第21話 同窓会
同窓会の会場に着いた
だが松子はほとんど身動きが取れなくなっていた。
「成人式の時にもいたけど、あなた、誰?見ない顔ね」
芒花菜月は不快感を顔に出すことはしないが、終始真顔で松子を見ている。清鳳が女にベタベタするのはいつものことらしいが、久しぶりの三人の席にほとんど関わりのない松子が同席していることが許せないのだろう。言葉に棘を感じた松子。いつもなら売られた喧嘩は片っ端から買っていくが、
「あ、そうだよね?みんな私が変わって初めて会うんだもんね。私、斎藤美緒だけど、覚えてる?」
「知らない」
自信なさげな女性を演じる松子に冷たく一言返す菜月。それは目の前にいる斎藤美緒という女を否定する言葉だった。自分の男を知らない女に取られて気に入らないというのが見てとれた。清鳳はたった数時間前に出会ったばかりだという松子を庇うように話す。
「こんなに美人になったら知らなくて当然だよな〜。にしても、めっちゃ綺麗になったよね?」
「まだ全然自信ないけど、そう言ってくれると嬉しい…」
「正直、僕も最初見た時は誰だかわからなくて…成人式で清鳳と一緒だった時は別の学校の生徒かと思ったよ。まさかあの引っ込み思案だった美緒さんだとは。ね、菜月」
ツンケンしている菜月の雰囲気を隠そうと、燕大は必死に会話で繋げる。というより、横で機嫌が悪くなっている菜月をどうにかしなければと必死だ。だが燕大の努力も虚しく菜月は目の前の松子に対してどんどん敵意を露わにしていく。
「というより、ここまでいじったら別人じゃない。何かやましいことでもあるの?まるで逃亡中の犯罪者がキャバ嬢にでもなったみたいよ?」
あからさまな牽制。普通の女性ならば怒るか泣くかするのだろうか。だが松子が演じる斎藤美緒は違った。
「本当にそんなことしてたら私は同窓会に顔出すなんて馬鹿なことできないよ。ただでさえ北杜高校出身てだけで薬の売人だと思われるんだから」
松子が言い返すと思っていなかった3人は驚く。それよりも、後半の言葉に驚いていた。自分の学校が他の学校からどう噂されていたのか知らなかったのだろうか。この同窓会でさえ3人に近付く者はいない。自分たちが一般生徒からどう思われていたのかさえ知る術はないのだろうか。3人が微妙な反応をする中、松子のいたずら心が顔をのぞかせる。
「まさか、あなたたちは知らないの?うちの高校、この町じゃ有名よ?売人がいる学校って」
「……そんな噂は、聞いたこと…」
燕大は青い顔をしながら口を開いた。その動揺は何から来るものなのか。松子は燕大が何か知っていそうだと思った。さらに情報を引き出そうと松子が燕大に向き直った時、菜月が口を挟む。
「冗談でも言わないほうが良いこと、分からないわけ?」
「私を犯罪者のキャバ嬢扱いした人が言えること?」
負けじと言い返す松子。菜月との間に火花が見えそうだが、菜月がため息をついて先にリングを降りる。
「庶民が混ざってると楽しめないわね。私はお先に失礼するわ」
「ちょっと…待ってよ菜月、送っていくから」
席を立った菜月を慌てて追いかける燕大。それを気に留めずにビールを煽る清鳳。こういう状況はよくあることなのだろうか。だとしたら燕大の慌てようはどう説明がつくのか。松子はこの3人の関係性がよく分からず思わず腕組みをして考えてしまう。その様子を見た清鳳はニヤリと笑う。
「眉間に皺寄せてると美人な顔が台無しだよ?」
「……美人は怒っててもいい女でしょ?」
「お前面白い奴だな。高校の時知らずに過ごしてたのが勿体無いよ」
「でもあなた達、
「それは菜月が勝手に言ってるだけ」
「あなたは違うって言うの?」
「俺、お前にどこの誰なのか問い詰めたっけ?」
「
「それはごめんって。高校の時のお前は、なんて言うか…」
「はいはい、眼中になかったって?そうよね、
牡丹という言葉を聞いて片方の眉毛が動いた清鳳。動揺を隠しているのだろうか。一見平然としているが気まずい雰囲気が流れる。次はどうジャブを打ってやろうかとビールを飲みながら松子が考えていると清鳳が先に口を開いた。
「牡丹…生きてたら女優にでもなってたかな…」
唐突に出た言葉だった。脈絡がない。松子は清鳳の言葉が何を意味するのか理解できずどう返すべきなのか分からなかった。だが、清鳳が纏う悲しい雰囲気は伝わってきた。先ほどまで松子に鼻の下を伸ばしていた清鳳だったが、今は故人を愁う顔になっていた。松子は今この場に菜月がいないのをいいことに清鳳に切り込んだ。
「高校時代は牡丹にご執心だったもんね」
「高校だけじゃねえよ。初めて会った時から。多分俺の初恋」
