第6話 相棒


「私も調べてるの、2年前に縞桜太しまおうた洞牡丹ほらぼたんは、何故殺害されたのか」

 

 先ほどの軽いノリが一変して真面目な表情で盃都はいどに訴えかける彼女。盃都は“二人が殺された”と彼女が表現した部分に引っかかった。


 ネットで拾ったどの記事にも社説として桜太と牡丹が喧嘩していたことや言い争っていたことを記載し、まるで桜太が牡丹を殺したかのような誘導文章が書かれている。すべての記事を読んだわけではないが、盃都は昨日今日とざっと探しただけで18個の記事を読んだ。もっと掘っていけば他の記事も見つけられただろうが、どれも似たような記事ばかりで正直探すのを諦めたのだ。


 まだ2年、もう2年──2年経つとSNSや掲示板での噂話も途絶えるには十分だった。盃都がアクセスした情報はすべて2年前で更新が止まっていた。これ以上、納得いく情報を探せなかった。

 

 そんな中であの丘にある溜め池で彼女を見た時、盃都は何かを感じていた。そして彼女が池のそばの納屋を見ていた時、この女性はあの事件を調べている──と確信に近いものを感じた。その予感はこの図書館で再会した時に確かなものに変わった。彼女の証言で。盃都は深く息を吐いて彼女を見た。

 

「なんで、俺もその事件を調べてるってわかったんですか?」

「──なんとなく?でもあの紫の花を池に投げ入れたのは君でしょ?桜太君を弔うために」

「何故、それを……」

「あの池の周りに紫の花なんて咲いてなかった。誰かが摘んできて投げ入れた。花を供えるって弔いの時にやるものでしょ?あの池で桜太君は発見された。池に供えるなら投げ入れるしかない。最初は君のこと桜太君の知り合いのここら辺に住んでる人かな〜って思ってた。農作業してるような格好してたし。でも別に今日が命日ってわけでも、事件が起こった日でもないのにわざわざ事件現場に来るかな?って不思議に思った」

「────」

「あの後、ガソスタ行ったりレンタカー返したりお店入ったり、この町のいろんな人に会って思ったの。君、ここの人間じゃないね?訛ってないし」

「若い人はこの町でも訛りませんよ。SNSや動画配信が発達して何年経ったと思ってるんですか」

「本気で言ってる?今ここにいる学生たちと君の発音、だいぶ違うよ?関東出身の私からしたら標準語喋ってるつもりの田舎の人って正直すぐわかる。でも君の言葉は私と変わらない。ていうか、桜太君を弔ってたのは否定しないんだ?」

「──まあ、弔ってたことは事実ですから。因みに言っときますけど、あの紫の花はリンドウです」

 

 彼女は早速スマホでリンドウを検索していたかと思えば花言葉を検索しだす。落ち着きがない印象を覚えた盃都。もしかしたら本当に自分より年下かもしれない──と思った盃都は尋ねて見ることにした。

 

「あの、あなたいくつですか?ていうか、誰?」

 

 彼女はスマホから勢いよく顔を上げるとにんまりと口が弧を描いて満足そうな顔をした。不気味な動作に盃都は思わず顔が引き攣る。この部屋から逃げ出したい衝動に駆られたが、彼女が盃都の腕を掴んで離さない。

 

「この時を待ってたよ!私は鶴前松子つるさきしょうこ!大学2年生!君は??どこ大??」

 

 松子の質問に答えるべきなのだろうが、盃都は驚きを隠せない。年下だと思っていた目の前の女性がまさか、自分より二つも年上だったとは。しかも大学生。想定より頭がいいことに少々フリーズする。徐々に目の前の現実を受け入れて松子の問いに答える。

 

「俺は高3。あなたの推測通り、俺も東京の人間」

「嘘でしょ?!年下?!」

 

 今度は松子が驚きを隠せないでいる。一人でああだこうだ言っているが、ひとしきり騒いで落ち着いたらしい。


 

 二人は次の話題に移った。何故この事件について調べているのか──という話題に。

 

「私はミステリー研究サークルに入ってるの。夏休みのテーマを個人で設定して研究するんだけど、それでこの事件を調べてたの。君は?」

「俺は、被害者の桜太とは友達っていうか。小さい頃から田舎のじいちゃん家に来るたびによく遊んでもらってて。でもここ数年は忙しくて田舎に来られなかったんです。で、昨日こっちに来て始めて知ったんです、桜太が亡くなってたこと」

「それであの池に行って、ここに調べに来たの?」

「お墓に行こうと思ったんですけど、桜太の家族は引っ越しててこの町にはもう何もないから」

「そう……できたら私も彼のお墓に手を合わせようと思ってたのに」

 

 桜太とは知り合いかのように話す松子。自分が知らない桜太の一面を見ているような気がして、桜太のことを松子に聞いてみたくなった。

 

「鶴前さんは、桜太とはどういった仲だったんですか?」

「私は君ほど親しくなかったよ、多分。だって、私が桜太君と話したの、3回しかないもん」

 

──やけに具体的な数字だな?

