第12話「一歩ずつ、一歩ずつ。」
一定間隔で置かれた街灯を頼りに、俺は歩道を歩いている。
時刻は二十二時を過ぎており、中学生は出歩いているだけで補導される時間になっていた。
それなのに、俺はどうして外にいるんだろう。日が沈みだした頃には熱は冷え切って、そういった言葉が喉元まで上がってきていたが、うんと堪えた。
数時間前、俺たちは雷来のメールに届いた文章を読んで、ある計画を立てた。
ピンク色のキリンという、近所でちょっとした噂になっていたものがあるらしい。
真夜中の公園で誰かの鳴き声が聞こえる。声につられて付いていくと、ピンクに染まった小さなキリンがいる……そんな噂だ。
誰が流したのかわからないまま広まっている噂らしいが、それなら実際に確かめてみないといけないという流れになって、現在に至る。
願いを叶えるマリーさんの存在など、すっかり忘れてしまい、再び次の恐怖を求めてここまで来ているのだ。
俺も大概だが、彼らの好奇心は完全に故障していた。
俺は誰にも見つからぬように、光から隠れながら珊瑚公園に入った。
ここはかなり大規模な公園で、中央には巨大な塔が立っている。日中は老若男女問わず利用する大人気の場所だが、夜になると雰囲気は一変する。
ジョギングをする人も時折いるらしいが、公園内のベンチや遊具にはホームレスが住みついているため、八時を過ぎた頃には静寂に包まれるようだ。
だから、俺が着いたときには辺りに大人の気配は感じ取れず、既に集まっていた五人の姿だけが見えた。
「遅いばーよ」
猛が真っ先に気付き、俺の方へ手を振った。昼に引き続き、私服の雷来と紫鏡に加えて、噂を雷来に伝えた
「え、最後の一人って真偽なの? 美藍は?」
ヒナは不満そうに俺の顔を見て一言吐き捨てた。美藍だけではない。美樹も集まる予定だったのに姿がどこにも見えない。
昼頃に会ったときは美弥の家に行って様子を見てから夜に再会すると言っていたのだが、まさか約束を忘れているのだろうか。
「あいつは『カルトは嫌いだ!』ってキレて来ねえってさ。しにふらーやんな」
「おかしな奴……」
そう言って彼女はスマートフォンに目を落とした。どうやら俺に対して興味は一切ないようだ。
和馬とも目が合ったが、軽く会釈を返されるだけで会話までは発展しなかった。
「さて……そのキリンはどこにいるんだ? ヒナ、やーが何か知ってるんだろ? どこだ?」
「え、そこまでは知らないって」
俺たちは話し合いながら、公園の中へ足を踏み入れる。やはり、他の人の気配は感じない。
ホームレスがいるとも聞いていたが、近くのブランコや滑り台を見ても、誰かがいる様子もしなかった。
「とりあえず声が聞こえるまで歩き回ろうぜ。大人に見つかったら……とにかく逃げて捕まらなければいい」
「猛は体力あるけどさ、ヒナとか紫鏡さんは絶対無理ねー」
「やーは平気だろ。最悪俺がフラッシュで攻撃するばーよ」
雷来は胸にぶら下げた一眼カメラを持ち上げ、写真を撮るジェスチャーをしてみせた。
「あー待て、光を出すな。スマートフォンはしまえ。声も抑えろ。耳を澄ませよー」
猛の指示に従い、光源になるものを片っ端から消していく。
「ねー、せっかく六人もいるんだし散らばった方が効率的じゃない? 声が聞こえた人は手を上げて周りに知らせる。そうしたらわかりやすいよ」
「あーいいねそれ。どう? 真偽と紫鏡は怖いなら猛の近くにすればいいさ」
別に怖くはない。ただ、この公園は広いため、遊具が多くその分死角も多くなりそうだ。
「私は上手くいくと思わないです」
「出たよ紫鏡のお否定。やーゆくさーになるど」
紫鏡の言葉に彼らは耳を傾けようとはしない。彼女を信じているのは俺だけだ。
「俺もやめた方がいいと思う。いくら公園の中とはいえ、単独行動は色々と危険だし。どんな人間が隠れているかわからないし、都市伝説を確かめる前に事件が起こるかもしれないし」
「じゃあ俺も賛成かな。猛も良いだろ? 最近物騒だし」
