1-11:誤った頼み
「すみません……」
翌日になっても頭の中を巡っているのは昨日の醜態ばかりだ。
項垂れるように椅子に腰かけている俺の頭をシオンが撫でた。
「ギリオンとの交渉段階で感情的になっていた時から何かしら失敗するとは予想していたよ。
一言も話せないのは予想外だったが、失敗は早いに越したことはない」
「手厳しいですね」
「手心を入れてほしい時は先に言ってくれ」
ラジオを大衆が聞ける環境が出来れば魔人族の認識は払拭できると思ってた。
有名な人、自分の好きな人が右と言えば右、左と言えば左となるのは異世界でも変わらないはずだ。
俺がラジオ前で話せないようになっているのであれば、ギリオンが主体となって、放送の内容を細かく指定してもらえば話せるのだろうか。
そもそも、ラジオなんて一つの番組だけで回るものじゃない。
今後複数放送をやっていくなら、すべてを自分主体でやるのは難しいわけだし、今の放送はギリオンに譲って、他に番組をやる時には自分で主体になるのはどうだ。
それなら、きっとできるはずだ。今からでもギリオンのところに行って、ギリオンの条件を飲むように言おう。
――嫌だ。
ダメだ。
放送を縛られたくもないし、縛られなければ話せない。
今となっては仮に自分で話す内容をすべて紙に書き写しても不安が払拭されない。
放送作家やスタッフ、ディレクターやスポンサーが承認されていない内容を読むのが怖い。
『 』
「シオン、その必要はないよ」
『 』
シオンとロロさんが何かを話している。
シオンの動作が見えないので会話内容は分からない。
ロロさんは魔人族であるシオンをどうして助けたのだろうか。
いや、それは可哀想だったからとかで良いかもしれないけど、どうしてそれ以降放っているのか。
俺のように家に置いてやることも出来たと思うし、シオンの環境もロロさんが仲介すればある程度解決するのではないだろうか。
そう言った今の環境がシオンを追いやり、今のシオンはボロボロのワンピースを身にまとった姿で周りから怯えるように暮らしている。
ギリオンは同じく人間種じゃないが、その圧のある見た目から文句を言う奴はいないのだろう。
「じゃあ、何もラジオにこだわる必要はないんじゃないか?」
ふと、頭に浮かんだ言葉を口に出す。
俺はシオンの環境を変えたいだけだ。
だとすれば、ラジオにこだわる必要はない。ギリオンの言ったことは間違っている。
「シオン」
『 ︎︎ ︎︎』
「オシャレをしよう」
シオンの見た目が変われば周りの意識も少し変わるかもしれない。
俺は勢いのままシオンの手を取って、店を飛び出した。ロロさんは何か複雑な表情で俺たちを見ていた気がする。
■ ◆ ■ ◆ ■
「ミスタさん!」
俺はシオンを連れてミスタさんの服屋へとやってきた。
店内に客の姿はなく、ミスタさんは退屈そうにアクセサリーを弄っている。
「あらぁ、オチちゃん。いらっしゃい、今日は休みだったわよぉ」
「分かってます。今日は客で来たんですよ」
「嬉しいわぁ! それで――」
そこで、ピタリとミスタさんの動きが止まる。
出迎えるミスタさんが俺の影に隠れたもう1人の客人を見て、目を細める。
「魔人族……」
その眼に孕んでいるのは嫌悪感だ。
思わず奥歯を噛んだ。
明るく、人の良いミスタさんなら魔人族を見ても、いつものテンションだと思ったのだが、それは淡い期待だったようだ。
「シオンって言うんです。この子に服を買ってあげようかと思って」
「……オチちゃんが言うなら」
『 』
「ありがとうございます!」
ミスタさんは少し悩みながらも譲歩してくれた。
それに全力で感謝を示す。
シオンの手を引いて、店の奥へと入って、いくつかの服に目を通していく。
ミスタさんの作る服は物によっては派手なものが多い、露出度が高いものもあるが、それは論外だ。
魔人族の特徴で分かりやすいのは髪色と瞳の色だ。
髪色は何とかして脱色は出来ないのだろうか、ロロさんに今度聞いてみよう。
目の色は、サングラスの存在をミスタさんとロロさんに伝えたら興味を持ってくれるのではないか。
それなら、サングラスと麦わら帽、白基調のワンピースで少しバカンスのお嬢様みたいな服でも行けるのではないか。
「シオンは顔立ちも幼さが残るし、可愛らしさが舐められる要因かも知れないな。
異世界での女性はスカートルックが多いが、ここはパンツスタイルで少し大人びた雰囲気とかどう思う?」
『 』
女の子だし、足も長く見せるなら黒色でスタイリッシュに決めていくとなお良いかもしれない。
「あとは、確かスポンサーの要望でファッションコーナーやったことあったな。
確かその時にも童顔な女性向けに何か言ってたような……」
『 』
放送作家が渡してきた台本から確かスポンサーがおすすめするコーデをそれとなく紹介したはず……
少し、感覚で話しすぎてたな……その時の内容しっかり覚えていれば……
「こうなったら、あえてロリータファッションに寄せればどこかの令嬢感が出るか?
