第20話 収穫


 松子しょうこと合流した盃都はいどは微妙な距離感をとって二人で駐車場に向かっていた。他人が偶然同じ方向に向かっているかのような距離感で歩いた先にあったのはトヨタの白いカローラツーリング。先魁ナンバー。今回の潜入捜査で二人の正体がバレないように梅澤うめさわの車を借りたのだ。松子と盃都は後部座席に乗り込む。早速ネクタイを緩めジャケットを脱ぐ盃都。松子は文字通りハイヒールを脱ぎ捨てる。汗だくの盃都はボディシートで首や顔の汗を拭きながら愚痴をこぼした。


「真夏に成人式とか勘弁してほしいですね」

「ホント、館内は冬かってくらい寒いのに、会場出たら太陽が肌に刺さるわアスファルトに反射した熱がスカートの中に差し込むわ」

「なんで真夏なんですかね、成人式。こんなに着込まなきゃけないのに。わざわざ髪の色も変えて……絶対に同級生に知られたくない、こんな格好…」


 文字通り頭を抱えている盃都。松子もそうだが、今回の潜入調査のために身なりを変えたのだ。いわゆる変装である。変装と言っても、成り済ます人物に似せるのではなく、松子や盃都であるということがバレないように化ける。この招待状をくれた二人はもうこの地域の人間とは関わりを持っていない上に、松子が成り済ましている斎藤美緒さいとうみおに関しては顔面フル整形で仮に同級生と対面しようがバレようがないのだ。わずかとは言えこの田舎町を歩いたことがある盃都や松子はむしろ、自分自身がこの町の人間にバレないように変装しているのだ。


 松子は茶髪を黒髪にしてエクステをつけてロングヘアに。その上で普段のすっぴんのような薄いメイクではなく、まるでどこぞのホステスのような上品で艶のあるメイクに変えた。服装もドレスとは言え普段のストリート系の雰囲気をやめて綺麗系にシフトした。盃都は黒髪を茶髪にしてパーマをかけ、メガネを着用した。スーツも普段の盃都から漂うシンプルな雰囲気のものではなく、カジュアルな雰囲気が出るものを選んだ。普段学ランしか着ない盃都にとっては違和感しかなかった。何故ならいつもの大人しい雰囲気からは一変してまるで活発な陽キャのようになってしまったからだ。春如はるゆきが会っても会話をしない限りぱっと見は盃都だとは思わないだろう。それくらい別人になっていた。


 二人はお互いを改めて見てなんとも言えない気持ちになる。笑うには激変していて、揶揄うにしてはこの事件の捜査に対する本気度が伺えるからだ。


「なんか、会場では溶け込んでましたけど、やっぱりこうして対面するとビフォーを知っている分、なんと言うか、違和感ですね」

「何よ?好きでやってるわけじゃないんだから。アンタだって誰よ?友達いっぱい!モテる男!みたいな見た目しちゃってさ?もしかしてちゃっかり女釣ってきた?」

「そういう松子さんは桐生清鳳きりゅうきよたかを一本釣りしてましたね」

「あいつマジちょろい。アンタでもいけたかもよ…で?式典の間ずっと一緒にいた女、誰?ちゃんと使える情報引っ張ってきたんでしょうね?」


 松子はニヤニヤしながら盃都の顔を覗き込んだ。いつもより色気が出ている見た目になった松子を直視できず思わず目を逸らした盃都は釣られた清鳳の気持ちが少しわかる様な気がした。だがここで松子に照れていることを知られると今後一生揶揄われる気がした盃都は悟られないようにと表情を無にした。ついでにメガネを外してなるべく松子の姿を網膜に映さないように努めつつ、今回の調査結果を話す。


「俺が接触したのは阿部理奈あべりなという北高出身の人です」

「北高?別の高校の人に話聞いてどうすんのよ」

「ところが彼女、芒花菜月おばななつきたちとは中学の同級生だったみたいです」

「アイツらをよく知る人間ってこと?やるじゃん」


 松子はニヤついた顔から面白いものを見るような顔に変わる。ということは、あの三人の中学時代の情報を松子は清鳳からは収集しなかったということ。松子が知らないネタを引き出した可能性が高い盃都は、松子の視線から感じる過度な期待には緊張しつつも捜査の手掛かりになりそうな情報を松子に伝える。


