第4話 筍合戦 (書き下ろし)

 脇腹を突かれた。キョウスケはうっすらと目を開けると、辺りに寝ぼけた視線をゆっくり動かした。何も見えない。納屋の中は真っ暗だった。夜明けまでにはまだ時間がありそうだ。ゆっくりと目を閉じると、体を反対側に向けた。


 だが——、まただ。脇腹が先ほどよりも強く、ゴリッとした感触と共に肋骨をなぞった。


「ふははっ」


 あまりのくすぐったさに思わず声がもれた。さらに、笑う腹の動きに合わせるように、小刻みに何度も脇が突かれる。


「父さん?」


 返事はない——二人の共同生活が始まってひと月ほど経過していたが、これまでこのような悪ふざけを孝政がしたことはなかった。新しい試みだろうか。それとも、本当はこういうことをする性格だったのだろうか。


 キョウスケはたまらなくなり、『突き』を避けようと反対方向にころりと体を転がした。


 突如背中が激痛に襲われ、「ぎゃっ!」と叫んでキョウスケは飛び上がった。


 今度はくすぐったいなどという、戯れた感覚ではない。槍を突き立てられたかと思うほどの痛みだった。


 暗闇の中、そっと背中に手を回して確認する——寝ぼけていたせいで、痛みが大袈裟に感じたようだ。背中には槍はおろか、着物に穴すら空いていなかった。


 暗闇の中、自分の寝ていた温もりの残る筵の上を手で探ってみる——


「どうした?」


 ビクッと全身雷に打たれたように震わせ、キョウスケはしゃがんだまま、跳ね上がった。暗闇の中の突然の声。喉が詰まって、声にならなかった。


 とはいえ、声に聞き覚えはある。孝政の声だ。キョウスケは暗くてよく見えなかったが、声のする方に顔を向けた。それは背後。つまり、突いてきたのは孝政ではないということだ。キョウスケの背筋を冷たいものが伝う。


「な、何かに……突かれて……」


 キョウスケは震える声を振り絞った。孝政はすぐに納屋の戸を開け、キョウスケと共に外に出た。湿った草花の匂いと共に、水溜りがあちこちに見える。だが、昨晩降っていた雨は止んでいた。


 東の空がほんのり明るいが、夜明けまではまだ時間がかかりそうだ。


 納屋の中を確かめるには灯りが必要だろう——孝政は火打石を取り出すと、火を打ち起こし、蝋燭を灯した。外で待つようにキョウスケに言って、孝政は一人で納屋の中に入って行った。


 キョウスケはしばしの間、外で待っていた。狭い納屋だ。すぐに確認できると思っていた。しかし、孝政はなかなか出てこない。


「父さん、大丈夫?」


 返事はない。納屋から少し離れたところから呼びかけたから、声が届かなかったのかもしれない。


 キョウスケは腰が引けたまま、戸口に近づいた。そして、中の様子をうかがおうと、半分開いた戸に静かに手を伸ばす。指先が戸に触れようとしたその時——突如、勢いよく戸が開け放たれた。キョウスケはビクンと体を震わせて飛び退いた。


 どうやら今日は、ビクビクする日らしい。キョウスケは情けなさそうに、苦笑いを浮かべた。


「すまぬ!キョウスケ!!」


 孝政は朗らかに笑い声を立てながら手招きして、納屋に入るようキョウスケを促した。呼ばれるということは、安全ということだろう。キョウスケは足早に納屋に近づいた。


 中に足を踏み入れると、四畳ほどの広さの納屋が、橙色の蝋燭の炎に照らし出されていた。


 キョウスケは端から端まで視線をゆっくりと動かした。ふと、自分が寝ていた筵に目がとまる。筵とその周辺に黒っぽい突起がいくつか出ているようだ。そのうちの一つは筵を突き破るようにして一寸ほど頭を出していた。


 キョウスケは目を丸くした。先端は串が数本まとめられたように尖り、少し毛が生えていて——


「もしかして……筍?」


 孝政は頬を緩めて静かに頷いた。納屋の裏手には広い竹林がある。納屋の下まで根を伸ばした竹が春を迎え、昨晩の雨に触発されるようにして、一気に芽を出したのだろうと孝政は見立てた。本物の『雨後の筍』だ。

 

