その14.ユーゲントは有限と言うけれど
双津&五剣谷邸でのディナーパーティには三善さんに一緒に行ってもらうことになった。
最初は三人で、という話だったのだけど私が桃瓜さんと永理伊さんに挟まれて食事とかプレッシャーが強すぎると思って三善さんに泣きついたのだ。
「私もあの二人の家にお呼ばれするのは初めてだから楽しみだな~。ね! 当日は一緒にお土産買いに行こうね」
私の切羽詰まった感じのお願いに対して三善さんは逆に嬉しそうに引き受けてくれた。
場所は桜景美術大学のある繁華街から少し外れた古い商店街がある地域で、広めのおしゃれなコンクリート造のマンションだった。
「来た来た! 待ってたよ。お二人さん」
出迎えてくれたのは桃瓜さんだった。
デートをしたときみたいなしっかりしたファッションではなく、部屋着風のゆるいスゥエットパンツに身体のラインのわかるTシャツ、そこにパーカーを着崩した服装をしていた。
こういうゆるい服装をしていても色気が出せるんだからすごいよなあと私は口には出さずに挨拶をする。
部屋の間取りは2LDKで、入って廊下を抜けたところにダイニングやくつろげるスペースがあり、そこから2つの個室につながる扉がついていた。
「なるほど。それぞれの個室を持って、ここで一緒に生活をしてるってわけですね」
私が桃瓜さんに持ってきたお土産の紙袋を渡すと、ちょうど声が聞こえたのか片方の扉から永理伊さんが出てきた。
「こっちが寝室。あっちは作業用の部屋になってるんだ」
「えっ? 寝室は共用なんですか?」
「うん。だって個室を分けるとなんか不平等じゃない? 広さとか日当たりとか。一緒に寝てても私は不自由を感じないし」
「あ、一応言うとベッドは2つあるからね」
と、親しげに永理伊さんは桃瓜さんの肩に触れた。
恋人にするような艶めかしい手つきではなく、気心の知れた友人にするような軽いボディタッチで、本当に二人は仲の良い同居人なんだなあということがうかがえる。
「立ち話もなんだから座って。料理はだいたいできてるからすぐ出せるけど、お腹へってる?」
三善さんからの事前情報によると、桃瓜さんはなかなか料理がうまいということだった。その前評判通り、キッチンにはほどよく焼かれた肉や野菜などが並んでいる。
ここに来る前まではそれほど空腹感は感じてなかったのに、並んでいる料理を見たら猛烈にお腹が空いてきて、すぐに食事会を始めようということになった。
「みなさんは、全員同じ高校だったんですよね」
「うん。私達7人と水嶺は同じだったよ。公立優厳登(ゆうげんと)高等学校」
若干不思議な名前の学校だが、これはドイツ語のユーゲント(Jugend/青春・青年時代)に当て字をして作られたものらしい。歴史的にはいろいろあったところらしいが、現在はそこそこ有名な治安のよい進学校として広範囲から生徒を集めている。
以前に季果さんから糸織さんが生徒会長、南灘城 柳音(ななしろ・りゅうと)さんが副会長であったということを聞いたと話すと、そうそうと三人は懐かしそうに頷いた。
「糸織は生徒会に入る前は弁論部に所属しててさ。その原稿を書くの手伝ってたのが柳音なんだ」
「弁論部! 糸織さんらしいですね」
「で、地区大会勝ち残ったところでいきなり辞退して生徒会選挙に出るって言い出して。その生徒会選挙の原稿書いたのも柳音だっていう噂だよ」
「へえ。じゃあ、糸織さんが前に出てその後ろを支える女房役だったのが柳音さんていうことですか」
私が昔話に口を挟むと、しん、とその場が固まった。
これはまずいことを言ってしまっただろうかと私が焦って別の話題を探そうとするも、桃瓜さんが「いいじゃん、別に」と二人に意味深な目配せをした。
「あのね、レンズさん。これは悪い意味じゃないから、ただの事実として聞いてね」
と、三善さんが言う。永理伊さんは何も反応しなかったが、何も言わなかったということは肯定しているということだと思った。
「糸織本人は、実はそんなに人前に出ることにガツガツしていたわけじゃなかったんだよね。求められればリーダー役を引き受けるっていう感じで。むしろ糸織のリーダー適正を誰よりも理解してたのが柳音で。だから弁論部のことも生徒会のことも、糸織がどれほど自分からやりたがっていたかっていうのは私達もよく知らないんだ」
「嫌がっていた、というか本人的には不本意な部分もあったということでしょうか」
「もちろん本当に嫌だったら、糸織も柳音に言ってやめさせてたと思うよ。嫌だったっていうより、自分の適性をわかってくれた柳音を信頼してそうしていたっていう感じかな」
そのあたりの機微は二人の間でしかわからない、と三善さんは言った。
「もし気になったら、直接糸織に聞いてみてね」
「そうですね。デートしてからあまり糸織さんと直接連絡してないので」
と、言いつつも私としてはそれよりもまず先にまだデートしてない二人(と三善さん)との連絡が先になるだろうということもわかっていた。