「松子さんの推測通りというか、阿部理奈の言葉を借りると“芒花菜月は周囲に男がいないとダメ”らしいです」

「何それウケる。昔からオタサーの姫だったってこと?」

「というより女王様ですね。男好きとは言っても有能な男限定らしいです」

「てことは、この田舎町にはあの二人以外に有能な男がいないってこと?」

「らしいですよ。北高の生徒も桐生清鳳と柳田燕大やなぎだやすひろは憧れの的だったようですから」

縞桜太しまおうたは?」

「桜太は彗星の如く現れたスターです。権力やコネや金は持ってないので」

「ドル箱じゃんね、プロ選手の将来が約束されてるような人って。それでも眼中にないのか、この田舎町で玉の輿を狙ってる女共にとっては」

「みたいですね」

「ということは、桜太君が原因の痴情のもつれで起きた事件っていう可能性は低いんだろうね」


 とりあえず一つの可能性を否定した二人。松子の見解に盃都は完全に同意して次の情報に移る。

 

「どうやら北杜ほくと高校には黒い噂があったみたいです」

「黒い噂?」

「大人は知らないけど学生たちが知ってるヤバい情報と言いますか…」

「何よ?誰かが薬やってるとか?」

「勘がいいですね」

「まじか…」


 松子は心当たりがあるのか、先に言い当て驚く素ぶりもない。松子を驚かせようとしていたわけではないが、自分が収穫したネタの中で最も大きいものだった。だが、松子がなぜ驚きもしないのか気になった。普通、相当荒れている高校を出ていない限りは“高校生が薬”と聞くと驚くはずだからだ。現にこの情報を阿部理奈からもらった時、盃都は心底驚いた。パパ活や虐めや飲酒やタバコ。たかが高校生がやれる“悪いこと”はその程度だと思っていたからだ。全て犯罪だ。他がいいというわけではないが、薬物は他とは比べてかなり重い。盃都は松子に尋ねる。


「もしかして、似たような情報を桐生清鳳から聞きましたか?」

「正直、ただイキってるだけかと思ったんだけどね。アイツは見た目を裏切らないチャラ男。大学デビューと過去の栄光に縋るオッサンを足して割った感じで武勇伝をベラベラとしゃべってた。大学生になってそういうヤバい薬に手を出すガキどもって多いじゃん?だから高校生の時の話が出た時は、流石に誇張かなと思って話半分で聞いてたんだけど」

「高校時代に薬をやってたって言ったんですか?」

「そう。よくパーティーでこっそりやってたらしいよ?葉っぱを。知り合いに売人がいるんだって」

「高校生が売人と知り合えるものですかね?海外ならまだしも、ここ日本ですよ?」

「さあ?でも、その北高の子の話を聞くと、あながち嘘でもないんじゃない?火のないところに煙は立たないだろうし」

「仮に清鳳が言っていたことが事実だとして、実際に薬をやっていた人間は限られますよね?清鳳以外にも具体的に誰がやっていたとか、そういう逮捕に繋がる決定的な情報を知ってる人間は多くはないはずです」

「そうよね。詳細な情報をみんなが知ってたら誰かから告発されるリスクがある」

「逆に清鳳だけがやっていたなら、それこそ堂々と言うはずがありません。特定されやすくなりますから。共犯がいてみんな捕まってないから言えるんです。まさか北杜高校の生徒全員が共犯というわけでもないでしょうけど」

「…それか、知ってて黙認というか、暗黙の了解みたいな雰囲気はあるかもよ」

「暗黙の了解?田舎だと噂が口伝にも関わらずSNS並みに伝播していきますけど、流石に薬をやってるという噂が流れたら人生終了じゃないですか?この田舎なら尚更」


 盃都の疑問に納得しつつも、完全には首を縦に振りきれない松子。いつもハッキリものを言う人が曖昧な態度を示す様子は誰の目にも異様に映る。盃都は首を傾げて松子に言葉を促すと、腕を組んで唸りながら口を開く。

 

「ん〜…自分が不利になることをペラペラ喋る?普通」

「清鳳が言っていることは嘘だって言うんですか?」

「というか、薬やってるなんてヤバい情報を初対面の私に自慢げに話すなんて、若気の至り通り越して馬鹿そのものじゃない?リスクを負ってまで初対面の人間に語る武勇伝じゃないじゃん」