シオンは肌が白いし、白系とかシオンは好きか?」
『 』
とはいえ、魔獣の森とか野外に行くわけだしドレスは微妙か。
それなら、もう少しカジュアルな感じの方が……
「オチちゃん」
不意に後ろからミスタさんに声をかけられる。
アドバイスかと思って振り返ると、ミスタさんは腕を組んで憐れんだ顔で俺を見つめている。
「なんですか?」
「話すのなら、相手の顔見てあげれば?」
「え?」
何を言われているのか分からなかった。
言われて、シオンの方を見る。
シオンは中空に漂わせていた手をぺたりと下ろした。
その眼は潤んでいて、瞳が揺れている。
なんだか、久しぶりにシオンの顔を見た気がする。
「わ、悪い。ちょっと夢中になってて」
『かいわ』
小さくたどたどしい動作でそれだけ告げる。
胸が刺されるように痛む。
シオンの顔を見ていなかったということはセリム動言語での言葉も見ていなかったということになる。
シオンの顔も見ずに、動作も見ずに、目も合わせずに、どうやって会話しようとしていたのか。
「ごめん……俺が言ったんだ。言葉を交わさなくても会話は出来るって……」
独りよがりに話し続けていた事実を恥じる。
シオンが自分を見ずに会話を押し付ける俺をどんな顔で見ていたかを考えると自分を殴りたくなる。
「シオン」
『……』
頭を振って、シオンと顔を合わせる。
「ラジオは難しそうなんだ。だから、別の方法を考えようと思う」
『疑問、何』
「ラジオじゃなくて、例えば今はシオンがこの街のファッションリーダーになるとかさ。
そうすれば一躍みんなが憧れる有名人になれる」
『疑問、何』
再び、シオンが同じ動作をする。
セリム動言語の翻訳はあまり勝手が良くない。
動作が一つずつ翻訳されるので、意訳もされず、助詞もない。
だが、シオンの表情に感情が良く出ており、意外と会話に苦労はなかった。
なのに、今はシオンの動作の意味が分からない。
最初は別の方法って何かと聞いてきたのかと思ったが、そういうことではないらしい。
『疑問、何』
もう一度、シオンは力強く動作する。
ようやく理解出来た。
――何を言ってるの? だ。
シオンは俺が何を言っているのか分かっていないらしい。
「いや、だからラジオが難しくなったから別の方法でシオンの……魔人族の印象を変えようと……」
『否定』
「え?」
胸元でシオンが指を交差させる。
シオンは潤んだ目元をごしごしと袖で拭ってこちらを見る。
『らじお、ソウジ、やりたい』
――ラジオはソウジがやりたいこと。
『私、救済、否定』
――私を助けるためじゃない。
それは、先日ギリオンにも言われたことだ。
俺にとってシオンを助けたいという望みは本心ではないと。
俺は元いた世界でのラジオを嫌い、この世界でリベンジをしたがっている。
その目的とシオンの環境が偶然一致して、ちょうどよかったのだ。
そういうことだ。
『私、望み』
シオンの願い……
『ソウジ、楽しい、話、聞く、希望』
「俺に楽しく話してほしいって?」
『肯定』
そういえば、シオンはこういう子だった。
シオンにとって自分は二の次だ。
「いや、だって。シオンの環境は変えなきゃいけないんだ。
俺もシオンには楽しくいてほしいんだ」
『否定』
「いやいや、シオンの今の環境はおかしいんだよ。楽しいってのは……
魔人族ってだけで、シオンを見ずに嫌うって思想を変えないと」
シオンの目元がキッと鋭くなり、初めて敵意が宿る。
小さな手が俺の頬を叩き、店内に乾いた音が響く。
非力な腕で振るわれた暴力は大した痛みがなく、頬にじんとした熱だけが宿る。
不意を突かれて驚いてシオンを見ると、彼女は歯を食いしばって俺を睨んでいる。
『間違い』
動作も荒々しく、いつもの弱弱しさもない。
『私、楽しい、ソウジ、決める、間違い』
投げかけられた、強い否定に10秒以上言葉が出てこなかった。
シオンは胸元のネックレスにつく青い宝石を握って、口を開く。
苦しそうに何かを口から吐き出そうとする彼女の口から声なんてものは出ず、ネックレスから離されて宝石の形に赤くなった手のひらが下ろされる。
ゆっくりと両手を持ち上げて、ゆっくりと動作する。
『救済、感謝、ソウジ、私、考える』
『しかし』
『私、頼み、否定』
――ソウジが私の事を考えて、助けようとしてくれているのは感謝してる。
――でも、
――頼んでない。
翻訳以上に直接的に感情が頭に叩き込まれてきた。
そうだ、シオンは一度も助けてほしいなど言っていない。
勝手に俺が助けたいと息巻いて、そして、自分の感情と天秤にかけて、シオンを助けるほうが大事なんだと勝手に言い訳をしているだけだ。
シオンが踵を返して、店から飛び出した。
呼び留めることもできず、その場で呆然とした。
「女心は難しいって言うけどぉ、言葉も介せないってなると余計に難しいわねぇ」
一部始終を見ていたミスタさんが呆れたようにため息をつく。
「ミスタさん」
「なぁに?」
「俺、間違えてたんですかね?」
「無茶ぶりねぇ。私あの子の言ってること分からないわよぉ」
だが、でも。と付け加える。
「オチちゃんよりかは女心は分かっているつもりよぉ」
頬に手のひらを置いて、小さく笑う。
「ってか、あんなの誰が見ても分かるわよぉ?」
「そうなんですか?」
「あの子とちゃんとお話ししなさい」
気にかけ、事情を理解し、会話をしたつもりだった。
自己中心的に一方的に感情をぶつけていただけだった。
「ここでもコミュニケーションエラーか……」
思った以上に会話は難しい。
シオンに偉そうなことを言っておいて、俺もラジオを前に補助がなければ話せない人間だった。
「オチちゃん」
「はい」
「手伝ってあげようか?」
「……お願いします」
情けない半人前な自分を自覚して、1人でやれるなど驕らずに、俺は気持ちを入れ替える。
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