糸織さんともまったく連絡がないわけではなく、たまに唐突に私におすすめの映画や本のレビューを送ってくれたりしている。
「そういや、次のデートの相手って雨垂? 順番でいくとそうだよね」
私の気持ちを先読みしたように桃瓜さんは言った。
そのあたりのコーディネートは三善さんに任せきりになっているので、私が視線を向けると三善さんはえーとね、とスマホを取り出してスケジューうの確認をする。
「雨垂とは連絡とれてるんだけど、今ちょうど楽曲制作の最終段階だから少し待ってほしいって言われてるんだ」
「なるほどね。今度はどういうの作るんだろ。あ、桃瓜は今回もイラスト受けたの?」
「結構前にね。でもどう編集されるかとかわかんないから」
話を聞くと、どうも動画として楽曲を提供するときのMVで使用するイラストはだいたい桃瓜さんが仕事として引き受けて納品をしているらしい。
先にイメージだけもらって適当に桃瓜さんが仕上げたものを送ると、そこから曲に合うような加工をあちらでしているという。
「そういえば気になったんですが」
私はそこでふと思いついたことを口にする。
「雨垂さんの曲って、誰が歌ってるんですか?」
桃瓜さんに教えてもらって私は【Wuthering Jane(ワザリングジェーン)】の曲をいくつか聞いたが、音声ソフト音源のものの中に時々ボーカルが収録されているものがあった。
これもまた、桃瓜さんのイラストのように別に誰かに発注をしているのでは? と考えたのだ。該当者が雨垂さんを除く6人のうちの誰か(もしかしたら水嶺さん)の可能性は十分ある。
「それは、企業秘密なんじゃないかな」
と、三善さんは言った。だけどもその口調から、正体が誰かを本当は知っているのではないかと思えた。
「ごめんね。意地悪で隠してるわけじゃなくて。そういう大事なことに関してはできたら本人に直接聞いた方がいいんじゃないかなって」
「実際、誰かから声のサンプルをもらって雨垂が独自の技術で加工している可能性もあるから。私達からは下手に誰だって言うわけにいかないんだ」
桃瓜さんも永理伊さんも申し訳なさそうに肩をすくめる。
私はそれ以上聞けなくなって黙ることにした。質問するまではそこまで強い興味のあることではなかったが、こうなるとものすごく興味のある話題になってしまう。
そこで会話が途切れたところ、急に三善さんの手元のスマホから通知音がした。
「あ! 噂をすれば。雨垂が『曲が完成した』って」
「相変わらずめちゃくちゃ勘がいいよね。どっかで聞いてんのかな」
三善さんはトントン、とスマホを操作して曲の再生画面を一時停止の状態で差し出した。
「新曲聴いてみる?」
「いいね。じゃ、鑑賞会ってことで」
音量を大きめにして再生を開始すると、トリッキーな音使いの前奏が流れ、スクラッチで収束させたところで詩の朗読とラップの間のような独特のリズムで早口の歌詞が流れる。
道路の真ん中に二匹のカラス
片方は轢かれて倒れています
もう一方は周りを飛んでは下りて
身体に触れて つついて 跳ねて
あなたはそれを愛情と言い
寄り添うなんてすごいねって言う
私はあれはきっと共食い
誰にも渡したくないんだって思う
この詩のあとに、本格的な曲が始まった。
「またアバンギャルドなことするね」
「ていうか前より曲作りうまくなったみたいじゃない?」
「確かに。こういうこと、さらっとするからな~」
三人は当たり前のように曲の感想を言い合っていたけど、私は微妙に混乱を覚えていた。
飲み会で会った六倉 雨垂(むくろ・あまた)さんは小柄で明るいポジティブなムードメーカー的な人に見えたからだ。
「あの。雨垂さんて普段はどういう人なんですか?」
私は曲の感想会が終わったあたりで恐る恐る聞いてみた。
「簡単に言うと、不思議ちゃんな天才肌かな」
と、桃瓜さんは言う。
「季果も結構なマイペースだったと思うけど、雨垂はまた全然別の次元でマイペースだから慣れるまではちょっと大変かもね」
というのは永理伊さん。
「雨垂はね、昔からものすごく勘が鋭いの。第六感ていうのかな。たまに理屈を吹き飛ばしていきなり正解を当てたりするから。びっくりすると思うよ」
聞いているうちにだんだん不安になってきた。
そしてその会話がまた一区切りしたちょうどその瞬間に、また三善さんのスマホに通知が来る。
三善さんはそれを見て微笑んで私にそのメッセージを見せた。
「よかったね。来週には雨垂とデートできるって」
画面には可愛らしい動物のイラストのスタンプとともに、「レンズさん、よろしくね」という言葉が添えられていた。
あとで聞いたけど、今日四人で一緒に夕食会をするという情報は全く雨垂さんには知らせていなかったんだという。
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