第22話 噂


 松子しょうこ桐生清鳳きりゅうきよたかに手を引かれて会場を抜けたのを目撃した盃都はいど。何事かと思ったが、松子は平然としていて特に取り乱した様子はない。何か考えがあってのことだろう。少し心配になるが、松子が勝算もなしに行動するとは思えなかったため、後から松子から連絡が入ることを願ってスマホをサイレントからバイブレーションのマナーモードに切り替えた。


 盃都がスマホを触っているとすぐに反応して寄ってくる女性陣。


「ね〜大輝だいきくん連絡先交換しよ〜」

「私も〜」

「いいな!私も!」


 わらわらと寄ってくる女性たちにどう対処すべきかあたふたしていると、頼もしい男たちが盃都を守ろうと手で制してくれる。


「ちょっと、男同士の時間を邪魔しないでくれる?」

「何よ?アンタみたいなオタクと話すより私たちと話した方が大輝くんも楽しいに決まってるじゃん」

「いやいや、君たちは何もわかっていませんね、この佐藤大輝という男を」

「いいから退きなさいよ!さっきからアンタたちばかりずるいわよ!私たちにも大輝くんと話すチャンスくらいくれたっていいでしょ?」


 目の前で自分もとい佐藤大輝さとうだいきを取り合う男女を見て盃都は少し疲れた。今すぐに松子のようにこの人だかりから脱出したい。そう思ったが盃都はまだこの人たちから縞桜太しまおうた洞牡丹ほらぼたんについて何か手掛かりになるような情報を聞き出すことができていない。元々ターゲットを絞って聞き込みをしようとしていたわけではなかったが、先ほどまで盃都の周りに集まっていたのは縞桜太に助けられたというオタクたちだ。見た目が本当の佐藤大輝のようのザ・オタクのような見た目の男もいれば、小綺麗にしてごく普通の人のような男もいる。この男たちとは本来の佐藤大輝が専攻しているという航空工学について話していた。ほとんど航空機についてオタクトークをしていただけなのだが。そこに今、おそらくクラスの中間層であろう女子が佐藤大輝を目的に寄ってきている。中間ということは対人において極端な付き合い方はしてこなかったということ。縞桜太も洞牡丹についてもそれなりに知っているだろう。盃都は妙案を思いついた。


「せっかくだからさ、みんなで話そうよ。俺ほとんど不登校で学校のことよく分かってないからさ。3年間何があったのか教えて欲しい。昼に成人式出たら他の学校の人に“お前の母校は薬やってる人間がいるヤバい高校だ”って言われて、何て返したらいいか分かんなかったんだよね」


 一人一人に聞くのが面倒くさくなった盃都は先にトピックを立てた。あとは各々ネタを持ってる人間からリークしてくれるだろう。盃都はテーブルの下でそっとボイスレコーダーを起動すると、早速女性陣のうちの一人が話し始めた。


「薬ってのは、まあ、ほら、ね、どこの高校にもあるわけじゃないけど、やんちゃな人がいたらね、そういうこともあるっていうか…」

「やんちゃな人?俺たちの学校、一応進学校だよね?県でもそれなりに上位にいるだろ?そんな学校に不良なんているの?」

「厳密にいうと、いたっていうか…」


 どうにも歯切れの悪い彼女。自分が薬をやってる張本人か、知人がやっているのを知っているのか、口に出すにも憚られるような人がやっているのか、はたまた目撃したわけではない噂程度だから実名を挙げるのを躊躇しているのか。盃都は彼女の表情を見ながら首を傾げて彼女が言いづらそうにしていることを分からないふりをして次の言葉を促した。だが、彼女は勇気がなかったようで、別の女性が口を開く。


「別に隠すことじゃなくない?みんな知ってるじゃん、洞牡丹ほらぼたんが薬売ってたって」


 まさかこんなにも早く被害者の名前が出てくるとは思わなかった盃都は驚きの表情を浮かべた。もっとそれを裏付けるような情報が欲しい。盃都はネタに食いつく野次馬のように話を掘り下げる。