「これ、食べられる?」

「ああ。採取すれば、村や宿場町で売れそうだな。」

「すごい!掘ろう!」


 キョウスケが目を輝かせた。孝政も笑顔で頷いて見せたが、ふと何かに思いついた様子で納屋の外に出た。直後、困惑とも急場とも取れる声があたりに響き渡った。


「やられた!まずいな……」


 キョウスケも急いで外に出ると、孝政に駆け寄った。


「何があったの?」

「見てみろ!」


 孝政が納屋を指差した。キョウスケが振り返ると、白々と明るくなった空の元、納屋が先ほどよりもずっとよく見えた。


 キョウスケは思わずその姿に息を呑んだ——屋根が傾いている。しかも戸口側から納屋の後方に向かって板壁が波打つように歪んでいた。


「なんで?」

「竹だ。」


 孝政は一つ息を吐くと、腰に手を当て、項垂れた。


 竹は生命力に満ち溢れた植物だ。春になると一斉に芽を出す。筍は春の訪れを感じさせる味として親しまれる反面、竹林の現場は時に戦々恐々とする。


 同時に何本も芽を出し、成長力もあり一日に何寸も背が伸びる。その生命力は、時に建物を傾かせるほどだ。


 彼らが住まう、四畳ほどの小さな納屋であれば、ひとたまりもない。このまま放置すれば、傾くだけではすまず、倒壊する可能性もあるだろう。


「どうしたらいいの?」

「そうだな……地下に蔓延る根を整理する必要があるが……付け焼き刃の小手先作業ではすぐにまた傾く可能性がある……根こそぎ断たなくてはならぬだろう。」


 とはいえ、元々竹が群生している場所まで切り詰めるには、多くの時間と労力を必要とする。二人では不可能だ。孝政は顎に手を当て、しばし沈黙した——。それに、ずっと竹と戦うわけにはいかない。行商に行かなくては、親子共に飢えることになる。


 雨風を凌げる場所として、納屋を温存したまま作業をするには、取り急ぎ、納屋の下の根を整理するのが賢明だろう。納屋がこれ以上傾かず、さらには修復できれば尚よし。それ以上は望まないと決めた。


 そうすることで、日中は引き受けた仕事や行商をこなし、夕方から夜にかけて納屋の中で作業。これならば何とかいけるかもしれない——。


 孝政の説明にキョウスケは真剣な表情で大きく頷いた。


「俺も一緒にやる。足、もう治ってるから、いくらでも作業できる。」


 妙な頼もしさを感じ、孝政は穏やかに目を細め「期待してる。」と言ってそっとキョウスケの肩に手を乗せた。二人はすぐに作業に取り掛かった。


 納屋の中に敷き詰めた筵を一旦全て外に出した。まず手始めに、キョウスケは自分の背中を突いた筍と戦った。孝政のやり方を見よう見まねで土を掘り起こす——無言で土を掘ることほどなくして、管のように横に走る地下茎を見つけた。


 キョウスケを襲った筍はその管の途中から上に向かって伸びていた。


「あった!根っこ!」

「おお!太いな。」


 そう言うと、孝政は鉈を横方向に走る地下茎に向かって振り下ろした。鈍い音が納屋の中に響く。


「管の両側を断った方が効果的だ。だからこちらも……」


 そう言いながら孝政は一方にしたのと同じように鉈を振り下ろして、地下茎を断った。掘り起こしてみると、五寸以上に成長している筍だった。


「短ければ短いほど柔らかくてうまい。土が盛り上がっている頃のものが狙い目だから、これは少し育ちすぎだな……まぁ、食べられるかはあとで試すとして、次だ。」


 キョウスケは小さく頷くと、他の土が盛り上がっている場所の作業に取り掛かった。


 日の出前から作業を始めた二人は、陽が完全に姿を現しても無言で納屋の中を掘り続けていた。


 一つわかったことは、掘る作業よりも、地下茎の広がりの把握と、土の上に出ていない筍を見つけるのに骨が折れるということだった。


 筍が見つかれば、両側の根を断って、掘り起こせばいい。多少力は必要だが、孝政であれば難なく掘り起こせる。


 だが、探り当てるのには時間が取られる。土が盛り上がっているところを中心に掘るが、土がまだそれほど上がっていなくても、土の中ではすでに筍が成長を始めていることも多い。


 何でもなさそうなところを試しに掘ってみると、地下茎から突起ができているものをいくつも目にした。これを残していれば、三日後にはまた同じように背中を突き刺すほどまでに成長するのだろう。


