 返事自体は目の前の相手に渡してあげればいいのだが……


 そこで、俺は一つの考えに至り、ミアへと問いかける。


「ミア、このお便り。放送内で紹介していいか?」


「え゛っ!? いや、それは……何というか……私じゃないし……本人に聞かないと」


「なら聞いておいてくれ。玲瓏の話者も感謝の言葉を口にしたいと思う」


 変に凝ったフリートークより、放送を聞いた人間から寄せられたお便りならシオンも話しやすいのではないだろうか?

 商業ギルドでお便りを預かり、俺が受け取れば大きな問題もない気もする。

 これで、シオンがラジオの前で話すことに慣れてくれれば、色々と宣伝コーナーも用意出来るかもしれない。


 真剣にそういえば、バツが悪そうにミアは目線を逸らして、指を突き合わせながら答える。


「…………名前は匿名にされる?」


 そもそも教会の知り合いが出してくれたファンレターでそれが誰なのかも知らない以上匿名も何もないが。


「あぁ、もちろん」


「ならいいと思うわ」


「知り合いに聞かないのかよ……」


「いや! ……えっと、そう! もしそういう話になったら匿名にしてもらってって!」


 随分未来予測が出来る知り合いらしい。


 とはいえ、今後のラジオ放送でやっていくべき放送内容に発展性も見えてきた。


「……玲瓏の話者様は喜んでくださるかしら」


 ミアは弱弱しく、自嘲気味につぶやいた。

 背を丸め、視線を逸らす姿はいつも強気で胸を張る彼女とは対照的だ。


 今回は本音を口走りそうになったわけではないだろうが、彼女の言葉に隠された真意は理解できる。

 自分なんかの声援を受けて喜ぶのか? という自信のない部分だ。


 ――とんだ、思い違いだ。


 俺はドンと机を叩いてミアへと身を乗り出す。

 示し合わせたわけではないが、シオンも同じくミアへと身を乗り出していた。



「いいか!? ラジオ放送においてリスナーの声ってのはめちゃくたありがたいもんなんだぞ!!」


「……っ! ……っ!!」


 俺の言葉に呼応してシオンは首を大きく縦に振って肯定を示す。


「ミアは知らないだろうけど、相手からの反応がないラジオブースっての結構孤独でな。

 話してて、大丈夫かなー? 楽しめてるかー? ってなるのはパーソナリティを悩ませる大きな種なんだ」


「……っ! ……っ!!」


「この子、顔近いんだけど……」


 いつもなら本音はどうあれ切れ味鋭く言葉を返しそうなミアもたじたじな様子だ。

 でも、これだけは分かっていてほしい。


「ゆえに、パーソナリティはラジオ終わった後にエゴサに勤しむんだよ……」


「えごさって何よ」


「仮にミアのファンレターが言葉足らずで稚拙な文章でもパーソナリティにとってはめちゃくちゃありがたいものなんだよ」


「誰が稚拙よ!! ……あと私のじゃない!!」


 一旦呼吸を落ち着けて、椅子に座りなおす。

 シオンも座り直し、ふんすふんすと鼻を鳴らしている。

 ミアは圧倒されながらも眉をひそめている。


「つまり……」


「何よ……もうわかったわよ……言ってる意味はよく分かんないけど」


「ありがとうな、ミア。玲瓏の話者に代わって、先に礼は言っておく。めちゃくちゃ喜ぶと思うぞ」


 ってか、すでに喜んでるし。


 ミアは、顔を背け、紅茶を一口飲む。


「私じゃない、って言ってるでしょ(どういたしまして……)」


 そう悪態をつきながら言葉を返した。

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