その15.六番目のカノジョ、六倉雨垂

 雨垂さんとのデートは多分音楽関連のイベントかなと予想はしていた。

 そして思った通り、待ち合わせに指定されたのは周辺にインディーズ系のライブハウスが複数あるので有名な地区で、集合時間も夕方過ぎだった。

「知り合いに頼まれてその日DJすることになっててさ。もし良かったら私が担当してる時間にも来て」

 現地集合というのも初めてのケースだったが、加えて待ち合わせも好きな時間に来ていいというのも初めてだった。なかなかに破天荒な考えをしてる人らしいということはこの時点で感じてしまう。

 とはいえライブイベントくらいは行ったことがあっても、DJイベントというのは行ったことがなかったので少し楽しみな気持ちがあり、私は雨垂さんが担当しているという時間の少し前に合わせてお店を訪ねてみた。

「レンズ! やったね。早めに来てくれたんだ」

 入ってすぐに私を見つけた雨垂さんが駆け寄ってきて、嬉しそうにハグをする。

「今日はわりとゆるいイベントだから、回しながらでも話できるよ。セットリストはもう作ってきてるし」

 この手のお店のしくみは詳しくないが、どうも普段から店内にあるブースに知り合いのDJを招いて音楽を流すという形になっているらしい。レストランなんかで生演奏をしてくれるところがあるが、それのDJ版みたいなものだ。

 店内には「本日のタイムテーブル」という掲示があり、雨垂さんは「DJ Six Rain」という名前で記載されている。そういえば、桃瓜さんが雨垂さんの音楽活動をするときの名前は「シックスレイン」だと言っていた気がする。

 タイムテーブルによるとDJシックスレインの出番は今から15分くらいあと、担当時間は30分となっていた。

 DJブースの付近にはちょっとした空間があって、ダンスをすることができるようになっている。が、基本的にはその周囲にあるテーブルやカウンターで飲食をするというお客さんがメインのようだった。今日はイベントなのでダンスフロアが若干広めにとってある。