「マジ?俺ちょっとしか見たことないけど、洞牡丹ってこの町の絶世の美女って言われてる人でしょ?」

「まあ、そうね、美人だったね、牡丹は……大輝くんもしかして牡丹が死んだことも知らない?」

「流石にそれは知ってるけど…でもなんで死んだのかは知らない。当時新聞で手掛かりが何もないって読んだけど、結局なんだったの?」


 盃都の言葉にみんなの表情が暗くなる。先ほどまで大輝と楽しくオタクトークしていた男が周囲を見渡してから小声で話す。


「どうも誰かに殺されたっぽいって、母さんたち言ってたぞ。俺の父さんたちが第一発見者だったから。普通の死に方じゃなかったって言ってた」


 男の発言を皮切りに他の男女も追従するように次々と口を開いた。


「拙者のお母さんも言ってました。誰かに殺されて可哀想って」

「親たちは牡丹が可哀想って言うけど、正直私は可哀想とは思わなかったな…亡くなった人を悪く言いたくないけど、自業自得っていうか…」

「アタシもそう思う。休みの日に見かける牡丹、ちょっとヤバめの人たちとか結構年上の男と一緒にいたし…」

「3年になってから遅刻とか欠席増えてさ、まあ、薬でもやってパパ活してこのままドロップアウトするのかなって思ってたし…」

「いくら美人でも薬もパパ活もしてるとちょっとな…俺らもあんまりいいイメージ無いっていうか」

「むしろ桜太さんが牡丹に殺されたんじゃない?って思ったけどね、僕は」

「拙者もそう思います。桜太さんが人殺しなんてするはずないですからね」

「桜太くん正義感強いから、牡丹に何か言って周りの危ない人たちに口封じに殺されたんじゃない?なんて言ってたよね当時は」

「そうそう、でも親たちはなんか分かんないけど桜太くんが牡丹を殺したって思い込んでて」

「証拠もないのに酷いもんだったよ、ほんと。そのうち桜太さんの家に強盗入ったしな」

「ね、酷いよね。亡くなってる家族にその仕打ちって」

「酷い仕打ちって言えば、この町の大人たちが一番の犯罪者だよな。桜太さんを犯人って決めつけて桜太さんの家族に嫌がらせっていうか、絵に描いたような村八分みたいなことしてさ」

 

 桜太さん。オタクの男たちから謎に尊敬されているのは、彼らが桜太に助けられた人たちだからだろう。オタクだからと虐められそうになったところを庇ってくれて、一緒にオタクトークをしたり昼ごはんを一緒に食べてくれたのだとか。女性陣にも桜太を擁護する声が多数だ。一方で牡丹を擁護する声が聞こえない。傾聴に徹していた盃都は口を開く。