とんでもない情報を引き出してしまった松子。しんみり故人を懐かしでまるでお通夜状態になった清鳳にどう声をかけるのが正解なのか、同級生の立場としての言葉を探る。
「まさかあんな形で亡くなるとは思わなかったよね…」
「…お前も牡丹とは仲良かったもんな」
「……私のこと牡丹の友達って認知してたんだ…」
「今日最初にお前を見た時は分からなかった。面影ないし。でも家に帰ってアルバム見てたら名前を思い出したんだよ。牡丹の友達だったなって…」
「牡丹の交友関係まで把握してたわけ?」
「そりゃ…好きな女のことは何でも知りたいだろ」
斎藤美緒という牡丹の友達を認識していた清鳳に驚く。それよりも何よりも、意外とピュアすぎる心を持ている清鳳に驚いた松子。不謹慎ながら笑ってしまう。慌てて笑いを堪えるも時すでに遅しとはこのこと。横を向くと腕を組んで睨んでいる清鳳がいた。
「お前、人が亡くなってんのに…しかも友達だったんだろ?悲しくないわけ?」
「……悲しいよ。ごめん。でもやっとわかった気がする」
「何が?」
「牡丹があなたとよく一緒にいた理由」
「?」
「下心だろうがなんだろうが、これだけ思ってくれる人がいるなら、そりゃ一緒にいるよねって」
「…………」
清鳳は俯いてしまった。また何か失言してしまっただろうか。松子は寸前まで自分が吐き出していた言葉を反芻するが特にヘマをした記憶はない。清鳳の沈黙にはどんな意味があるのか考えても分からなかった松子は開き直って目の前の料理をつまむ。黙々と食べている松子を視界にとらえて清鳳はポツリとつぶやいた。
「俺に関わらなかったら、まだ生きてたのかな…」
「え?」
清鳳がボソボソと喋ったせいでうまく聞き取れなかった松子。だが、言葉の最後だけは聞き取れた。“まだ生きてたのかな”。確かにそう聞こえた松子。清鳳は牡丹の死に罪悪感を抱いているのではないか、と思った。そしてこうも思った。ここまで特定の個人に踏み込んで話しているのであれば、ある程度直接的なことを聞いても不審に思われない、と。特に清鳳と牡丹について。多少は失礼に捉えられてしまう質問になってしまうかもしれないが、ここで怒るかどうかで清鳳が洞牡丹殺害に関わっているかどうかが分かるかもしれない。そう思った松子は様子を伺う前に質問を投げていた。
「牡丹を殺したのって、あなたなの?」
すぐ顔を上げて松子を向いた清鳳。周囲は同窓会の賑やかな声に包まれていたが、二人の空間だけはそこから切り取られたかのように音が消えた。松子は無音の映像だけが流れる世界で清鳳の言葉を待っていた。だが、言葉よりも体というものは正直のようだ。口を開く前に清鳳は眉間に深い皺を刻み、心底軽蔑した目を松子に向けていた。その表情を見て松子は悟った。桐生清鳳は洞牡丹殺害の犯人ではない、と。ほとんど松子の勘ではあるが、清鳳の言葉を聞いてその勘は確信へと変わる。
「何で好きな女を殺さなきゃならないんだよ。俺の家の人間が殺したとか言われた方がまだ分かるわ」
「……どういうこと?」
「俺が牡丹を好きなことは家の人間にバレてたんだよ。でもお袋は、特に祖父は絶対に俺が牡丹を好きになることは許さない」
「なんで?」
「何でって…お前もこの町の人間なら俺がどんな家の人間かわかるだろ」
「わかんないよ、庶民だから上級国民の私生活なんてわかんないよ」
「……」
清鳳は一度黙り込んだ後、深いため息をついてから再び口を開いた。
「俺が、俺がお袋に頭下げて警察に圧でもかけてもらわなかったら…牡丹は捜索さえされず、遺体すら見つからなかったかもしれないんだ」
「……あなたのお母さんって警察関係者?」
「お袋は元々警察のキャリア組みだよ…でも途中で祖父に教育界に引き摺り込まれたから今は高校の校長やってるけど。だからあの時は俺が牡丹を行方不明者として探してくれってお袋に頼み込んで警察を動かしてもらったんだ」
「ちょっと…いろいろ何で?頼み込まなくても
「俺と連絡も繋がらないなんてことは今までなかったんだよ。クラブにいてもお姉さんのところに行ってても、いつでもすぐに連絡は返ってきてた…それに、警察の奴ら、牡丹を不良少女扱いして、まともに探す気なんてなかったんだよ」
「…何で牡丹が不良少女なの?」
清鳳は両手で顔を覆った。その仕草にどんな意味があるのか。松子は相変わらず清鳳のボディランゲージを読めずにいたが、清鳳は突然立ち上がって松子の腕を引っ張った。
「場所変えようぜ」
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