第20話「おせえんだよっ!」
何度目の深夜徘徊だろうか。夜の学校だというのに、不思議と恐怖はなかった。
二十三時、正門の前に集った七人。制服ではないみんなを見るのは珍しいため、色々と新鮮な気分を味わっていた。
「……紫鏡、本当にいけるのか? どう見ても、閉まってるけど」
「閉まっている? それはそう見えるだけですよ。……私には、全部開いているようにしか見えません」
そう言うと、紫鏡は前振りもなく正門に指を伸ばした。いつもなら開かないはずの門がゆっくりと開いていく。
「は、どうなっとるねー……?」
「馬鹿、静かにしろって。早く中に入ろうぜ、見つかったらまずい」
猛の後を追いかけて、俺たちは学校内に入った。
すると、何やら奇妙な音楽が校舎内から聞こえてくる。
一瞬、小恋と桃が俺の方を向いてまさかといった表情を見せたが、俺らはあの七不思議の真相を思い出した。
「これは……違うねー……?」
「これピアノだろ? ……夕暮れではないが、七不思議の一つだと思う」
もはや、異変が起きたところで騒ぐ者はいない。こうなることはある程度織り込み済みだったからだ。
俺たちの教室は二階にある。仮に校舎に入れたとして、別の異変が起きたときにどうするかは事前に話し合ってきていた。
当初は「願いを叶えるマリーさん」だけを最優先にする予定だったが、紫鏡だけが七不思議を優先すると主張したため、七不思議を検証することになった。
どうしてか、いつも以上に彼女は自信に満ち溢れているようだった。
人を惹きつける何かがある紫鏡の主張に、逆らえる者はいない。
ひとまず、校舎に入るためにはどこがいいかわからないため、俺たちは紫鏡の背中についていく。
彼女は一階の窓に手を伸ばすと、またするりと開いた。細い身体を巧みに使い、校舎の中に入ると、全員が入ってこられるように窓を開けていく。
「すげえ……紫鏡マジでナイスだ」
「いえいえ、どういたしまして」
七人全員が校舎に入ることができた。さらにピアノの音が少し大きく聞こえるようになってくる。
とても気味の悪い音だった。
「本当に音楽室まで行くのか……? 教室は二階だしそっちからでも……」
「修也、お前は紫鏡を信じろ。こんな簡単に入れてるんだから、俺たちは願い事のことだけを考えればいい」
想像以上に猛が紫鏡に陶酔していることはさておき、ここまで順調に事が進むとは流石の俺でも思ってもいない事態だ。
俺たちはそのまま音の鳴る方へ歩みを進める。階段を上るたび、ピアノの旋律が鮮明になっていく。
ただし、その音色は耳を塞ぎたくなるほどの不協和音にまみれ、歪に軋む金属音が混じっていることに気が付いた。
それでも、俺たちは歩みを止めない。それに、この怪奇現象を放置した状況で儀式が成功するとは到底思えない。
それは、この場にいた七人の誰しもが思っていたことだろう。
三階に到着すると、今まで聞こえていた音の正体が何だったのかわかった。
決してピアノを弾いているだけじゃでてこないだろう打撃音と、何かが壊れる音。
まるで警告音のように、それらのが音楽室の扉越しに漏れ出している。
直接姿を視認しなくとも、既に最悪な結果が目に見えていた。
「……開けるぜ」
先陣を切ったのは大柄な男子組の二人。勢い良く修也が扉を開けて、猛が中に突入する。
しかし、そこで起きていたのは怪奇現象ではなかった。
いや、事情を知らない者からすれば、これは怪奇現象の類と捉えるだろう。
「ふふふーん……ん? あれ、みんなじゃん。どうしたんだよこんな時間に」
「きゃあああっ、だれ!?」
丸刈りの少年が金属バットを握ってピアノを叩きつけていた。その光景を見た小恋が一際大きな悲鳴を上げる。
少年はこれまでに見た怪異と同じ目つきでこちらを恨めしそうに睨んできた。
クラスメイトたちは誰も気付いていないようだが、俺には彼が見覚えがあった。
彼の名前は
「美藍……ここで君は何をしてるんだ」
「え……こいつ、美藍なのか? 見ねえ間に色々変わったな……」
猛は美藍の全身を見渡すと、少し軽蔑したような声色で言った。