俺が紫鏡を支持すると、待っていましたと言わんばかりに和馬が乗っかってくる。
和馬がそう言うと猛も何となくで流されてしまい、ヒナはへそを曲げてしまった。
「流石ね、鞠井君」
ご機嫌そうに見つめてくる紫鏡を横目に、俺は顔を上げてそびえ立つ塔を見上げる。
「この塔を登れば、周りも確実に見えるはずだ」
俺の言葉を聞いた途端、全員がこちらを向いた。何かまずいことを言ったのだろうか。
「とうとう言ってしまったな」
「はー察しろやー。やーはしかましたいばー?」
「それはちょっと俺も……嫌だな」
「真偽は来たことないんだろうけど、あそこ臭いんだよね。だからみんな嫌がってんの」
怯える一行の前で、ヒナがキツネのように目を細めて事情を説明する。
言われてみれば、塔の外観は暗闇でもわかるくらいにボロボロで、いかにも年季の入った外壁だった。
塔に登ることを強制したいわけではなかった。だが、彼らは嫌々と足を運び、数分も経たずに俺たちは塔の入り口へと辿り着いた。
塔のふもとまで来て、ここが三階建てになっていることに気が付く。
まだ中には入っていないというのに、既に禍々しい雰囲気が醸し出していた。
「展望台になっているから、登っていけば公園全体を一望できそうね」
怖いもの知らずの紫鏡が真っ先に塔へ入っていく。他の四人は怖がって中々足を前に踏み出せないまま。
「ささっと見て終わろうよ。ここで立ち止まってたら明日になっちゃうし」
そう言って俺は四人に背を向けて階段を登った。
螺旋状の階段から外を眺めたが、暗いのもあってか非常に視認性が悪い。
階段を上った先で、紫鏡は外を見下ろしていた。彼女の横に立ち、同じように下を見たが、あるのは谷底のような暗闇だけ。
肌寒い風が吹く中、背後から複数の足音も聞こえてくる。
「やなかじゃー……がしない!?」
「全然臭くないね。紫鏡さんも平気そうだし」
「でも、この高さじゃ何も見えない」
紫鏡の言う通り、誰が覗いても下の様子は何も見えない。もう一階層上がって、三階なら何かが変わるかもしれない。
二階は六人で歩き回っても死角があるくらいには広かった。時間をかけて巡っていったが、どこにもピンク色のキリンはいなかった。
ただ、少し気になるのは和馬の表情か。時間が経つごとに顔色が悪くなっていく一方だ。
「……和馬、大丈夫?」
「いいよ、お前は気にしないで」
俺がいくら心配しようが、平然ぶって意見を聞こうとはしない。
俺たちの声は、二階全体に反響する。どこにいても、誰かしらの声は聞こえてくる。
動物の鳴き声が聞こえた者はおらず、そろそろ三階に向かおうとしたときだった。
ぎぃぎぃ、と人以外の音がどこか遠くから聞こえてきた。
「今何か聞こえなかった?」
「……いや? 何も聞こえなかったぜ」
「ヒナも聞こえなかったよー」
「びびらそうとすんなし」
しかし誰の耳にも届いてないようだ。もしかすると、今のはただの空耳だったのかもしれない。
風が強くなる。塔そのものが吹き抜けでできているから、生暖かい風が不穏な想像を募らせた。
「……ね、怖いから先に進んでくれない?」
引きつった顔でヒナが言う。猛はほんの少し考えた後、男子が先に階段を歩くことになった。
和馬は誰の目から見ても様子がおかしかったため、紫鏡とヒナと一緒に後ろへ回し、先頭の俺たちは階段に足を乗せる。
一歩ずつ、一歩ずつ。スニーカーが擦れてゴムの軋む音だけが響く。
ざっと十三段は登った頃だろうか。急激に生温い匂いが鼻を突いた。
この匂いを感じ取ったのは俺だけじゃない。全員が同時に顔をしかめた。
「うげーでーじかじゃーやっし……」
「ごめん吐きそう……」
悶え苦しむヒナと雷来とは違い、猛だけが勇敢に上り続けていく。俺もその背中に追いつくため歩幅を合わせ、二人で三階に到達した。
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