第2章
2-01:異世界放送局放送中
「“――別れの言葉も告げず、私は歩き始める。風が背を追い、指し示す道へ”」
シオンの透き通る声が大英雄ウォーゲルが綴った冒険記の1節を読み上げ、静かに本を閉じた。
少し緊張で紅潮した頬を緩ませ、安堵の表情をする。
幾度目かの放送でもいつも同じように胸を撫でおろすシオンを微笑ましく思いながら俺は聖剣を送信機から引き抜く。
明かりをつけているにも関わらず、若干の薄暗い雰囲気が避けられない地下室のラジオブースでもその白銀の西洋剣は輝いているように見える。
話では魔王と戦う際にも使われた偉大な剣らしい、本来こんな利用用途ではなく博物館にでも飾るべき肩書を持っている物ではあるので、せめて傷一つ付けないように鞘へと納めた。
「どうだった!? ソウジ!」
「あぁ、今日も完璧だった。大分慣れてきたんじゃないか?」
先ほどまでは放送時で引き締まり、美しい声を出していたシオンが垢抜けた少女の声で、俺に飛びつく。
その頭を撫でてやりながら素直に感想を告げてやれば、シオンは嬉しそうに笑みを浮かべていた。
物珍しさと商業ギルドのギルド長、ギリオン・D・ヘンリーの手腕により王都ガリアで少しずつ流行り始めている魔導具。
ラジオと銘打たれたそれは商業ギルドが販売し、少しずつではあるが娯楽として浸透を始めている。
夜、起動すればそこから美しい声が流れ、本を読み聞かせてくれる。と、いった物だ。
そうこうして、シオンのラジオ放送“異世界放送局”は無事スタートダッシュに成功している。
本当は俺目線でつけた放送タイトルではあるものの、前口上として発言した内容をシオンが気に入って使っているため、それが正式名称となっている。
「ソウジ、明日からは次の章読んでいい?」
「いや、明日から別の本にしよう。この冒険記はここまでだ」
「えー、ここからが本番なのにー」
「だからだよ」
この朗読の目的は商業ギルドで販売されるウォーゲルの冒険記の宣伝にある。
なので、ラジオ放送ですべてを読み上げるわけにはいかない。
今から冒険が始まり、どんな旅路になるのかって部分で一旦切り上げる。
続きはWebで。って奴だ。
何より、スポンサー契約の大部分を占めているギリオンにこのラジオに喧伝の効果がないと判断されればスポンサー契約は打ち切られ、俺たちもこの屋敷から追い出されることになる。
本当はメジウム教や他の宣伝にも手を伸ばしていかないといけないが、まだシオンは用意された本を読み上げるので精いっぱいだ。
「そういえば、シオン。シオンが巷でなんて呼ばれてるか知ってるか?」
「なに?」
思い出してシオンに聞いてみるが、シオンは心当たりが無いようで首を傾げている。
「“玲瓏の話者”だってよ」
「れいろぉ?」
予想もしていなかったのだろうシオンは素っ頓狂な声をあげる。
異世界放送局は認知されていっているが、では、そこで聞ける美しい声の持ち主が誰なのかは謎である。
一番最初に放送タイトルを読み上げた後は、鈴の鳴るような音色で淡々と本を読み上げる女性は大層ミステリアスに映るだろう。
流石に本名は名乗れずとも何かしらの自己紹介はあってしかるべきではないかとも思ったのだが――
『しばらくは我を出さず、謎の人物を語れ。その方が大衆の興味も引け、人々の話題の種になる』
と、言ってきたのは当然ギリオンだ。
何なら“玲瓏の話者”などと大層な名前を噂させているのもギリオンではないかと睨んでいる。
確かに謎の人物をなるべく前面に出せば、一体あれは誰なのかと人々は話をしていくのだろう。
スポンサー企業から大きく超えて干渉してきているギリオンだが、言い分が全う過ぎて否定できない。
俺が元々持っている経験値からの現代知識無双など微々たるものである。
「れいろうってどういう意味?」
「まぁ、小難しい言い回しだがめっちゃ綺麗ってことだと思うよ」
「ひゃわっ……!」
シオンの顔が爆発したように真っ赤になり、頭からは煙でも出そうな勢いだ。
つい先日まで街中を歩けば忌み嫌われ、後ろ指をさされていたのだろう。
ここまで褒められる経験も多くはないのだと思う。
名前や素性も伏せている状態ではあるが、もし玲瓏の話者と呼ばれる人物が真に人気を得て、それが魔人族だと明かされた時……人々はどう反応するのか、予想は出来ない。
そう考えれば、ギリオンの言う通り、しばらくは我を出さないのは正解だと思った。
「……シオン」
「ん?」
未だ火照って赤くなっている顔をパタパタと手で仰いでいるシオンに声をかけると魔人族の象徴たる黄金の瞳が俺を捉える。
「俺が始めたことなのに悪いな。楽しいか?」
「楽しいよ」
シオンはくすりと笑って、さも当然のように答える。
「噛まないように練習もいっぱいしてるから大変だし、それでもすっごく緊張するよ?