それを美藍も感じ取ったのか、半壊したピアノの上から跳ねるように飛び降り、俺たちに身体を向ける。
「『変わった』ねえ……」
「美藍。俺は君のこと、今でも大切な仲間だって思ってるからな。転校初日の俺に君は話しかけてくれた」
俺は本心を美藍にぶつけた。彼の地雷は何となく把握している。「男らしさ」にコンプレックスを持っていたからこそ儀式のときに「男らしくなりたい」と願ったのだろう。
ゆっくりと彼を刺激しないように試みているが、それも時間の問題だということはわかっている。
肝心の紫鏡も今の状況は腕を組んで眺めているだけで、何か行動を起こしそうな雰囲気さえも感じない。
「なあ、どうして真夜中に大人数で集まってんだよ。僕はさあ、こうやって七不思議になりそうな物をせっせこぶっ壊してるのに。……あれ、真偽だけじゃないね、紫鏡もいるね……ああ、そういうことなのかな?」
「悪いけど、俺らはお前に構ってる暇はないんだ」
「やっぱりそういうこと?」
美藍の面構えが一瞬で変わった。獲物を見つけたライオンのように、俺たちの顔を見比べていく。
「これが……僕にとっての試練なんだね」
悪辣な笑みを浮かべて、美藍は一歩ずつ修也と猛に近付いていく。
だが、何故か二人は彼が近寄ってくるのに警戒態勢を取らず、無防備に立っていた。
それどころか、無事生きていた美藍と会えたこともあり、他の三人も歓迎ムードで喜んでいるようだった。
「美藍! ……それ以上、近寄るな」
俺が声を上げた途端、あれだけ満面の笑みだった美藍の表情がさらに変化した。
真顔に戻った美藍はため息をつくと、バットを無造作に振り回す。
「修也! 猛! 危険だから今すぐ美藍から離れろ!」
「おせえんだよっ!」
美藍の叫び声と同時に俺は足を蹴り出して「前を向け」と声を上げた。猛は咄嗟に反応して振り下ろされたバットを辛うじて避けたが、修也は美藍に背を向けていたため、振り返るのが間に合わなかった。
鈍い金属音が音楽室全体に反響する。修也の巨体は吹き飛ばされて床に倒れ込んだ。
「う……そ……だろ……」
消え入りそうな声で修也が言葉を吐いて、動きが止まった。それを見て、美藍はニタニタと笑うばかり。
腰を抜かしてしまった桃と小恋が、俺の足にしがみついて離れようともしない。
「あ……ああっ」
物理的に縛られている俺以外は、目の前で行われた暴力に脳の処理が追い付かず、呆然と立ち尽くしていた。
次の衝撃が起こるまで、全身の硬直は取れないのだろう。それを利用した美藍が次の獲物をじっくりと吟味する。
「実はさ……君が転校してきてから、ずっと嫌いだった部分があったんだよ。……それはね、君の面さ」
彼の目線は紫鏡を向いていた。
「僕は女の子だと間違えられること、そこまで嫌いじゃなかったんだよ。初めて君を見たときは、僕と同じだと思っていたんだ。でも、違った。根本的に全てが何もかも! だから……目障りなんだよ」
そう言って美藍は紫鏡に近付いていく。そして、距離が五メートル以内に近付いた瞬間、助走をしながらバットを彼女に振り下ろした。
だが、金属音は聞こえない。
「何がしたいの? 私には全くわからない」
バットは宙を切り、紫鏡には当たらなかった。彼女と目が合った美藍は見てはいけないものを見たように、美藍の全身が凍り付いてしまっていた。
「調子に乗ってんじゃねえ」
その隙を狙った猛の拳が、彼の頬を打ち抜いた。凄まじい勢いで地面に叩きつけられた美藍は二度と起き上がることはなく、意識を失って倒れていた。
「はあ……はあ……クソッ」
急いで修也の容態を確認したが、あくまでも意識を失っているだけで出血もしているわけではなかった。
あの勢いで修也たち以外が殴られていたらどうなっていたか想像もできない。
やっぱり好奇心のままに行動するのはやめておこう。味方に紫鏡がいたところで、能動的に守ってくれるわけでもないのだから。
俺は詫びる気持ちで、戒めを胸に刻んだ。
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