 キョウスケはこの作業の盲点に気づいて、終わりがわからなくなり、気が遠くなってきた。その時——。


「おーい!キョウスケー!あそぼー!」


 納屋の外から声が聞こえた。五日ほど前から一緒に遊ぶようになった近くの農村の子供らの声だった。近くといっても、農道を半里ほど西に行った先。それなりに距離はある。


 「今ちょっと立て込んでて」と断ろうとした。だがふと、キョウスケに遊びと今の作業を同時にやる名案が浮かんだ。


 せっかく訪れたこの好機、逃してはもったいない。キョウスケは立ち上がると、孝政に顔を向けた。


「ちょっとだけ外行ってくる。待っててね。」

「遊んできてもいいぞ。今日は、頼まれ仕事も入っていないし、一日ぐらいなら行商を休んでも大丈夫だ。遊んでこい!」


 その言葉に、首を横に振って応えると、キョウスケはもう一度「待ってて。」と言って納屋を出て行った。


 すぐに子供たちの声が納屋に近づいてきたかと思うと「へぇ、キョウスケここに住んでんだ?」と女の子の声がして、五人が納屋の入り口に姿を現した。


 キョウスケ以外の四人が、皆口々に孝政に挨拶をしてから、紅一点、お転婆娘のミヨが物珍しそうに納屋の中を見回した。


「土間はないの?」

「外で全部済ます。」


 三人の村の男の子たちは「すげぇ。」「楽しそう。」「焚き火?いいなぁ。」と口々に目を輝かせてキョウスケを見た。キョウスケは「うん、まぁ。」と言って少し得意げに頬を緩めて頷くと、皆を見回した。


「ところで、筍好き?」

「何、急に。」


 僅かに掠れて艶のあるミヨの声が辺りに響いた。彼女は形の良い切れ長の目を細め、横目でキョウスケを見た。キョウスケと同じ年頃だが、彼女には大人顔負けの趣と風情があると農村でも評判だ。


「ここにいっぱい埋まってるんだけど、筍掘り競走しない?」


 キョウスケの言葉で初めて、皆、孝政が納屋の中で何をしているのか理解したらしい。


「掃除しているんじゃなくて、筍を掘ってるの?」


 コウスケが孝政に声をかけると、彼は立ち上がり、今しがた取ったばかりの筍を皆の方に向けた。四人から感嘆の声が上がる。


「すげぇ、キョウスケの家。筍、取り放題ってこと?」

「おう!みんな、自分で掘った分だけ持って帰っていいよ。ね、父さん?」

「あ、ああ、それだと助かるな。」


 四人は「何それ?」「どういうこと?」「太っ腹だな。」など口々に驚きの声をあげて、二人を見比べるように交互に見た。


 キョウスケは皆をぐるりと一瞥すると、今朝の出来事から今に至るまでの話を皆にした。皆キョウスケの話に聞き入り、あるものは笑い、あるものは真剣な表情を彼に向けた。


 そして話の締めにもう一度、筍掘り競走の提案をすると、この中で一番年上のマコトが満面の笑みをキョウスケに向けた。


「やる!俺筍好き。」

「筍好きなの?ありがてぇ!」


 キョウスケの言葉に、マコトは目尻を下げて腹を抱え「筍好きって言って、ありがてぇって言われたの初めてだよ。」と言うと、皆もつられて笑顔になった。


「本当に掘った分だけいいの?」


 食いしん坊のケンタの言葉にキョウスケはやるせない笑みで応えた。


「もちろん!いくらでも持ってって……つーか、むしろ掘って欲しいんだ……このままだと三日くらいで俺たちの住むところなくなりそうでさ。」


 四人は急に真剣な表情をキョウスケに向けた。皆、筍で住む場所がなくなるなど、考えたこともなかった。


 もう一度キョウスケは苦笑いを浮かべると、今朝孝政から聞いた筍の脅威の話を皆に披露した。話が進むにつれて、皆食い入るようにキョウスケを見つめる——。


「大変だな……竹ってそんなに怖ぇの?」

「うん……だから、全部掘りたくてさ。俺たち助けると思って……掘るのは力が結構いるから、見つけるだけでもいい。見つけてくれたら、掘るのは父さんがやる!ね、父さん。」

