第4話「うるさいよ転校生」

「聡美……」



 勢い良く、教室を飛び出してくる一人のクラスメイト。彼女はたしか比嘉ひが霧子きりこだったはずだ。


 霧子はふらついている聡美に抱き着くと、不安そうに彼女の声を聞いていた。


 しばらく二人はその場で話し、とぼとぼと廊下を渡っていく。



「あら、追いかけないんですか?」

「うわ、びっくりした」

「追いかけないんですか?」



 それを見ていた俺に紫鏡が声をかけてくる。彼女に見つめられると、なんだかそれをやらないといけない気がして複雑な感情になる。


 俺はこっそりと二人の後を追いかけた。彼女たちが向かったのはどうやら保健室のようだ。


 養護教諭とともに入っていくところを見たが、流石に覗き見する勇気はない。こんこんと保健室のドアを叩き、二人の安否を確認することにした。



「あなたも体調悪いの? 大丈夫? 一時間くらい休んでいく? お名前教えてねー」

「いや、俺は大丈夫です。その……聡美さんの様子が気になって」



 妙な言い方になってしまったが、正直に答えた方が少しは印象が良くなるだろう。



「先生どいてください。その転校生は入れないでください。友達に……嫌がらせをしたんですから」



 そういった魂胆があったわけだが、霧子にはまんまと見透かされてしまった。


 ただ、嫌がらせをしただとか謂れのないことを言われる筋合いはない。それだけは否定させてもらう。



「えっと、霧子さん。勘違いされるような言い方はやめてもらえるかな? 俺は何にもやってないって。聡美さんだけじゃない……他にも一緒にいた人がいたし、間違いなく証明できるよ」

「うるさいよ転校生。騒ぐんなら出ていってよ。そうですよね、先生」

「喧嘩でもしたのかな……?」



 敵意むき出しの霧子に軽く先生も引いてしまっている。


 このままでは埒が明かない。そう思っていたとき、部屋の奥の方から聡美が顔を出した。


 変わらず顔色は悪いが、幾分か辛そうな表情が和らいでいるような気がする。



「平気だよ霧子……真偽君は悪いことしてないから」

「で、でもっ!」



 それ以上言わないで、という目線を聡美は霧子に送る。


 結果、霧子は口を閉じ、困り果てた養護教諭もゆっくりと持ち場についていた。



「内原先生、今は三人だけで話したいです」

「……わかりました。先生は職員室にいますから、用が済んだら寄っていってくださいね」



 そう言って、養護教諭は保健室から出ていき、保健室は三人だけの空間に生まれ変わる。


 ようやく、昨日のことを聡美に聞けるようになった。俺は迷わず聡美に何を見たのか尋ねてみる。



「あの儀式をしていたとき、聡美さんから見て何が起こってたのか教えてほしいんだ。俺は中心で紫鏡さんの願いを聞いてたから何もわからなくて」

「儀式って……やっぱり危ないことしてるじゃない! 何で危険なことやっちゃうの転校生」



 ただの質問にも霧子はツッコミを入れてくる。その言葉を受け流し、黙々と聡美が口を割ってくれるのを待ち続けた。


 時計の針が沈黙を繋ぐように鳴り続ける。 

 秒針が一周した瞬間に、彼女は静かに口を開いた。



「……いきなり、美弥が叫んだのは見えたよね? 自分には何も見えなかったけど、美弥にはんだよ」

「それで? 聡美と……美樹も何か見たり聞いたりしたわけではない?」

「う、うん……」



 聡美の話を聞く限りだと、美弥は単に物音を勘違いしているようにしか思えなかった。

 だって、現場に居合わせて怪奇現象を直視していたのは美弥一人だけなのだから。


 それでも俺は聡美の話を聞き続けた。いつの間にか給食の時間になっており、あまりにも遅いことを心配して根路銘桃と、今日の授業でも真面目に見えた眼鏡が特徴的な佐久本さくもと裕一郎ゆういちろうの二人が、俺たちの分の給食を運んできてくれていた。



「さとみー元気ね? 給食食べましょうね~。真偽、霧子も! ほらほら、遠慮しないで。許可は貰ってるから」

「ありがとう」



 俺は桃が器用に持っていたトレイを丁寧に受け取る。

 牛乳に揚げパン、クラムチャウダーと小皿には豆の入ったサラダ。


 食欲をそそられるラインナップに迷わずいただきますと声を上げ、口をつけた。


 うむ、おいしい。


 やはり食事だけが心身の疲れを癒すのだ。



「とりあえずご飯食べて元気出そうよ。そうしたら頭がすっきりするだろうし」

「よ、よくそんなこと言えるわね……」



 霧子が俺の顔を見てドン引きしていたが、教室から来た二人は逆に安心した様子で俺の顔を見つめてくる。



「ここは心置きなく食べられそうだね」

「何かあったの?」

「……うるさいんだよ。みんな、『願いを叶えるマリーさん』の話をずっとしてる。美藍とか雷来が『うちの学校にある七不思議は本物なんだ』って騒ぐせいでね」



 裕一郎はため息をつきながら、揚げパンを口いっぱいに頬張る。桃も何か言いたそうな顔をしているし、教室の方は誰の目から見てもかなり異様な光景になっているのだろう。



「でも、儀式は本当だと思う」

「……聡美もそんなこと言うんだね。君たちがどんな度胸試しをしていたのかは知らないけど、心霊現象なんて起こってないはずだ。何か見えたり聞こえたりしたのは集団幻覚の類いだろう?」



 リアリストらしい答えが、裕一郎の口から出てくる。


 肩を持ちたいのは聡美の方だが、俺も俺で実際に経験したわけではないんだよな。



「食べ終わったら桃が持っていくからね」

「霧子さんも保健室にいる? よかったら俺が持っていくよ」

「自分で持っていくから平気。聡美のは転校生が持っていきなさいよ、ちょうどいいでしょ」



 食事を終えて二人分の食器を持ち、一足先に出ていった桃と裕一郎の背中を追おうとしたとき、俺は霧子に小声で呼び止められた。



「……ねえ、転校生。あなたって部活やる予定ある? もしないならさ、放課後残ってくれない?」

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