第3話 部活動のヒロイン、大橋滝羽
目の前に散らばるガラス。
これどうしよう……。
いつもの自分なら間違いなく放置する。だけど今日は二人の三大ヒロインの優しさに触れたせいか、片付けたいなという偽善の目覚めを抑えられない。
ここの階段の脇には掃除用具が入ったロッカーがあったはず。
俺は掃除ロッカーからチリトリとほうきをとって、散らばったガラスを片付け始める。
まずは大きいガラス片を拾ってチリトリの中へ入れていく。
鋭利に割れていて、気をつけて持たないと怪我をしてしまいそうだ。
「ごめん。大丈夫?」
急に後ろから声をかけられ、思わずガラス片の変なところを触ったような。
それにしても今日は驚かされるのが多い日だと思う。三回目だぞ!
振り返ってみると、そこにいた体操服姿の少女が申し訳なさそうに俺を見ている。
その少女の名前は、三大ヒロインの一人である
運動をするのに邪魔にならない長さの髪は横に纏められている、サイドテール。
可愛いだけじゃなくて、どこかカッコいい感じもするのが彼女の特徴だ。切れ長の目に、整いすぎている顔がそう感じさせるのだろう。
身長も高く、横に並んでいると男子の平均身長程度はありそうだ。見える手足はどこもかしこも引き締まっていて、無駄な肉が見えない。
そんな恵まれた体を持つ大橋滝羽。その外見のイメージする通りに彼女は、スポーツが得意だ。この学校で過ごす者なら誰でも知っている運動神経抜群ガール。
特に部活動に所属をしているわけではないが、助っ人として女子運動部のあらゆる大会、練習に借り出されている。
恐らく今日はソフトボール部を手伝っているに違いない。
だって、このガラスをぶち壊したのがソフトボールだし。
「……大丈夫です。怪我とかはないです」
「血が出てる。ガラス片を拾ってくれてる時に怪我をしたんじゃないのか?」
言われて初めて気がついた。
さっきまでガラス片を拾っていた右手の中指から血が出ている。
「ごめん。私がボールをこんなとこまで飛ばしたから……」
さっきから申し訳なさそうだった大橋さんだが、さっきよりも表情が暗くなる。
その顔を見ているとこっちも居たたまれなくなってくる。
俺のようなボッチが校内三大ヒロインに暗い顔をさせている。
そんなことがあっても良いはずは……ないだろう。
「本当に大丈夫です、痛くもないですし……」
「しかし……」
「いいんです。とにかく早くここのガラスを拾っちゃいましょう。誰か通りかかったら危ないですし」
「わ、分かった」
それから大橋さんも砕けたガラスを片付ける作業に加わる。
彼女は素手で大きなガラス片に手を伸ばす。
「待って。大きなガラス片は俺が拾うので、大橋さんはほうきで細かいのを回収してください」
「だが、そうしたら危険な作業を君に全て任せてしまうことに……」
「それで大丈夫です。スポーツをしている大橋さんに、万が一があれば嫌ですから」
「……す、すまない。本当に助かる」
そうして言葉を交わすことなくガラス片を拾っていく。
俺の方から特に話しかける理由がない。というか話す内容もない。大橋さんが話しかけてこないのは申し訳なさか、それとも俺の作業を邪魔しないためか。そもそも関係のない二人だから、ってのが一番の理由だろうけど。
黙ったまま片付けが終わり、俺は立ち去ろうとする。
「ま、待ってくれ! ここまで手伝ってくれたのだから、せめて私に傷の手当てをさせてくれないか?」
「いや、大丈夫です。俺は家に帰るので、大橋さんは先生方に報告をしてくれると助かります。では」
まだ何か言いたげな大橋さんを無視して、俺は歩き出す。
今日一日で校内三大ヒロインと関わった。
精神的な疲労を感じるし、とっとと家に帰ってゆっくりしたい。
そう思っていたのに、俺の手は柔らかな女性の手に握られていた。
「やっぱり我慢できない。無理やりにでも君の手当てをする」
「え」
俺はそのまま大橋さんに手を引っ張られていく。
抵抗しようと思えばできたが……そんな空気でないのは何となく分かる。
そして、連れて来られたのは保健室。
俺にとっては都合の悪いことに丁度養護の先生が不在だった。
「ちょっと座って待っててくれ」
「……はい」
大橋さんは消毒液が染み込んだ脱脂綿を取り出して、俺の切り傷を消毒する。
ちょっとだけ染みて、声が出かける。
「別に男の子だからって声を我慢しなくても良いんだぞ……」
変な言い回しするの止めて欲しい。
そして傷跡に絆創膏を貼ってくれた。
「うん。これで良いと思う。ガラス拾うのを手伝ってくれて本当にありがとう」
「いやいや、こちらこそ手当てしてくれてありがとうございます。では」
俺は大橋さんを置いて保健室から出た。
それにしても、ボッチの俺がまさか三大ヒロインとこうも関わることになるなんて……何の偶然なんだろうか。
まあ、でもどう考えても、こんなのことは今日限りだ。
明日からは、また同級生に掃除を押し付けられるくらいしか話しかけられないような毎日が俺を待っている。別にそれでいい、後悔なんてない。
◆ ◆ ◆ ◆
そう思っていたのに。
俺は今なぜか、桐生美琴を襲おうとしていた暴漢からナイフで刺されている。
遠くなる意識の中で、死を覚悟した俺はどうしてこうなったのかを思い出そうとしていた。
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