「お、おう!いくらでも掘るぞ。」


 突然話を振られて、面食らいながらも、孝政は右腕の力瘤を出して見せ口元を緩めた。子供達は人懐こい笑みで彼を見上げた。


「じゃあ、一番多く見つけた人には、さらに五個、父さんと俺が掘った筍をおまけでつける!」


 キョウスケの言葉に、皆笑顔で瞳を輝かせた。


「よし!頑張るぞ!」

「面白くなってきた!」

「やるよー!」


 ミヨは一際張り切って、腕まくりをしてみせる。キョウスケは皆のやる気に感謝を述べると、掘るための道具を手渡し、すぐに競走は開始された——。


 それから二日後の夕方。キョウスケと孝政は建て付けを直した納屋の中で、筍の煮物と筍の入った粥を目の前に、手を合わせた。


 キョウスケはミヨの母親が作ったという煮物を一片口に入れると、静かに目を閉じた。


 甘辛く味付けされた春の風味が口いっぱいに広がった。キョウスケは香りを楽しむように鼻でゆっくりと呼吸をし、咀嚼しながら「うまい!」と心の中でつぶやいた。


「母ちゃんの筍の煮物は最高なんだよ!」とミヨが自慢していた通りだった——思わずキョウスケの顔が綻ぶ。それを孝政は横目で見て、目尻を下げた。


「今回は驚いた……お前のおかげだ……」


 キョウスケは、ぱちっと目を開けると、口をもぐもぐと動かしながら、孝政に顔を向けた。何が「おかげ」なのか、見当がつかなかった。


 筍を掘り起こすのは、『手伝えた』という実感がキョウスケにもあったが、掘り起こした数は、孝政の方が多かった。


 さらには、竹の地下茎をきれいに整理したのも、傾いた納屋の建て付けを直したのも、孝政と農村から手伝いに来てくれた若い衆たちが中心で行われた。


 キョウスケは資材や道具を運んだり、言われた場所を押さえている程度は協力したが、見ていることの方が多かった印象だ。


 キョウスケの疑問に、孝政は『参った』とでも言いたげな表情で首を横に振った。


「お前がいなかったら、こんなに早く根の整理ができなかった……もちろん、納屋が以前よりもしっかりした状態で元通りになることもなかったろう……」


 依然として唖然としているキョウスケを横目に、孝政は静かに続けた。


 キョウスケと村の子供達の筍掘り競走を制したのは、ミヨだった。だが、大量に取れてしまった筍は、子供だけで運ぶのには重すぎた。


 結果、孝政とキョウスケは荷車に筍を乗せ、四人の住む農村まで筍を運ぶのを手伝った。農村に到着すると驚いたのは、村人たちだった。


 皆、孝政とは顔見知り。生活が楽ではないのを知っており、彼が農村の仕事を手伝うことも多かったため、皆、筍を買うと言ってくれた。だが、孝政は断った。


「いやいや、むしろ、手伝ってもらってしばらく納屋も安泰。助かったので、これはお礼です。あと、これもどうぞ。それでも、足りないぐらいですが……」


 そう言って、その日行商に行くのを諦めたため、手元に残っていた、狸二匹と雉一羽を差し出した。


 孝政は納屋の状態を細かく伝えなかったが、状況を察した村長が若い衆を派遣すると言ってくれた。これ以上何も礼が出来ないと言った孝政に、『これだけの春の珍味と獲物を貰えば充分』と村長は笑顔で応えた。


 そこからはあっという間だった。次の日には、若い衆たちがやってきて地下茎の処理をすると、さらに次の日のうちに納屋は建て直された。そして、夕方になる頃、ミヨが母親と共に、筍の煮物と粥を持って現れた。


 恐縮する二人の目の前に鍋を置き、食べ終わった鍋は、いつでも時間がある時に返してくれればいいと言い残して去っていった——。


「キョウスケがいてくれてよかった。」


 孝政は穏やかな笑みを浮かべてキョウスケを見つめた——。何か心がむず痒い。キョウスケは照れ笑いを浮かべて俯くと、もう一口筍を口に入れた。


 静かに食べるキョウスケの姿をしばし瞳に映し、孝政は再び口を開いた。


「お前は私が考えつかないようなことを思いつく。」


 褒められるのはまだ慣れない。孝政に顔を向けることができず、キョウスケは視線を伏せたまま「そう?」と言うと含み笑いをした。


「ああ。筍堀り競走。私の頭には全くなかった……」


 今回のような、厄介な物事に対処しようとすると、大人はどうしても仕事や作業として考えてしまう。


 そうすると、誰かに頼もうか。頼むとしたら謝礼はどうしよう。人手はどれぐらい必要か。いつまでに終わらせるのを目標とするか——。そんな考えばかりが頭に浮かんでしまう。


