第19話「心配しないでください」
ゴールデンウィーク直前の登校日は、良い意味で学生たちに緊張感を与えた。
紫鏡からムラサキカガミの話を聞いてから一週間が経った。あのときは、何の話をしているのかわからなかったが、今になってその意味がはっきりとわかるようになった。
外を歩けばみんなが噂する。
「ねえ、ムラサキカガミって聞いたことある?」
「あーあれ? 何かネットで見たよ。二十歳までムラサキカガミって言葉を覚えてたら死ぬんでしょ?」
「えー? それって古い方さー」
「あれよ、一度でもムラサキカガミを口にした子供は呪われて死んだってやつよー」
「えーうちら死ぬやっし」
「でもねーもう一つセットで覚えておけば死なない幸福の言葉があるらしいよー。それを知らんかった子はムラサキカガミに祟られて血を吐きながら身体中に青あざを作って死んじゃったって」
「で、その言葉は何ー?」
「えーと……なんだったっけ?」
ネットを中心にじわじわと話題になったムラサキカガミは、沖縄の地でも当たり前に耳にする言葉となっていた。
もっと言うと、ムラサキカガミは元々存在していたらしく、リブートした形であったため、さらに幅広い年代から注目されている。
だったのだが、ただ一つだけ例外はあった。それは、寄葉中だ。
二年二組のように犠牲者は出ていないものの、どの学年でも体調不良者が続出しており、そういったネガティブな話題を嬉々として語り合う余裕は誰にも残されていなかった。
遅刻ギリギリに到着した俺は、まず誰がクラスにいるのか目視で確認した。
自分を合わせて十二名。前回の登校から欠席者は増えていなかった。
「おはよう」
「おはようー真偽ー元気だったねー?」
皆に声をかけたが、挨拶を返してくれたのは桃だけだった。
大半の生徒が他者に構う余裕もなく、憔悴しきった顔をしていた。
そんな中、ある男が口を開く。
「真偽、ちょっといいか」
真剣な表情で俺を見つめる猛。何を言いたいのか、大体検討が付いていた。いや、むしろ俺から言ってしまった方が良かったのかもしれない。
「今から『願いを叶えるマリーさん』を呼ぶ儀式をしよう」
その言葉に、クラスが一瞬ざわついた。半ば禁句に近かった言葉を、猛の口から飛び出すとは誰にも想像できていなかったからだ。
彼が明言してしまったことで、いよいよクラスの分断が起こったように感じた。
「正気なのか? またふざけた遊びをやって、周りに迷惑をかけるつもりなのか? 君は友人を失っているのに……よく、そんなことを言えたもんだな」
真っ先に否定してきたのは裕一郎だった。彼の周りに自然と反対派が集まりだす。
「儀式には七人必要なんだろ? まず、俺と真偽が参加して……前回紫鏡もいたよな」
「ええ、いました。ちなみに私も儀式を行うことに賛成ですよ。嫌ですからね、これ以上嫌な思いをするのは」
今日の紫鏡は今まで以上に麗しく見える。まるで、血を吸って若返ったヴァンパイアのようだった。
「……自分も、参加したい」
「え、もーもー!? き、危険だって」
「こーこー! 桃たちも参加しよう! 『願いを叶える』ってことは、みんなが同じ願いを言えば叶えてくれるーってことでしょ? だったら、やるしかないさー。この呪いを解いてもらうんだよ」
そう言い終えると、桃は俺たちの元へ小恋を連れて駆け寄ってきた。
裕一郎の周りに寄っていく者と、俺の周りに寄ってくる者に分かれていく。
次第に、俺のそばには六人のクラスメイトが集まっていた。
「俺、真偽、紫鏡。それとー小恋と桃。修也と涼介で……ちょうどな七人! やれるな!」
これで、ひとまず儀式は行える。後はいつやるのかだが、これはできるだけ早めが良い。
「もし儀式をやるなら、絶対に俺らを巻き込まないでくれよ」
指で眼鏡を押さえて、独り言のように裕一郎は言葉を吐き捨てた。
彼の周りには、島袋兄妹と金城海琉に、友人を失った大城岳の四人がいる。
彼らの方が誰の目から見ても明らかに正常な思考をしていると言えるだろう。
だけど、俺は知っている。この儀式は本物であると。
実はもう、あれだけ苦手だった鏡も、紫鏡にドッペルゲンガーの話をした翌日から苦手じゃなくなっていたのだ。
だから、俺は紫鏡を信じて儀式を行うのだ。
「……みなさん、おはようございます」
明確にクラスが分断してから、立木先生は見計らったかのようなタイミングで教室に入ってきた。
そして、先生は冷徹な口調で定型文を述べた。
「お久しぶりです。今日も授業はないので、軽い出席を取って解散となります。午後は教室も施錠するので、使うことはできません」
まるで俺たちが再び儀式を行おうとしていることがバレているように、先生は言った。
「少しだけでも残っちゃ駄目ですか?」
「勿論駄目ですよ。……みんな、怖がっているんですからね。先生もね、色々大変なのよ」
そう言われてしまうと、俺たちは食い下がることもできずやむなく後日に変更するしかなくなってしまう。
帰りの会を終えた後、俺たちはそそくさと学校を後にした。
近くの公園で七人は作戦会議を行った。
「教室以外じゃ駄目ねー?」
「教室じゃないと駄目って聞いたから、多分無理」
「立木先生に言ったら開けてくれないかな……やっぱり、無理かも……」
「……これからどうするんだ。次の登校日は来月だぞ?」
猛が頭を抱えて絶望している最中、紫鏡は全く慌てた様子を見せず周囲の顔色を窺っているようだった。
もしかして、何か言おうと迷っているのか?
紫鏡の気持ちをわかるのは俺だけだ。だったら、俺が彼女が話しやすいように誘導をしてあげないといけない。
「紫鏡さんが何か言いたそうだよ」
「……鞠井君、ありがとう。儀式のことだけど……今日やりましょう」
紫鏡はじっと猛の目を見つめて答える。やはり、何か策があるようだ。
俺たちは真剣に彼女の言葉を一言一句聞き逃さないように耳を研ぎ澄ませた。
「午後十一時に学校に集まりましょう。儀式に必要な鏡は私が持ってきますので、心配しないでください」
いつも通り、一切の焦りを感じない平然とした声で紫鏡が言った。
たしかに、こうやって七人が無事に集まれる保証もない以上、今日の夜中に学校に侵入するのが最善の選択肢になるのかもしれない。だが、仮に夜中に見回りがいたらどうするつもりなのだろう。
紫鏡のことだから、何か考えがあるのかもしれないが。
他の五名は、紫鏡の言葉を聞いて躊躇いを見せたものの、全員がその意見に賛同することとなった。
「でも……どうやって夜中の学校に入るつもりなんだ?」
かなり不思議がっている修也が、当然の疑問を彼女にぶつけた。
誰しもが思っている疑問だったが、紫鏡はニコリと微笑むだけで手段は教えてくれなかった。
「ほ、本当に大丈夫ねー……?」
心細そうに桃と小恋が手をつなぎ合って震えているが、紫鏡は笑顔を絶やさない。
「みんな、大丈夫だよ。紫鏡さんは信じていい。どんな願い事を言うか、考えてきて。できるだけ呪いを解除できそうな言葉をね」
変な願いを言わせないために、俺は念を押す。
そうして俺たちは解散し、夜に会うことを誓い合った。
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