第5話「未来予言の本」
霧子の提案に乗り、放課後になっても俺は教室に残り続けた。
結局、聡美は最後まで保健室にいたらしく、霧子は彼女を呼んでくるため少し遅れると言っていた。
それにしても、まさか彼女に予定を聞かれるとは思わなかった。
話していて相性は決して良いとは言える状態ではなかったと思う。何か理由でもあるのだろうか?
誰もいない教室で俺は静かに待った。
「少し待たせてしまったわね、転校生」
「……俺、真偽って言うんですよ」
しばらくすると、霧子は聡美を連れて教室に入ってきた。
「転校生、早速だけど図書館に行きましょう。急がないと、他の人に見つかっちゃう」
見つかっちゃう? 隠れて行く必要があるというのだろうか?
気になる点はいくつもあったが、ふと美弥の台詞を思い出す。
「もしかして、七不思議を試すつもりですか? さっきは全然乗り気じゃなかったのに」
「……まだ何も言ってないけど?」
霧子はそう言っているが、それ以外に俺を連れて図書館に向かう理由が見当たらない。
黙って彼女に従って階段を降り、離れにある図書館を目指す。
外の空気は優しく暖かな風が吹いていたが、中に入るとクーラーが効いているのか少し肌寒い。
初めて利用する俺とは違い、霧子は手慣れた手つきでバーコードが記された利用者カードを、棚に置かれたカードケースから取り出した。
そして、複数人で座れる窓際の席を陣取ると、困惑していた俺たちを手招いた。
「『未来予言の本』……霧子もね、七不思議を信じてたわけじゃないけど……思い当たる節はあるの」
俺らが席に着くや否や、霧子はコソコソと話し始める。
まだ図書館を利用している生徒は比較的少ないようだが、たしかにこれはバレたら面倒なことになりそうだ。
単に七不思議の中でもインパクトが薄い未来予言の本は後回しにされているだけなのかもしれない。
いずれにしろ、俺たちは早急に調べる必要がありそうだ。
「それで、その本はどこにあるんだ? 誰かが借りてたりしない? というか、そもそも貸し出しは不可だったりする?」
「横にある棚を見て。下から二段目の一番端にある青い本」
俺は彼女が指差した棚から青い本を引き出す。一見しただけではただの文庫本のようだが、よく見ると表紙や裏表紙には何も刻まれていない。
パラパラとページをめくって軽く内容を確認してみるが、不思議なことにその本には文章すら書かれていなかった。
他にも違和感がある。本はそこそこ厚さがあるのに、明らかにページ数が少ない。多分、30ページあるかどうかくらいだろう。
「なんだこれ」
「ちょ、ちょっと! 勝手な行動しないでよ、まず話を聞いて」
イラついた様子で霧子は本を奪い取り、机の上に閉じたまま置いて話を続ける。
彼女の横にいる聡美も、静かに未来予言の本が何なのか聞いているようだ。
「未来予言の本はね、真っ青に染まった本で、表紙には何も書いておらず、開いても白紙。だけど、複数人で読み進めると文字が浮かび上がる。一人では読むこともできないの。予言は少しずつ大きな予言になって……何かが起こる」
「何かって……?」
「わからないから確かめるの。三人で読まないと見えないんだし」
そう言って霧子は躊躇なく本の一ページ目を開く。
「何も書いて……え?」
間違いなく、開いた瞬間は文字が見えなかった。しかし、あるはずのない文字がじわじわと浮かび上がっていく。
薄い鉛筆で書かれた絶妙に読みにくい文章によって予言が告げられた。
「『五秒後に鞠井真偽の知り合いが入ってくる』」
俺の心臓が早鐘を打ち始める。いきなり名指しにされるとは、想像もしていなかった。
知り合いという言葉はあまりにも曖昧で、誰が来るのか予想できない。
などと思考を巡らせているうちに、入り口の方からゆっくりと扉の開く音が聞こえた。
「え……冗談でしょ?」
「怖いよ……」
二人は怯えているが、不思議と嫌な予感はしなかった。
足音が少しずつ俺たちの方へ近づいてくる。
それが目視できる距離まで来ても、誰一人顔を上げて直視しようとはしなかった。
「やっぱりここにいたんですね、鞠井君」
「って、裕一郎君か……」
ほっ、と俺の口から無意識に息が漏れる。最悪な妄想が一瞬よぎったが、そんなことにはならなかった。
裕一郎はあらかた俺らの目的を察していたのだろう。机の上に置かれた本を見て、すぐにそれが未来予言の本だと理解した。
「まさか……君たちも七不思議を信じているのか?」
「ええそうよ。なんなら予言がここに書いてあるけど、読めない?」
「見えないね。真っ白なページしか」
三人には読めている文章を彼は読めないと言う。
予言が的中した後も俺の目には文章がたしかに映っている。
「で、君たちはどんな予言を信じているんだ? 俺は今から勉強するから騒がないでくれよ」
「鞠井真偽の知り合いが五秒後に来るって……これ裕一郎のことでしょ? 一応的中ね……」
霧子はわずかに興奮した様子で次のページに手をかけた。
一つ目の予言は的中した。
つまり、この本は本物の未来予言の本であることになる。
紫鏡は近くの席から椅子を持ってきて、俺の隣に座った。そして、霧子が次のページをめくる。
「『一分後に霧子と聡美は尿意に襲われる』……はぁ?」
二つ目の予言も、やはり名指し。それより気になるのはその予言の内容だ。
馬鹿馬鹿しい、と裕一郎は吐き捨てて遠くの席に向かって歩いていく。
数秒も経たないうちに、青ざめた顔で二人は図書館内の女子トイレに駆け込んでいった。
完全に二人とも予言を信じているな……。まあ、俺にもその文字は見えたし、実際に的中した――偶然の可能性が高いが――ことを踏まえると、信じたくなる気持ちも分からなくはない。
と、何気なく俺は未来予言の本に視線を戻した。
「あれ、文字が消えてる」
ページは変わっていない。なのに、書かれていたはずの文章が見えないのだ。
この事象を確認するため、慌てて既に勉強を始めている裕一郎に話しかける。
「ごめん、裕一郎君! 一瞬でいいからここに書いてある文字を読んでほしい!」
「邪魔をしないでほしい、予習してるんだから」
「お願い、一瞬でいいから」
俺は裕一郎に向かって頭を下げた。図書館で騒ぎを起こしたくないという理由もあったのか、彼はしぶしぶ了承してくれた。
「さっさと終わらせてくれないか……って、これはどういうことだ? 何も書かれてないぞ?」
「やっぱり何も書いてないんだ。ありがとう」
「いや……待て」
背を向けた途端、裕一郎に肩を強く掴まれた。振り返り、俺の瞳に映った裕一郎は非常に深刻な表情を浮かべていた。
「……一瞬だ。本当に一瞬だが、文字が透けて
「一緒に見よう」
文字が透けて見えたということは、次のページに文章が書かれているのだろうか。
それを確かめるべく、俺は次のページをめくった。
今までの文体とも異なり、力強く一文が筆で刻まれている。お互いに口に出すことはできなかった。
俺は同時に、裕一郎を巻き込んでしまったことを深く後悔した。
――三分後にこの予言を読んだ誰かの首がねじ切れる。
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