羽澤家会議
どういうことだよ
羽澤家当主邸。歴代の当主が暮らす屋敷の一室に、
来客用のソファに羽澤三兄弟がならび、その後ろには慎司と鎮が神妙な顔でたたずんでいる。
重苦しい空気の中、羽澤家と向かい合う形で来客用のソファに座っているのはスーツ姿の男。
私服姿の羽澤家面々に対し、一人だけかしこまった姿の男は浮いている。だが、この場で誰よりも落ち着いているのは男に違いなかった。
藍色の髪を短く切りそろえ、さらに後頭部を刈り上げた男は、四十代後半といったところ。ビジネスマンにしては眼光が鋭く、修羅場をいくつもくぐり抜けた戦士のような貫禄がある。
特殊現象調査監視所。略して特視。
名前だけでは仕事内容が推測しにくいこの組織は、怪奇現象を大真面目に調査、記録する国家公務員である。元になった組織は戦前から確認されているが、公には存在しないものとして扱われているため、知る者はごくわずか。
羽澤家のように、悪魔や魔女といった超常的な存在を内包している一族でなければ、接点のない存在だ。
リンが告別式に現れた経緯を聞き終えると、緒方は記録用に持ってきたアイパッドの内容を確認し、難しい顔をした。
緒方は羽澤家を担当しており、定期的に様子を見にくるが、今回は緊急の案件として特視の方から面談の申し入れがあった。これは響が当主になってから二回目。一度目は羽澤家の呪いが解けたと伝えられた。今回もそれと同等の話なのかと、響は膝の上にのせた手を握りしめる。
事情を知る上の者と話し合いたいということで、当主である響、呪いを含めた内情に詳しい慎司と鎮。後始末を手伝ってくれていた航と、流れで快斗も参加することになった。
「今回の面談はリン様からの申告を受けて、決定いたしました」
しばしの間を開けてから緒方が重苦しい口調で、そう告げた。リンという名前が出た途端、その場の空気が凍りつく。
「リン様が羽澤
「悪魔が墓参り?」
快斗が不可解そうにつぶやいた。この中で一番リンと親しい響でも、リンと墓参りという言葉は結びつかない。
響の前妻であるアキとリンは親しかったので、アキの墓参りにはよく行っているようだ。だが、勝正とリンに接点はほぼない。生前の勝正はリンを恐れていた。リンの方は勝正に一目置いていたようだが、自ら近づくほどではなかった。
それが死んだ途端に墓参りというのは奇妙に感じるが、気まぐれだと言われてしまえば納得するほかない。リンがこちらにはよく分からない理屈で動くことは、珍しいことでもなかった。
「一体何を話したんですか?」
航の問いに緒方は顔をしかめる。言葉を選ぶように間を置いて、ゆっくりと声を出す。
「夷月様は羽澤の呪いは、一生解けないとおっしゃったそうです」
ガタッと大きな音がする。快斗が思わず体を動かし、テーブルにぶつかった音だ。ぶつけたのであれば痛そうな音だったが、快斗は目を見開いて緒方を凝視している。その見開かれた目が徐々に釣り上がり、怒りの形相を作る。
「てめぇら、羽澤家の呪いは解けたっていったよな」
地を這うような低音だ。機嫌が悪くなるとすぐに怒鳴り散らすのが快斗だが、ここまで怒りのにじんだ声は初めて聞いた。
緒方と快斗以外の全員が、驚きのあまり快斗を見つめる。
「呪った魔女様、羽澤家に長らく君臨されていたリン様、特視に保管されていた記録。それらから判断し、魔女の呪いは解けたと、当時は判断いたしました」
「その判断が間違ってたっていいてえのか!」
快斗がテーブルを拳で叩く。鈍い音が響いた。その怒りが人の体に向かえば、ただでは済まないと察せられるような音だ。
しかし緒方は顔色を変えなかった。神妙な顔つきのまま、快斗に視線を向けることもなく、テーブルを見つめ続けている。
その態度は緒方もこの状況に困惑し、焦っていると物語っていた。
「間違いなく、魔女の呪いは解けています。トキア様の死によって、解呪条件はそろっています」
「……前も聞いたが、解呪条件はなんだったんだ」
響の問いに緒方は顔を上げ、響の顔を真正面から見つめた。緒方は腹芸が得意なタイプではない。浮かんでいる表情は沈痛なものだった。
だが、何も言わずに頭を左右に振る。
「以前にもお答えした通り、お教えすることが出来ません」
「どうしてだ。私は羽澤家当主。一族が長年苦しめられた呪いについて知る権利がある。それにトキアは私の息子だ」
拳を握りしめ身を乗り出す。快斗のようにテーブルを殴りはしなかったが、許されるならば緒方の襟首を掴んで、知っているなら話せと詰め寄りたかった。
だが響には理性が残っていて、緒方がそんなことをされても口を割らないとわかる程度には冷静だった。
「心中お察ししますが、決まったことなのです」
緒方は響から目をそらさない。痛ましげな表情を浮かべていても、響の望む答えはくれない。誰がどこで、どのような理由で決めたのか、それすらも語ることはない。
このやりとりは呪いが解けたと言われた日から、温度や状況を変えて繰り返されている。
「詳しい話ができないというのなら、わざわざ君は、なんのためにここまで来たんだ」
静観していた航が鋭い声を発した。快斗のように腕を組み、眉をつり上げて怒気をあらわにする姿は珍しい。怒っていた響と快斗が、驚きのあまりに一瞬怒りを忘れるほどに。
航の厳しい視線を受けて緒方は背筋を伸ばし、航に負けじと力強い眼差しを向けた。
「羽澤家に魔女がかけた、双子の上が人ではなくなる呪い。こちらは間違いなく解呪されました。しかしながら呪われ続けたことにより血に染みついた呪い、世間の認識が消えることはなかった」
「どういうことだよ」
航の剣幕を見たためか、冷静さを取り戻したらしい快斗が眉をつり上げる。前かがみのまま両手を組み、緒方を睨みつける様は見慣れた弟から見ても迫力があったが、やはり緒方は怯まなかった。
「呪いというのは、呪われた側が呪われたと認識することで強くなります。羽澤家は代々、呪われた一族であると自らを認識し続けてきた。そして世間も、羽澤家が呪われた一族であると認識していた。だが、肝心の呪いについては詳細を知らなかった」
「それは君たちが教えてくれないからだろう」
苛立ちのにじんだ響の声に、緒方は目線を下げる。響から目をそらす姿は罪悪感を感じているようなのに、かたくなに真実を口にしようとはしない。
それが仕事なのだと分かっている。緒方も組織と個人の間で板挟みにされているのだ。これ以上、友人を責めるべきではないと頭では理解しているが、感情がついてこなかった。
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