第4話 ヒロインを庇って死ぬとか本当にあるんだ

 三大ヒロインと話した俺は自宅に帰ってきた。

 一人暮らしをしているため、誰かに「ただいま」を言ったりはしない。


 三大ヒロインと話したことで精神的に疲れていた俺は夕飯まで寝ることにした。

 起きた時には午後六時になっていた。


「……夕飯でも買いに行くか」


 俺に夕飯を作ってくれる人なんていないので、何か食べるものを確保しなくちゃいけない。

 寝間着の上に適当なアウターを羽織り外へと出る。

 いくつかのスーパーが密集している駅前に辿り着く。


 どっかで割引弁当売られてないかな……と地味にワクワクしながら駅前を歩く。

 だが、俺の関心は別のものへと移った。


 少し先に三大ヒロインが一人、桐生美琴が歩いていたのだ。

 別にここは高校の最寄り駅だし、そこの生徒である桐生さんが歩いていたって何らおかしいことはない。


 だけど、何か様子がおかしいような気がする。

 ぼうっとしているのか、足取りがフラフラしている。ろくに前も見れていないようで、道行く人々が全員桐生さんのことを避けている。


 声をかけるか、どうか……。


 桐生さんとは今日一回話しただけの仲。友だちでも知り合いですらない。

 俺は善人でも、聖人でもない。


 だから、無視する。


 そう思って、スーパーへと向かおうと思った時だったのに。


「痛ってえな、ちゃんと前見て歩けよ!」


 前方で大きな声、ガラの悪そうな男の声が聞こえた。

 そして、それを受けているのは桐生さんだった。

 恐らくフラフラしたまま歩いていたから、誰かとぶつかってしまったのだろう。


「ご、ごめんなさい」

「ああっ? 声が小さくて聞こえねえなあ」

「ごめんなさい!」


 桐生さんが必死になって謝っているのが、こちらまで聞こえてくる。


「じゃあよう、謝罪の誠意ってのを見せてくれよ」

「な、なにをしたら良いんですか……それは」

「ついて来れば分かるからよ! ほら」


 そう言った男は強引に桐生さんの腕を引っ張ってどこかへと連れて行こうとする。


 これを見ている周りの人だが、動こうとしない。

 彼女が変な歩き方をして周りに迷惑をかけていたのは事実だから、どうしても割って入りづらいのかもしれない。

 

「や、辞めてください! 行きたくないです」

「ああ!? うっせえな、元はと言えばてめえがぶつかって来たからだろうが」


 そう言われると桐生さんも反論できないのだろう、黙ってしまう。

 だけど、声にならないように小さく。


「助けて」


 と口パクで言っているように見えてしまった。

 

 俺には関係ない……本当に関係ないのだ。

 噂は聞こえていた三大ヒロインの一人。だけど、話をしたのは今日が初めてで、本当に関わりのない人物。


 今ここで足を踏み出せば、間違いなく面倒ごとに巻き込まれる。

 そんなことは分かっている。


 だけども、何故かは知らないが俺の足は桐生さんの元へと歩きだしていた。

 しかも早足で。


 理性は俺のことを止めようとしている。

 だが俺の魂が、魂と言っても良いような心の奥底が、桐生美琴を守らなくてはいけないと熱い思いを燃やしている。


 そのままスピードを上げて駆けだした俺は、桐生さんを掴んでいる男の腕を掴む。


「あ!? なんだお前!」

「……」

「き、君は!」


 逸る気持ちに押されて動いたは良いが、何を言えば良いのか分からなかった。

 俺はあくまで桐生さんを守りたいだけであって、この男の質問に答えたいわけではなかった。


 だから、俺がしなくちゃいけないことはシンプルだ。


「この子から手を離せよ」

「は!? そもそもコイツがぶつかって来たんだぜ? ちょっと誠意ある謝罪をしてもらおうってだけなのに、どうしてお前が止めるんだよ」


 屁理屈がうるさい男だ。

 とにかく俺は桐生さんを守らないといけない。

 そのため、こいつと舌戦をするのはあまりにも回りくどい。


 そもそも俺のコトに……俺のコトってなんだ……? 

 思考がおかしい。さっきからずっと。


 守るためには、排除するのもしょうがないような気がしてきた。喧嘩なんてしたことはないけど、相手が油断している今なら不意を突けるんじゃないか。


 俺は振りかぶって思いっきり男の頭を殴った。

 よろけた男は桐生さんから手を離す。


「逃げて! 桐生さん!」

「で、でもどうして君が……」

「理由なんて分かりませんよ! でも、貴女を守らなきゃと思って」


 話している時間はない。

 よろけた男がすぐに凄い殺意を持って俺のことを睨んで来たのが、何となく分かったからだ。


「最初にやったのはてめえだからな……!」


 男が懐から取り出したのは果物ナイフ。

 周りで様子を窺っていた人たちが、それを見て悲鳴を上げた。


「俺を殴りやがって……死にやがれ!」


 男はそのままナイフを持って突進してきた。

 何とかして刺されるのを防ごうとして右手でガードするが、右手もろとも腹部にナイフがめり込んでいくのが激痛と共に分かった。


「最初に殴ったのはてめえだからな。お、俺は悪くねえぞ!」


 そんな捨て台詞を残して、男は逃走した。

 

 でもナイフが刺さった右手と腹部からは血がとめどなく流れだしている。

 生暖かい命の源がどくどくと身体から消えていくのと同時に、意識がどんどん薄くなっていく。


 朧になっていく視界。

 そこには泣きながら俺のことを抱えている桐生さん。


「し、死なないで! 死なないでよ!」


 ……あ、そうか。これ、もう死ぬのか。


 今の状況を何となく理解して俺は思う。

 

 桐生さんが無事で良かった。


 それにしてもヒロインを庇って死ぬとか本当にあるんだ……、なんて下らないことを想いながら俺は意識を手放した。


◆ ◆ ◆ ◆


 俺はまどろんでいた。

 意識がうっすらあるようなないような、最悪な寝起きを何倍も濃くしたものに近い、何が何だか分からない状況。


「旦那さま……!」「○○様……!」「ご主人様……!」


 ぼんやりしているからなんて言われているのか微妙に分からない。

 だけど、俺の目に映っているのは三途の川を渡る手前の夢としか思えないもの。


 校内三大ヒロイン全員が俺のベッドの横で泣きながら、俺を見つめているのだ。


 

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