「洞牡丹、俺のイメージと全然違うんだな」

「大輝くん、牡丹のこと聖女だとでも思ってたの?」

「いや、そういう意味じゃないけど、なんていうか、もっとこう、普通の陽キャの女子高生だと思ってた」

「陽キャって言えば陽キャだけど、なんだろう、話せば普通なんだけどね、なんかどっか人生諦めてる感あるっていうか」

「わかる!アンニュイとまではいかないけど、悲劇のヒロイン感がウザいっていうか」

「そのくせさ、あ、平気でそういうことしちゃうだ…みたいな」

「そういうことって?」

「有名だったじゃん、八木とデキてるって」

「ヤギ?」

「そっか、大輝くん学校来てなかったから知らないか、八木雅人やぎまさと

「誰?」

「うちの英語教師」

「え…教師と?」

「そう。私駅前で八木と一緒にいる牡丹何回か見たことあるよ」

「え、もしかして西口の方?」

「そう!もしかしてアンタも見た?」

「見た見た!あれ絶対ラブホに行ってたんだよ!もう当時このこと誰かに言いたくてしょうがなかったんだよね〜」

「言えばよかったじゃん!牡丹が八木とデキてるなんてもうみんな知ってたし」

「でも露骨じゃん?ラブホに行ってるなんて。言い表わすにはちょっとね…実際に入ったとこ見たわけじゃないけど西口ってラブホしかないし、待ち合わせなら普通東口だし」

「マジか……ラブホで八木相手にパパ活?ってこと?…俺たちオタクには色んな意味で手の届かないところにいたんだな」

「アンタらはオタクだったことに感謝するべきね。下手に関わらなくて正解よ…そもそも御三家のお友達だし」


 御三家。もしかして春如から聞かされたこの町の有力者だろうか。あのインスタで牡丹と一緒に写っていた3人。そう思って盃都は聞いてみる。


「御三家って、この同窓会の幹事の人たち?」

「そうそう。芒花菜月、桐生清鳳、柳田燕大」

「今ここにちょうどいないからいいけどさ、正直あの3人とはお近づきになりたくないよね」

「いくら権力持っててもごめんですね」

「玉の輿とはいえちょっと近づき難いよね」


 昼に阿部理奈から聞いたこととは真逆の反応をする人たち。何がどうなっているのだろうか。


「なになに?この町の人たちってみんなあの3人に憧れてるんじゃないの?昼に他校の人たちが噂してたけど」

「親とか他校はそうね。現実見えてないっていうか」

「現実って?」


 盃都が尋ねると彼女たちは周囲をキョロキョロ見渡した後に声のトーンを落とし、みんなが距離を詰めるように手招きをした。盃都もみんなと同じように近寄ると彼女は口を開いた。


「牡丹が売ってる薬、買ってたのはあの3人なの」

「……マジ?」

「マジマジ大マジ!私見たの、燕大の家であの人たちが集まってる時に部屋で薬渡して吸ってるの」

「お前覗き魔か何かなの?燕大のストーカー?」

「バカ!違うわよ!うちのマンションから見えちゃうの!夜にベランダで天体観測してたらレンズ合わせる時に見えちゃったの!」

「見間違いじゃなくて?」

「その後も気になって何回か夜に見たことあるもん。毎回じゃないけど、牡丹が手渡ししてお金受け取って3人が吸ってた。当時は何されるか分からないから言えなかったけど。もう親もこの町引っ越したし。ずっと誰かに言いたくてしょうがなかったんだよね〜」  


 彼女の言葉や先ほどから周囲を気にしながら話している様子から盃都は感じた。やはり皆、噂にすることへは恐怖からか躊躇していると。おそらく彼女のように当時見て見ぬ振りをしてきたことがこの田舎には沢山あるのだろう。桜太の一家がされたことを目の当たりにすれば尚更。


 それと同時に彼女の言葉を聞いて盃都は昼に松子が言ってたことを思い出した。“清鳳が薬をやってる”と。これでより真実味が増した。だが疑問も残る。盃都は興味本位で聞いてる風を装い踏み込んだ質問をする。


「でもさ、こんな田舎で薬を手に入れる方法なんてあるのか?」

「工業高校にやんちゃなグループいるじゃん。ほとんど退学になって警察に捕まってるか県外に行った連中だけどさ」

「ああ〜アイツらか…やりそう〜」

「確か牡丹のお姉さん、その工業高校の不良と付き合ってなかったっけ?」

「そうなの?ていうか私、牡丹のお姉さん知らないや」

「医療センターにいるじゃん。婆ちゃんのお見舞いに行くとたまに見かけてたけど」

「どんな人?てか何歳?」  

「え〜五つくらい上じゃなかったっけ?顔は牡丹とは本当に姉妹?ってくらい似てない。なんか、地味だよ」

「地味で真面目な人ほど不良に惹かれるからね〜」

「牡丹は不良少女そのものみたいな境遇じゃん」

「そ、だからあの子が事件に巻き込まれても別に驚きもしないけど、まさか桜太くんがとは思わないよね」


 皆が頷きながら賛同している中、一人が首を傾げてとんでもないことを口にした。


「でも、牡丹と桜太さん付き合ってませんでした?」

 

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