 3回しか話したことがない人物を思いわざわざ東京から東北の田舎まで事件を調べに来るだろうか──と、さらに疑問が湧いてくる。2年前の事件を調べるには、盃都よりも圧倒的に動機が弱い。盃都は思っていることが顔に出るらしい。

 

「わかるよ、君は桜太君とそれほど親しくもない人間が何故2年も前の事件を調べに田舎に来たのか理由がわからない、と思ってるでしょ?」

 

 どうやら松子は人の表情か心が読めるらしい。察するというのだろうか。女特有の勘なのだろうか。盃都は松子と会ってから言葉にしなくてもわかってもらえる感覚がどこか気持ち悪いような、楽せるような、不思議な感覚を覚えていた。松子は盃都が促さずとも盃都が欲しい情報を勝手に与えてくれる。危機感がないとも言えるかもしれない。盃都が信用できる人間だと確定しているわけでもないのに、松子は警戒心など一切見せずにペラペラと喋る。

 

「私さ、高校生の時は甲子園オタクで。甲子園スターとかプロ注目選手とか勝手に追っかけてたの」

「変わってますね」

「よく言われる。で、その時代に桜太君と3回会って話したことがある。アイドルに会いに行く感覚に近かったかな?でもその時感じた桜太君の印象と事件が起こった当時、テレビや新聞で騒がれてた印象とが別なの。それが気になって」

「2年も経ってから調べに?」

「当時は受験で忙しかった。でも気になって気になって受験勉強どころじゃなかったよ正直。おかげで第一志望校は落ちた。去年は初めての講義に試験勉強に大学生活そのもに追われてた。どれくらい本気でやれば単位を落とさずに済むのか分からなかったし。それに車の免許を取るのに必死だった。バイトとか色々経験したいこともいっぱいあってね。今年、やっと落ち着いたから、ちゃんと調べてみようって思って」

 

 気になりつつもちゃっかり2年を自分のために過ごし、人生充実しているリア充感が出ているのが松子らしい。桜太のことが気になりつつも、盃都よりも親しくない人物としてはある意味妥当な行動だった。一見とち狂ってるようにも見えるがそれが松子だ。

 

「鶴前さんが言ってることは結構オカシイと思うけど、何でだろう──それがアナタって感じがして、鶴前さんは気取らない、あっけらかんとした人なんですね」

「やっと私のことわかってくれる人に出会えた〜!これ運命っしょ?ね?私たちいいコンビになると思わない?」

「思いません」

「ほら君のそういう冷静なところ!私好きよ!ねえ、私たちで2年前の事件解決してみない?」

「は?なんでそんな話になるんですか?」

 

 困惑する盃都を無視してテーブルの上に持参した資料を展開する松子。先ほど盃都が持ってきた広報誌にある事件の記事を広げた。

 

「事件が起きたのは2年前の8月3日。桜太君が帰宅せずご家族が警察に行方不明届を出したことから始まる。で、五日後の8月8日に洞牡丹の家族も“娘が何日も帰らない”と行方不明届を出し、大捜索となった末、その二日後の8月10日にあの池の納屋で洞牡丹の遺体が発見される。さらにその二日後の8月12日に桜太君の遺体が池から見つかる」

「……一緒に調べるとは言ってませんけど」

「ノリ悪いな〜。どうせ調べるなら一緒に調べた方が効率いいじゃん」

 

 自分勝手に進めていく松子に盃都はため息しか出なかった。だが松子が強引に突きつけてくる情報は盃都の思考を掻き立てた。すっかり松子のペースに乗せられ思考が進んでいく。

 


 松子が広げた資料の中に桜太が洞牡丹を殺したかのようなクソ記事を見つけた。その記事を持って盃都は言う。

 

「桜太の家族が行方不明をすぐ出したのは、桜太が品行方正な高校生だったからです、多分。桜太は外泊するときは絶対親に連絡します。俺の爺ちゃんの家に泊まりにくる時はいつもそうだった。そもそも、帰りが遅くなるなんてことをしません、アイツは。確かに、夕食後の遅い時間にランニングに行く習慣はありましたけど、きっかり1時間で帰ってきます。ずっとそうでした。俺の爺ちゃん家に泊まりにくる時でさえ、小学校中学校とそのルーティンは崩しませんでした。高校でいきなりそのルーティンを崩すとは思えません」

「本当にストイックできちっとしてたんだね、桜太君。逆に言うと、洞牡丹は不良娘だったのかもね。それか、家族が彼女に興味がなかったか。ネグレクト?」

「さあ?彼女については俺は一切知りません」

「でも、普通、高校生の娘が三日帰ってこなかったら、心配しない?」

「親が夜勤だとかすれ違いの生活をしている以外は、若しくは家に帰らないことが当たり前の不良娘である以外は、そうですね」

 

