13 無防備な部分を差し出せばいい
化粧落としはやっぱり口に入ってしまったけれど、そんなに苦くなかった。
軍の斥候隊の迷彩落としとは別みたい。素直に言うとリベラは微笑んでくれた。
お酒を飲んだせいか眠りが浅くて何度か起きてしまう。隣を見るとリベラが寝ている。浮いてなくて、浮いてないときのリベラの寝相はとても良い。
神様の祝福の力を使って魂が軽くなるってどんな感覚なんだろう?
朝まで半分寝たり起きたりしながら過ごす。
ずっとこうならいいのに。こういう夜が続けば。
朝方、触れたくなったけどやめておいた。また驚かせてしまうかもしれないから。やり方を考えないと。
それに寝ている人を勝手に触るのはとてもよくない気がする。
考えながら軽く身支度をして宿を出る。朝の鍛錬のかわりの散歩。
軍の斥候隊の教練で、城塞都市のことは叩き込まれている。公園や広場は兵員の集結場所で、入り組んだ路地は誘い込む場所だ。
あちこちに井戸もある。この街の構造は古いけれど堅牢だ。平和な。でも平和すぎる城塞の街。いったいいつからあるんだろう。
宿に戻るとリベラが起きていた。
「朝ごはんになりそうなもの買ってきた」
「ありがとう存じます」
「お湯ももらってくる。一緒に食べよう」
リベラが食事の前の祈りを捧げるのを眺める。
「――今日も朝の糧を与えてくださることを感謝します」
「昨日とお祈りの言葉が少し違うよ」
「違っていてもいいのです。マノリア様が熱心に見るから、変えたくなって」
「そういうものなんだ」
自分で思ってるよりもリベラのことをじっと見てしまっているかもしれない。これも気をつけなきゃ。
食事を終えて身支度を整えて、でも出かけるにはまだ少し早い時間。
「あの。マノリア様」
「うん?」
「もしかして何か言いたいことが?」
「あ……そうかな、うん。実は」
またじっと見つめてしまっていたらしい。
「朝からずっとそわそわしてらっしゃいましたから」
「でもリベラは寝てたでしょ。朝からずっとなんて――」
言いながら、誘いに乗ってしまった気分だった。恥ずかしくて顔が熱くなる。
早朝、リベラは寝ているものだと思っていたけれど、本当は起きていたのかも。
私がじっと見てしまっているのをわかって――。
「……いじわる」
「何のことでしょう」
まだあたたかいお茶が残っているカップを手にとって、ベッドに座り直した。
ゆっくり時間をかけて飲みながらリベラを見る。意識してまばたきして。見続ける。
「そんなに見られると……」
「……隣。来て」
「はい」
お茶を飲み干して空のカップをサイドボードの上に置いた。癖でカップをあおるように傾けた。育ちがいいリベラは眉をひそめてしまうだろうか。野営だと気にしないけれど、街中で食事しているとリベラの所作を真似したいと思う。
「……今日の祝福は?」
「そうですね。いたしましょう」
「うん」
自分から触れるのはよそうと思ってたんだ。
特に手でさわるのは良くないらしいから。驚かせてしまう。
でも触れたい。
どうすればいい?
わからないままリベラを見る。私が背中を少し丸めてしまっているせいで、背筋を伸ばしているリベラを上目遣いに見る形だった。
「……そのまま。頭を傾けてください」
「? うん……わかった」
言われるままにリベラに頭を預けていく。
そうか、と気づく。
これは私が触れているのではなくて、差し出している形だ。無防備な部分を。
こうすると安心してもらえる――。
トス、とリベラの肩に私の頭が触れた。自分の額と頭頂の間に、彼女の鎖骨まわりの薄さと硬さを感じる。
「リベラ」
「はい」
意味なく名前を呼んだだけなのに応えてもらえた。私は気分を良くして額をリベラの肩に擦り付ける。ゆっくり頭を左右に振る。いい香りがする。
「マノリア様」
「……うん?」
「祝福を」
「あ……。おねがい」
意志の力を総動員する。全身の肌の感覚に号令をかけて向きを揃えるようにして、もっと頭を押し付けたくなるのを我慢して、リベラの施しを待った。
「慰められるよりも、慰めることを。理解されるよりも、理解することを。分裂ではなく一致を。望み、喜びがかなえられんことを」
「…………」
鼻先だけ押し付ける。リベラの体があたたかくなっていると思う。
「注ぎます」
耳元で声が聞こえて、あたたかな感覚が私の中に満ちた。
「……リベラ。なんとなくだけど」
「はい」
「祝福の力、使いすぎてない?」
「このくらいなら平気です」
「浮かないかな」
「今日もこの部屋に二人で泊まるのですから。守っていただけますか」
「もちろん」
顔を上げる。
「あと……」
「はい」
「こうやって見つめて……。傾けた頭で触れるようにすれば、驚かない?」
「ええ――」
「じゃあ今度からそうする」
別に手で触れる必要はないんだ。
リベラが安心してくれて、私は情を……、親愛の情を示せる形で。
トス、と額でリベラの肩に触れる。
後頭部を撫でてもらって心地良いと思った。
「祝福はもう十分ですよ」
「――うん。出かけようか」
立ち上がって背筋を伸ばす。頬が少し熱い。祝福の力のおかげかもしれない。
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