でも、ソウジが喋り方とか教えてくれるし、放送する時はソウジが付いていてくれてるし……」
そこで、少しだけシオンの目が伏せられる。
「私、街のみんなから嫌われて、悲しい。って思うと昔あったパパやママのことが忘れることが出来たの。
だから、むしろ嫌ってほしかった。わがままだけど、皆に嫌ってほしかったの」
――でも、とシオンは付け足す。
「ソウジと過ごしたり、ラジオ放送しながら楽しい。って感じても昔の嫌な思い出を思い出さずに済むんだね!
それはちょっとだけ悲しいことだけど、でもすごく嬉しい。
だから、私はラジオをやるのは楽しいし、嬉しいよ!」
「……そっか。前にシオンの環境を変えてやるって大口叩いてシオンにおんぶにだっこでろくに何もできてない俺だけど、そう言ってもらえるなら嬉しいよ」
それは実際そう思う。
シオンが嫌われることのないそんな世界に変えたいと言い出して始めているラジオ放送のくせに、結局彼女に与えられたのはこの小さな地下室だ。
この空間で話している限り、シオンは玲瓏の話者で人々は玲瓏の話者を好んでいる。
ラジオ放送で話している間は誰にも邪魔されず、まるでこの世界の支配者かのような万能感に喜んでいた時期が俺にもあったが、その喜びが万人に通じるものとは思えない。
シオンにはもっとラジオの楽しさを教えてあげたいと、そう思う。
「あとね」
シオンは手を広げて地下室全体を示すと少し照れ臭そうに続ける。
「ラジオで話していると私がここの王様だー! って感じがしてすごく心地いいの!」
それは、俺がラジオを始めた時に感じた感情と同じで。
「今からもっと楽しくなっていくぞ」
ここから先に俺が感じていた楽しさを問題なくそのままシオンに伝えられる気がして安心して、笑いかけた。
■ ◆ ■ ◆ ■
「ほら、シオン、焼けたぞ。皿を持って行ってくれ」
「うん」
オムレツを焼き、用意しておいたチキンライスに乗せて出来上がったオムライスをシオンは嬉しそうに運んでいる。
オムライスは俺がこの世界で作った料理の中でもシオンが最も気に入っている料理の一つだ。
本人にも作り方を教えてほしいとも言われたが、教えた場合シオンの料理当番ではすべてオムライスが出てくる可能性があるので伏せておく。
尻尾でもあればぶんぶんと振っていそうなシオンを追って、食卓に着くと手を合わせて「いただきます」という、シオンもよく分かっていないながらも同じ動作をしていた。
「ソウジ、今日もおいしいよ!」
「そりゃ良かった。今日は半熟で焼けた自信作だからな」
「ソウジが作る料理は味が濃くて、なんか新鮮な感じ」
「まだ濃いめか」
「でもおいしい!」
この世界で食べられる料理は基本薄味だ。
故に、自然と自分で作るとちょっと味を濃くしてしまう。
最初に作った料理なんて辛くてシオンが食べれなかったほどだ。
それ以降、ちょっとずつ味付けをこの世界仕様に合わせて行っている。
シオンも食べる料理である以上、郷に入っては郷に従えだ。
「こんなにおいしいご飯を毎日お腹いっぱい食べれるなんて夢にも思わなかった」
「そのためにもラジオ放送を頑張らないとな」
「――うん、本以外の宣伝。だよね?」
ケチャップを口に付けたままシオンがキリッと眉を顰める。
身を乗り出して、その口を拭ってやりながら「いいか?」と続ける。
「今後の色々な商品を宣伝するようなラジオ放送をするに当たって俺らが用意しなきゃいけないものが何かわかるか?」
「……いっぱい宣伝するときに緊張しないよう手のひらに書くいっぱいの人の名前。だね」
「違う」
未だにシオンが放送する際には、俺や無辜の民が手のひらに書かれて飲み込まれ続けている。