「それはそうですね…あ、斎藤美緒と清鳳はそれなりに親しい関係だったとか?ヤバい黒歴史もぶっちゃけ合えるくらいの信用があるとか」

「それはない。アイツ斎藤美緒って名前聞いた瞬間“誰?”って言ってた。元々存在さえ認知してない。洞牡丹ほらぼたんの友達だったって言うのに」


 と言うことは、清鳳はほとんど初対面の人間に逮捕されるリスクを負って証拠となるようなことを言ったということだ。盃都は考えた。桐生清鳳は本物の馬鹿なのか、それとも自分が捕まらない確信があるのか。もし後者であった場合、清鳳が持っている権力は民衆の口を塞ぐものということ。どこぞの独裁国家でもあるまい。そんな言論統制ができるくらい清鳳はこの町では強い存在なのだろうか。たかが高校生ごときにそんな力があるとは思えない盃都はある可能性を思いつく。


「清鳳の家の誰かが警察関係者って線はないですか?それか、警察に影響を与えられるようなコネクションを持ってるとか」

「あり得るわね。薬なんてやって、バレないの?って聞いたら、“大丈夫”って言い切ってた。何かあるのよ、絶対にバレない、もしくはバレても問題のない何かが」


 警察に絡むことであれば梅澤に尋ねた方が早そうだと盃都は思った。ただ、もし清鳳が警察の捜査を妨げられるほどの圧力をかけられる人物だったとしたら、この事件にその圧力を使った可能性も考えられる。桐生清鳳が縞桜太と洞牡丹を殺害した犯人なのだろうか。だが、そうだとして、清鳳と桜太の関連性のある情報が一つも見えない。やはり洞牡丹に帰結するのだ。そう思った盃都は洞牡丹について尋ねたときの阿部理奈の話を思い出して松子に伝える。


「そう言えば、洞牡丹は事件の前から北高でも有名だったらしいですよ」

「なんで?良いとこのお嬢様でもないのに。洞牡丹こそ権力も金も持ってないでしょ」

「その代わり、美貌は持ってたってことです」

「…北高の生徒にとってのマドンナが北杜高校の洞牡丹ってこと?」

「というより、学校問わずこの学年の男どもが夢中になる女子生徒だったみたいです。中学の頃から有名だったみたいですよ、美人だって」

「じゃあなんで中学の頃のあの三人は洞牡丹と接点ないわけ?」

「SNSには見えなかっただけで、洞牡丹と芒花菜月の逆ハーレムの座をかけた戦いは高2よりも昔にはじまってたんですよ」

「え、じゃあ、あの三人と洞牡丹は高校より前から知り合いってこと?」

「阿部理奈が言うにはそうみたいです。先魁市の郷土芸能の催しがあるってこと、覚えてます?」

「……柳田燕大が怯えた顔で写ってたあの写真の?」

「そうです。あの郷土芸能は女性の舞子がキーなんです。というより、一人の女性の舞子が獅子舞に囲まれながら踊るっていう演舞があるんですけど、その舞子には洞牡丹が選ばれていたみたいです」

「それが何だって言うのよ?あの三人とどう関係があるわけ?」

「獅子舞は男三人、中で踊る女性が一人。いわばこの郷土芸能のオオトリの一部でもあるんですけど、その役を務めるってのは名誉なことなんですよ。大抵は街の有力者の子供がやります」

「本来は芒花菜月が務める役だったってこと?」

「そうです。そしてその獅子舞も清鳳と燕大が毎年務めていたそうです。もう一人は5つ上の学年の人だそうで。この郷土芸能を取りまとめている人の息子だとか」


 つまり、郷土芸能で一人の舞子の座を奪われた中学1年生の時には既に芒花菜月は洞牡丹を認識していたことになる。人を殺すほどの動機になるかは疑問だが、よく思っていないだろうことは推測できる。そして桐生清鳳が自白している薬の件。洞牡丹が事件に巻き込まれる要因として他人が関わっているとすれば、今のところ芒花菜月よりも桐生清鳳の方が関係は濃そうだ。そう思った二人はこの後開かれる北杜高校の同窓会で薬の件を探ることにした。

 一方で、なぜSNSで洞牡丹が出てくるまでに時間がかかったのか新たな疑問が生じた。中学の時点で接点があるのであれば、高校2年生になってから三人と急激に接近した理由が不明である。チャラ男の桐生清鳳がいれば尚更、美人を4年間放っておくわけがない。同窓会が開かれるまでの間、郷土芸能に関する情報を探してみることにした二人はすぐに梅澤の家に帰って着替え、ネットに載っている情報をかき集めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る