「もうすぐ私の番になるから、その間は適当に飲んで待っててよ」

 そう言うと雨垂さんはファンらしい人に声をかけられてブースの方へと移動していった。

 私はどこか音楽がよく聞こえる場所を探そうと、飲み物を片手にふらふらと壁際に沿って歩いていく。

「雨垂の知り合い?」

 不意に声をかけられて振り向くと、そこには私よりほんの少し背の高い大人しそうな女性が立っていた。

 セミロングのストレートヘアを明るい茶色に染めていて、ふんわりとした白いシャツを羽織って中におしゃれなデザインのTシャツを着ている。

 私はその様子にちょっと戸惑って返事に迷っていると、それを警戒心ととったのか安心感を与えるようにその人は笑顔を見せた。

「ごめんね、いきなり話しかけちゃって。私もDJなんだ。さっき順番が終わったとこなんだけど、雨垂と話してるのが見えたから」

 そう言ってその人は首掛け式のスタッフ用IDカードを取り出して私に見せてくれた。

 そこには【DJ HAZUKI】と書かれていた。「ハヅキって呼んで」と言われたのでそうすることにした。

「雨垂さんは、よくこういうイベントでDJやってるんですか?」

「ううん。DJ活動はネットで知り合った音楽仲間に誘われたみたい。最近デビューしたばっかなんだけど、もうファンがついてるんだよ」

 言われてDJブースを見ると、セッティングをしている雨垂さんとそれをキラキラした目で見つめる高校生くらいの女の子たちがいた。

「ハヅキさんもその音楽仲間ってことなんですよね?」

「そうだね。私は雨垂の楽曲制作を手伝ったりすることがあって、その関係でこうして同じイベントに呼ばれたりするの」

 桃瓜さんもイラスト制作で協力していたし、同じように部分的に楽曲を作る作業で協力を求める人があちこちにいるのだろう。

 そうこうしているうちに雨垂さんの紹介があって、さっそく最初の曲が流れ出す。重みのあるビートが響いて、聴いているうちに自然と身体が動き出してしまいそうだ。

「あなたは? 雨垂と知り合いってことはやっぱり音楽関係の活動をしてるの?」

「いえ! その、私は雨垂さんとは知り合いの知り合いって感じで。今日は個人的に招待されたんで、イベント自体初めてなんです」

 見栄を張ってもしょうがないので素直に言うと、そうなんだ、と特に失望したふうでもなくハヅキさんは笑って言った。

「でも雨垂とは親しい関係なんでしょ」

「親しいというか、今日親しくなる予定で呼ばれたというか……」

「ねえ! それってもしかして」

 そう言いかけたところでちらりとハヅキさんが雨垂さんを見ると、ちょうど目が合ったようだった。そこでハヅキさんは言葉を途切れさせてスマホを取り出す。

「こうして会ったのも何かの縁だし。連絡先交換していい?」

「あ、はい。もちろんです」

 いつものメッセージアプリのFuReCO(フレコ)でアカウント名を教えてもらうと、オトナシハヅキという名前が表示された。

「今度私のイベントあるときにも声をかけるから、気が向いたら来て。お友達とか誘ってくれると嬉しいな」

 そう言ってハヅキさんは曲の途切れたタイミングで別のグループのところへと消えていった。

 会場の照明が暗転して、気がつくとすぐそばに雨垂さんが来てくれていた。

「待たせちゃってごめんね。一杯おごるよ!」

 そう言うが早いか、スタイニーボトルのビールを一本私に差し出す。

 カチン、と音を鳴らすと雨垂さんはすごくおいしそうに喉を鳴らしてビールを飲んだ。


     *****


 しばらくそのお店で飲んで、少し踊ったりしてから私達は雨垂さんの家に移動をした。

 お店にいるとかなり頻繁に知り合いらしい人が話しかけてきて、音楽関連の人脈がかなり広いんだなあということが伺えた。

 あまり大きな声では言えないが、あの7人は水嶺さんを中心にしたコミュニティができていて、外部の人が入り込めない閉鎖的な関係なのかと思っていた。なので雨垂さんの交流関係の広さはそれまでの5人にはない性格だなと思ったりする。

「レンズはさぁ。普段どんな音楽聴いてるの?」

 絶対に聞かれるだろうと思っていた質問だった。

「特別に何が好きってないんですよ。少し前に桃瓜さんとデートしたときに【Wuthering Jane(ワザリングジェーン)】教えてもらって聴くようになったとこで」

「目の前でファン宣言? 嬉しいね。でも残念。私の知らないジャンルに詳しかったら色々教えてもらいたかったのに」

 どうやら回答として期待されていたのは共感ではなく全く別の感覚だったらしい。その自分の知らない知識への貪欲な姿勢はプロ意識を感じる。

 雨垂さんの部屋はわりと普通のマンションだったが、一人暮らし用にしては少し広めである。

 というのもベッドルームの他に楽曲制作用の部屋があって、複数のモニターにキーボードやミキサー機材、さらにはギターやベースなどがいくつか置かれている。

 さっきお店で聞いたところ、雨垂さんは一度は大学に進学はしたものの、音楽活動に本腰を入れるために今年から休学をしているのだという。

「レンズもパソコン持ってるなら、作曲とかしてみたら? 楽しいよ」

 どこまで本気かわからないが雨垂さんは楽しそうに言う。しかし私のレポート作成くらいにしか使っていないロースペックパソコンでDTMができるとは思えないし、それ以前に自分に適性があるとは思えない。

「じゃ、作詞は? なかなかおもしろい経験してきてるだろうし、作詞してくれるなら曲作るよ」

「面白い経験はしてるかもしれませんけど、あまり他人に共感されるようなものではないでしょう。【Wuthering Jane】みたいな詞を見たらとても『やらせてください!』なんて言えませんよ」

 と、いう話をしていてふと一つの質問が頭に浮かんだ。

「そういえば、その【Wuthering Jane】の作詞ってどなたが担当してるんですか? 雨垂さんが全部書いてるんじゃないですよね」

「その時によるかな。【Wuthering Jane】は固定メンバーのいるバンドではなくて、私が興味をもった人にお願いして曲を作る不定形ユニットだから。かなり初期のものは水嶺が書いてくれてたんだけどね。今はそのときに作った曲の雰囲気を踏襲しつつ延長させる感じで作ってもらってるよ」

 実質的に【Wuthering Jane】は雨垂さんと水嶺さんが土台を作ったものに、新しい発想を積み重ねて作っているものだということか。

「さっきのハヅキさんはどうですか?」

「ああ。そういえばハヅキと話してたね。なんか言ってた?」

「いえ。別に目新しいことは何も。ただ雨垂さんの知り合いだとしか聞いてません」

 ハヅキさんの話題を出すと気のせいか雨垂さんの表情から一瞬笑みが消えたように思えた。それは不愉快な人の話題を出されたとかいうのではなく、どこまで話すか慎重になるための身構えのようだ。