俺が言おうとしたこととはちょっと伝わっている意図が違ったが、まぁ、実際シオンが緊張していないようなので、そのままにしておく。
緊張しない方法は俺の名前をいっぱい書いて飲み込んでもらうことで手を打とう。
シオンは渾身の回答以外に思い当たるものが無いようでうーんと唸っている。
「――台本だ」
「台本?」
今まではタイトルコールが終えたら本を読んで、読み終わりが放送の終わりだ。
だから、気にしていなかったが、宣伝内容を増やしたり放送内容を変えていくのであればそれらをすべてアドリブでやっていくわけにはいかない。
ラジオの放送台本には読み上げるべき口上や補足となるべきト書き、目安となるタイムスケジュールなどが記載されている。
現在の放送枠は実質無限ではあるものの、最初の放送が放送枠を無視していけば、将来的に困る。
緊急時を除き、放送枠などは固定したものを用意すべきだ。
それら限られた範囲で的確に面白い放送を作るには一種の戦略とそれを確認するための台本が必要になる。
「――とまぁ、そんな感じで今後朗読劇以外をやるにしても台本は必要不可欠だ」
「ソウジが書くのじゃダメなの?」
「ある程度は俺もやるが、どうしても本職じゃないからな。
台本進行には一種の戦略が関わってくるし、出来れば向いている人間にやってほしい」
そのことは既にギリオンにも伝えており、検討をしてくれているが、そもそもこの世界に物書きって職は少ない。
筆頭候補に挙がるのがこの異世界で今最も有名な物書き、千手の武人ウォーゲル・エルクだ。
白銀の剣聖の剣を放送機器扱いし、千手の武人を放送作家とするのは流石に罰当たりだ。
実感はなくとも相手は知らぬ人もいない世界の救世主様なわけだし。
「本の内容以外を話すのってどうやるの……?」
シオンが心配そうに話してきた。
ある程度慣れたとは言え、まだまだ緊張はしている。
放送内容を増やしていくにあたってある程度台本を用意するとしても、すべてを読み上げでやるわけにはいかない。
そうなると必然とアドリブが要求されるのだが、それが不安なようだ。
「もちろん、朗読劇以外をやるなら最初は台本である程度話す内容を決めるが、それ以外はフリートークだからな……」
「お話ってこと? でも1人で話すんだよね?」
「あぁ、でも1人じゃないんだ」
「ソウジも言ってた聞いてる人とお話するってこと?」
しかし、いまいち目に見えない相手に話すってことが実感ないようで難しそうな顔をしている。
「じゃあ、最初は俺に聞かせる感じで」
「ソウジに?」
「シオンがラジオをやる時は俺が必ず傍にいるからその俺にシオンのお話を聞かせてあげる感じで。それなら得意だろ?」
「うん!」
シオンは元々手話でしか会話ができないため、少し会話のテンポにたどたどしいものがあるが、こうして言葉を交わせば会話が好きな子だとすぐにわかる。
そのいつもの会話のトーンで話してもらえればそれで問題はないだろう。
――コンコン。と
そんな話をしている時に玄関の戸が叩かれた音が響いた。
来客は多くないこの屋敷だ。
なんだろうと思いながらも関係者以外ここの場所を知る人間もいないので、安心して玄関へ向かって戸を開けた。
そこには少し低い位置から鋭いオレンジの瞳で俺を見る少女がいて。
「遅いわよ、さっさと開けなさいよ!(おじゃまします!)」
俺にだけ響く奇怪な副音声が発するシスター。
ミア・ミッチェルモアが腕を組んで立っていた。
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