 二人が行方不明になった日時は別日だが、発見場所が近いというのは同じ犯罪に巻き込まれたと仮定しても問題ないだろう──と盃都は思った。


──もし別々の犯行だったとして、これほどにまで近い場所から遺体が見つかるか?偶然にしては近すぎる気が……。

 盃都は顎に手を当てて思案していた。その盃都の心を代弁するかのように松子は口を開く。

 

「私も二人が同じ犯人に殺されたと思うよ。二人の関連が薄いほど、事件は難航する。二人はすでに同じ学校の同学年という共有点がある。それを知っているのならば、尚更、もっと関連がないような別々の場所に死体を遺棄するはず。だってバレたくないんだから。こんなに至る所に山や川の自然があったら隠したり埋めたりし放題じゃん。クマが出るなら山に隠しちゃえばクマに襲われたことにもできる。でも、」

「それができない状況だった。おそらく犯人はどっちかを殺すのは想定外だったんじゃないですか?」

「なんらかの不可抗力で二人の死に決定的な関連性が出るようなことをしてしまった」

「DNAとか?」

「そう。実際、洞牡丹の血液が桜太君の衣服から見つかってる。過去の記事によるとね」

 

 そうなると、“牡丹を殺してしまった桜太”と客観的に想像されてもおかしくはない。だが、盃都はいずれにせよ桜太が他人を殺すような人には思えなかった。

 

「そもそも、桜太は事件が起こるような物事や揉め事には縁もゆかりもないような人間です。何かあればすぐ周りの大人に伝えていた。親にはもちろん、先生にも。昔から注目されていた分、素行には十分注意していたんです。俺の爺ちゃんの家で花火をしようって時も、敷地が広い田舎の家なのに、わざわざ近所に事前通告するんですよ?今夜花火をする予定だから少し騒がしいかもしれません──って1軒1軒言って回ってたくらい。それくらい、うざいくらいの優等生です。そんな人間に近づきたいと思う素行不良な人間っています?」

「それでも巻き込まれた。ということは、桜太君の周りに“そういう人間がいた”ってことよね?誰かが桜太君を巻き込んだ」

「でも簡単に巻き込めるような人間じゃないです、桜太は。注目選手だったし、雑誌やテレビで取材されるくらいです。この町では有名人そのものです」

「そうよね。巻き込もうとするとそれだけでボロが出るくらい、桜太君はパパラッチや取材クルーがまとわりついてた。高校野球関連の雑誌で桜太君の記事がない月なんて一回もなかった」

「その取材クルーたちと揉めたって線はないですか?」

「ないと思う。甲子園を追う記者たちって、横のつながりがるんだよね。何かおかしいことをしたらすぐに情報が回ってコミュニティから締め出されて選手の情報をもらえなくなる。実際に、何年も前に一人の記者が取材先の野球部のマネージャーとパパ活疑惑が上がって干された。それくらい、あの分野の記者は高校球児を守る精神があるし、選手に危害を加えるようなことはしない人たちなの。あの当時消えた記者はいなかった。少なくとも私の時はそうだった」

「──詳しいですね」

「まあ、私ほどの追っかけともなれば、そこら辺の記者たちに顔を覚えられるし、こっちも覚えるものよ」

 

 自慢げに話す松子だが、盃都は少しも羨ましいと思わなかった。それよりも盃都は松子と意見交換をして道筋が見えてきていた。

 

「贔屓無しで言っても、この事件は桜太よりも洞牡丹の方を掘った方が情報が出てきそうですよね」

 

 盃都がそう言うと松子はスマホを取り出して何やら検索している。メモに貼り付けてあったURLを踏んでどこかの掲示板に飛んだ。その画面を盃都の目の前に出す松子。それを無言で受け取ってスクロールしていくと、桜太について書かれた掲示板だった。

 

「“プロ注目選手の縞桜太は童貞”“彼女を作らない主義らしい”“実はホモ?”……何すかこれ?」

「桜太君が亡くなる前の甲子園オタクの掲示板。で、こっちが亡くなった後の書き込み」

 

 松子は掲示板のページを最新に更新してから再度盃都に渡す。そこに書かれていたことはこうだ。


 “縞桜太と洞牡丹は付き合って別れてを繰り返していた。”

 “洞牡丹は高1の時に縞桜太に告って振られてた。”

 “縞桜太の彼女はビッチらしいよ”

 “縞桜太はあんな非行少女と付き合うとか女見る目ない”


 桜太のことを悪く書かれているようで腹立たしくなってきた盃都だが、この掲示板の戯言を読めば読むほど確信する。

 

「今回の事件、中心にいるのは桜太じゃなくて、洞牡丹じゃないですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る