「最近新曲を出したんだけど。あ、ほら慈廻(じぜる)に送ったやつ」

「はい。一緒に聞きました」

「あれの共作したのハヅキなんだ。曲とか詞とか一緒に作ったの」

「へえ。じゃあかなり親しい関係なんじゃないですか」

「友達として親しいかどうかはよくわかんないな。ちょっとあの子、何を考えてるかわかんない時があるから。でも、楽曲制作のセンスは信頼してるよ」

 と、言いつつもう少し何か言いたいことがあるようにも見える。

 私がじっと黙ってその続きを待っていると、雨垂さんは部屋の隅に置かれていたギターを手にとって爪弾き始める。

「他の子たちには言わないでもらいたいんだけど」

「ええ。雨垂さんがそうしてほしいならもちろんそうします」

「あの子……ハヅキと曲作ってると楽しい半面、ちょっと不安になるんだよね。その、水嶺と私で作った【Wuthering Jane】なのにすごくあの子の色が強くなって来る感じがして」

「でもそれはバンドというか、ユニットとしての進化でしょう? 悪いことってわけじゃ」

「そうじゃなくて。私の被害妄想とか考えすぎかもしれないから誰にも言ってないんだけど、なんか意図的に水嶺の色を消そうとしているんじゃないかって思うときもあって」

 どこがどうと聞いても多分私にはわからない。でも雨垂さんがそう思うなら間違っていないんだろう。

「だったら【Wuthering Jane】としての活動ではなくて、新しく雨垂さんとハヅキさんで活動をしてみたら?」

「それがさあ。実は初期の代表曲のいくつかで、ハヅキにボーカルをやってもらってるのがあってさ。だからもし私とハヅキで新しくユニット作ったらそれこそ【Wuthering Jane】を捨てて再スタートみたいになるじゃない? しかも【Wuthering Jane】で得た知名度を利用したさ」

 確かに。そうなると水嶺さんを弾き出したみたいな気持ちになってしまうのも無理はない。

「だから、できたらレンズに【Wuthering Jane】に入ってもらいたいんだよね」

「ちょっと! それは飛躍しすぎません?」

「だーいじょうぶだって。私が色々教えるし。まずは作詞してみない?」

 私は雨垂さんの勧誘を避けつつ、その悩みについて何かいい解決方法はないものかと考えていた。

 だけどもそれはきっと、当人のハヅキさんがどう考えているかがわからなければどうにもならない。

「ハヅキさんは、その。水嶺さんとはお知り合いではないんですか? カノジョってわけじゃないんですよね」

「うん。まあ、一応ね。全く知らないってわけでもないけど」

 微妙な言い回しだった。

 そこで話を無理やり切るように、雨垂さんはギターを弾き始める。アンプにつないでいないので大きな音は出ないが、指先でアルペジオをランダムに弾きながらコードチェンジをしていく様子は見ているだけでもつい引き込まれてしまう腕前だ。



  あの日君が消えたときからさ

  私は 足りないものを探してる

  代わりにしたいものを当てはめても

  グラグラ揺れて 剥がれて落ちる



 と、突然に雨垂さんは弾き語りを始めた。どうも今思いついた曲と詞らしかった。

 ここまで弾いた部分を何度か繰り返してコードを探してもう一度歌い直したりしてから続きを始めた。



  私は本当はわかっていた

  出ていく君がもう戻っては来ないって

  後悔してるのは止められなかったことじゃなくて

  最期に君を傷つけてしまったこと



 そこまで歌うと雨垂さんはピタッと演奏を止めてギターをスタンドに戻した。

 そしてテーブルの上に乗っていたグラスのビールの残りを飲み干して、私をじっと見る。

「レンズ、やろう」

「え? バンドの話ですか? それならさっき」

「ちがうよ」

 と、言うと膝をスッと私の方に寄せて顔を近づける。ゆっくりとためを作って、私の拒否する余地を与えてくれつつキスをした。

 何度かそうしてキスを繰り返していくとき、私はもしかしたら雨垂さんは泣いているんじゃないかと思った。

「んじゃ、飲み物こぼすと機材壊れちゃうから寝室行こっか」

 だけども軽い口調でそういった雨垂さんは笑っていた。

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