「皆が楽しみながら仕事を進められる方法を、私は考え及ばなかった。お前は、他の者たちが思いつかないような方法で物事を解決する力があるのかもしれぬ。想像が豊かなのだろうな。」

「褒めすぎだよ、父さん。」


 気づけば、キョウスケの顔が先ほどよりも紅潮していた。孝政は口元に笑みを浮かべると「そのようなことはない。お前は自分の長所を知るべきだ。」と言って、続けた。


「それに、お前には、人の心の動きを味方に付ける力がある。」

「それってなんだか、俺が人の心を操るみたいで……怖くない?」


 キョウスケ苦笑いした。しかし、孝政は目を閉じて静かに首を横に振った。


「心を操るのではなく、心の動きを味方につけると私は言ったのだ。」


 それをしたら人がどう考えるか、感じるか、どう動くか——それを考え、皆の心が動く方向や方法を押し付けるのではなく、そして自分だけに都合の良いことを考えるのではなく、皆が何かしら満たされる方向を模索する。それがキョウスケのいいところだと、孝政は断言した。


 さらに、その配慮が皆に伝わり、キョウスケが示す方向性に耳を傾けるのだと、彼は分析した。


「今回の筍堀り競走だって、皆が楽しめる方法と竹の根の整理。二つの落とし所を探り、皆が好きそうな方法を提示しつつ、こちらの仕事を完成させるという、中間点を見つけた。そうそうそれに——大切なものを見極める力があるのがはっきりした。」


 孝政は酒も飲んでいないのに、酔っ払っているかのように饒舌だ。キョウスケの『いいところ』を次々と口にする。


 今まで経験したことのない状況に、キョウスケは身の置き所がわからず、もう相槌すら打てなくなっていた。


「筍は宿場町で売れる。だがお前はそれを、掘った分だけ皆に持ち帰ってもらうという気前のよさを見せた。筍に気づいた当初は、私の提案を聞いて、宿場町で売ることに賛同していたはずだ。」


 キョウスケはふと顔を上げた。確かにそうだ。最初は掘り出して、宿場町で売ろうと考え、心が弾んでいた。


 だがその後、竹の恐ろしさを知り、土を掘っていくうちに、深刻さに気付かされた。


 銭は物と交換できるが、納屋がなくなれば雨風にさらされ、動物に襲われる危険性も増す。竹の怖さに気づいてからは、納屋をなんとか持ち堪えさせることに考えの重点を変えていた。


「お前は、納屋の温存と、銭を手に入れることを自然と天秤にかけ、納屋の温存を選んだ。賢明だ。その目的を達成するために、もう一方を差し出したのだ。それも正しいと私は思う。二兎を追う者は一兎をも得ずだ。」


 キョウスケはほんのりと口元に笑みを浮かべチラッと一瞬孝政を見て、恥ずかしそうに再び目を伏せて静かに頷いた。


「大したものだ。お前は本当によく物事も人の行動も見ているし、見えている……そして、さらに良い結末を引き寄せた。お前の提案通りに筍を譲り、獲物を譲り、そして彼らの村まで運んだ結果、村長が若い衆の力を貸してくれたんだ……」


 その晩、床に就くまでの間、孝政は酔っ払いのように、恐縮するキョウスケの様子など全く気にすることなく、彼の良いところを語り続けた。


 初めての経験で最初は体を硬くして、表情もぎこちなかったキョウスケだったが、夜も更け眠気に襲われる頃には、照れながらも相槌と礼を言えるぐらいまでには慣れていた——。


 すっかり眠りに落ちたキョウスケの寝顔を見て、孝政は優しく頬を緩めた。少しは自信と誇りをつけられたろうか。そっと髪を撫でるように、キョウスケの頭に手を置いた。


「私はお前とのこれからが楽しみだ。おやすみ。キョウスケ。」


 孝政は自分の寝床の筵に体を横たえると、蝋燭を吹き消した。板壁の隙間から差し込む月明かりに照らされ、蝋燭の煙が青白く揺れた。


 春の風に揉まれる竹の葉音を聞きながら、孝政もまた、静かに眠りに落ちていった。

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