第3話「数が足りない」

「ああああああああああああっ」



 美弥はいきなり大声を上げて、何が起きているか把握できていない周囲の者たちにぶつかっていく。


 不意打ちで身体をぶつけられた者らは連鎖的に驚きの声を上げていき、一瞬にして儀式は恐怖と混乱に飲み込まれていった。


 騒ぎの元になっているのは、女子の三人。周囲の騒ぎに気が付いた美藍と雷来は驚いてはいるが、冷静に状況把握しようとしている様子だ。


 しかし、ただ一人だけは、平然とした様子で慌てふためく彼らを眺めていた。



「あら……儀式の途中だというのに……これじゃ儀式は失敗なのかしら」

「きゃあああああっ」

「美弥!?」



 そうして紫鏡以外の女子たちは、我を忘れて教室を飛び出していってしまった。


 俺と美藍があっけらかんとしているうちに、今度は雷来が無言で教室から出ていく。

 多分、三人を追ったのだろう。



「どうしようか、追いかけたら面白そうだけど……面倒くさいな。どうする? もう解散でもする?」

「俺は……どっちでも大丈夫」

「半端ですけど……仕方ないですね。では、さようなら」



 儀式を続けるのは不可能になり、取り残された俺たちは教師に見つかることを恐れ、急いで机を元に戻していく。


 ふと目を離した隙に紫鏡もいつの間にかいなくなっていた。


 残された俺と美藍は、美弥が持ってきた手鏡をどう処分するのか話し合う。



「……しょうがないな、僕が持って帰るよ。半分巻き込まれた人と転校生に押し付けるのは可哀想だし」

「ありがとう」



 だが、今回も率先して持ち帰ると言ってくれた美藍のおかげで、無事揉めずに証拠隠滅は完了した。


 ……何だったんだ。今日はたまたまオカルト好きな人たちと一回限りのお遊びに巻き込まれた。そう思うことにしよう。


 軽く戸締りを済ませ、俺たちは教室を後にした。


 学校を出てすぐに美藍は「用がある」と言って小道に消え、とうとう俺は一人になった。



 四月だというのに温くなりすぎた春風が並木を揺らし、挙句の果てには俺の頬を掠める。


 頭を冷やすにはちょうどいい。



 沖縄に引っ越してきたのはちょうど二週間前。近辺の情景は何となく記憶している。


 帰り道に変わった様子はなく、自室に戻ってから俺はいつもと変わりない時間を過ごした。



 そして、翌日。


 昨日あった出来事を思い出しながら、俺は静かな通学路を歩き、学校の正門をくぐる。


 全校生徒約百二十名の寄葉中には、多種多様な生徒がいる。俺のクラスにも二十四名の生徒がいるため、それぞれの名前や特徴を覚えるのがとても大変だったりする。


 だから、張り切って教室の扉を開けたのだが、中から俺に向けられる視線は昨日と違う悪意そのものだった。


 まるで居てはいけない者に向ける視線が、鋭くて痛い。



「おはよう……」

「……おはよう」



 彼らとぎこちない挨拶を交わし合い、自分の席に着く。今日は紫鏡も朝からいるようで、横を向いた瞬間、彼女は軽く会釈してきた。


 ただ、他のクラスメイトたちは決して俺たちの方を見ようとはしない。


 しばらく待っていると、始業のベルとともに担任の立木先生がやってきた。

 彼女も昨日とは少し様子が違う。



「おはようございます! 出席を取りますね」



 番号順に出席が取られていく。名前と顔を確認しながら何気なく人数を確認してみると、何故周囲の空気が重いのか気が付いた。


 生徒の数が足りない。今回は三人。勿論、昨日の儀式に参加していた三人組の女子たちだ。



「えっと……真偽って呼んでいい?」



 騒がしい教室の中、二人の女子生徒に話しかけられる。


 一人は胸元にペンダントを付けたボーイッシュな女子。もう一人はクラスの中でもずば抜けて高身長で、大きなポニーテールが特徴的なハーフの女子だ。


 名前はたしか……根路銘ねろめももと、大城おおしろジェリー乱火らんか、だったはず。


 十中八九何を聞かれるか想像がつくが、とりあえずとぼけたふりで返答する。



「真偽で大丈夫だけど……俺も名前で呼んで大丈夫なんだよね? それがここなんだよね?」

「いーよいーよ。それよりさ、昨日は何があったのか桃たちに教えてよ」



 桃と乱火は休んでいる三人の誰かと仲が良かったのだろう。


 しかし、どう説明すれば彼女たちが納得できるのだろうか。儀式をやったら勝手に美弥が叫びながら出ていった。それを二人は追いかけて、それ以降姿を見ていない。


 そう言えば、誰でも納得できる内容なのだろうか。



「美弥さんは消えてしまったの。高い高いところに」

「消えた……どういうことね紫鏡!?」

「そのままの意味です」



 非常に澄ました表情で、紫鏡が言った。


 俺には理解できたが、現場にいなかった二人は困惑した様子で再びこちらに質問を浴びせてくる。



「ねえ何があった? 七不思議と……関係あったりする?」

「実は……放課後に儀式をしたんだ」



 そう言って俺は、昨日あった出来事をそのまま伝えた。既に教室を後にしていた立木先生を除くと、全員がその話を聞いていたと思う。


 現場にいたはずの美藍と雷来は黙って何も言わず、紫鏡にいたっては全てを俺に丸投げしてきたため、全てを伝えるには数分を要した。


 儀式の一部始終を伝え終わると、彼らはそれぞれの反応を示した。



「うう……聞かなければ良かったー……」



 クラスメイトの不幸に震え上がる者。女子の大半がこの反応だった。



「しに面白いやっし! 七不思議ってマジかやー?」



 あるいは突如湧き出た怪談話に興味を持つ者。一部の男子生徒がかなり熱狂しているようだ。


 それでもやはり、いまいち現実味の薄い話を信じない人の方が多いようで、先日同様に話が盛り上がると興味を失って周囲から去っていく者もかなりいた。


 どれだけ話そうと、昨日の出来事は信頼を得るには難しい内容でしかなく、授業のチャイムが鳴ると同時にクラスメイトたちはすぐに席へ戻ってしまった。



 欠席者が出ても授業は当たり前に進んでいく。寄葉中は一学年につき二クラスしかないためクラス替えを行わないらしく、オリエンテーションもせずに通常の授業が行われた。



 四時間目が終わり、給食の準備が始まった頃に何やら廊下の方が騒がしくなる。


 気になって廊下に出てみると、挙動不審に周囲を気にしながら歩いてくる聡美の姿があった。

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