第7話 警告
無事に手続きを終えて二人で図書館を出る。松子は駅前のホテルに滞在しているらしい。この図書館は駅と
「この地域の人にペラペラ個人情報を喋らない方がいいですよ」
「なんで?どうせ知り得ない赤の他人だよ?」
松子の警戒心のない返答に思わず嘲笑した。その意図が分からない松子は眉間に皺を寄せて盃都を見た。理由を教えなければホテルに着くまでこのまま横から睨まれるのかと思うとうんざりした盃都は、軽いため息をついてから解説する。
「田舎って東京と違って外から人が来るのが珍しいんです。よそ者は良くも悪くも注目されます。有る事無い事噂を立てられます。大抵が悪い噂ですけど。嫌がらせ、とまではいかないかもしれませんが、東京から来た人が2年前の事件を調べているとバレたら、まあ、ここに滞在してる間はいい思いはできないでしょうね」
「何それきもい……」
「キモイんすよ、この町。どこで誰が何を聞いて何を見ているのやら」
「それだけザ・因習村みたいなことが本当に起きるなら、2年前のプロ注目選手が殺された事件を今だに解決できていないのもわかる気がする」
「まあ、そういうことなんで、事件を調べてるとか、自分の身元が割れるようなことは不用意に言わないほうがいいですよ」
「わかった、気をつける」
ホテルが見えてきたところで、松子はスマホを取り出して連絡先の交換を求めてきた。盃都は松子と会うのはこれっきりだと思っていたため、驚いていると松子は口を尖らせて怒り始めた。
「ちょっと!?これで終わり!?まだ何にもわかってないんだけど???」
「いや、俺明日東京帰りますし……」
「は?!何それ!?なんで!?」
母に頼まれて祖父の様子を見に来ただけだ──と盃都は今回の田舎訪問の事情を説明した。松子は渋々納得しつつも完全には腑に落ちない様子だ。松子が引き下がる様子はない。盃都は諦めてスマホを取り出し、インスタのQRコードを表示させて松子に見せた。それを見た松子は更に口を尖らせた。
──何が不満なんだ?
盃都は首を傾げた。
「なんでラインじゃないの?なんでインスタ?」
「それほど親しくもないですし」
「どういうことよ?散々喋ったじゃんさっき!それでも親しくないの!?」
「会って半日も経って無いですよ?ラインはまだちょっと」
「なになに?今の高校生そんな感じなの?」
「2歳しか変わらないですよね?」
松子は渋々カメラで盃都のインスタのQRコードを読み込んでフォローした。盃都のプロフィール欄に飛ぶと画像も動画も一枚も投稿されていなかった。代わりに、フォローとフォロワーが100人以上いる。松子は盃都のインスタを見ながらぶつぶつと文句を言う。
「インスタを交換するなら交換した相手が楽しめるように何かアップしときなさいよ」
「俺見る専なんで」
「いや、盃都は見てすらいないね。なんなら捨て垢でしょ?連絡先交換したくない人用の」
図星だった盃都は視線を松子から逸らすことしかできなかった。その様子を見て松子は揶揄する。これだから最近の子は──と。それでも早速DMを送っているあたり、松子は根明の陽キャなのだろうと──盃都は思った。スマホをポケットにしまい、春如の家に帰ろうと背を向けた時、松子は盃都の腕を掴んだ。まさか掴まれると思わなかった盃都は驚いて振り返ると、真剣な目をした松子がいた。
「何かあったらコレで連絡するから。盃都が言ったんだからね?この町では誰が何を見て何をしてくるか分からないって」
「多分大丈夫だと思いますけど、一応、何かあったら教えてください」
「じゃあライン教えてよ。SNSでSOS送るなんて心許ない」
「鶴前さんと俺の親密度が上がったら考えときます」
「この夏が終わるまでにラインゲットしてやる〜覚えとけよ!」
謎の宣戦布告をされて心底ウザいと思った盃都だが、松子のこのパワフルさは少し羨ましいと思った。
松子が無事にホテル内に入って行ったのを確認してから盃都は春如の家に向かった。家に着くとすでに春如が帰っていた。春如のいつもより乱雑に脱ぎ捨てられた靴を揃えてから居間に向かうと、春如は顔を赤らめソファに座り、眠そうな目でテレビを眺めていた。
「じいちゃん、おかえり。早かったね」
「おお、おめは遅がったな」
「うん、図書館に行ってた」
「図書館?ああ、新しくなってたべ」
「うん、すごい綺麗でいいところだったよ」
盃都は水を春如に渡して、自分も春如の横に座った。テーブルには春如が用意していた夕ご飯が並べられている。きっと、盃都のことを思って早めに飲み会を切り上げてきて準備したのだろう。自分の箸とお椀もセッティングしていることから、飲んできたとはいえご飯を食べる余裕はあるということだ。盃都は温め直すものをチンしていく。おおかた準備ができたところで席について二人でご飯を食べた。
「おめ、明日帰るったべ?何時だ?」
「んー、昼の新幹線に乗りたいから、9時くらいには電車に乗りたいかな」
「そうか。朝飯は食ってくべ?」
「もちろん」
いつも帰る前にするような会話をしていると、突然話題が切り替わった。
「おめ、あの梅澤って警官に送ってもらったって言ったべ?」
「うん」
「来てらっけよ、今日」
「え、じいちゃんたちの飲み会に?」
「こっちさ来てまだ1年も経ってねのに、よぐやってら。俺たちみたいな年寄りに挨拶して回って。若いのに偉い
盃都は昼間の梅澤の印象を思い出して、いかにも──という感想を覚えた。だが同時に逆の感想も覚える。
──意外と田舎に順応してるんだな。
いくつも年上の梅澤に勝手に感心した盃都。
春如が語る感じであれば、梅澤という警察官は田舎で村八分にされずに上手くやっていることがうかがえる。春如の飲み会に参加するということは、梅澤はここら辺に住んでいるということだろうか。
この町は平成の大合併でいくつかの町が合併して一つの少し大きい街になった。昭和の時代には小さい村落がいくつもあったという。今はポツンと一軒家のような僻地に住む人は減ったらしいが、町からどんどん若者が消えて街の中でポツンと一軒家のようなエリアも増えてきているらしい。
春如が住むこのエリアも若者は少なくなり、今や平均年齢56歳という高齢化が進むゾーンである。そんなところに30代の人間が来たら、それはそれは歓迎されることだろう。
夕食を食べ終え、田舎で迎える今年最後の夏の夜。星空を見るために家の外に出る。サンダルをつっかけて庭を出て道路を歩く。日中は暑すぎて周りをよく観察して歩く余裕がなかったが、日が落ちて小川が流れる側の道は少し寒く感じた。
小川を越える小さい橋の横に置いてある赤ずきんを被った地蔵を薄緑色の街灯が照らす。恐怖や気持ち悪さはない。どちらかというと、山から聞こえる謎の声の方が薄意味わるい。すぐ裏手に山が見えるため、夜になってくると虫の鳴き声の他に、姿は見えないがよくわからない田舎に生息する独特の鳴き声の生き物がいる。その声を聞きながら上を見上げて星を眺めていると、目の前から人の気配を感じた。
暗闇に目を凝らしていると自転車を押しながらフラフラと誰かが歩いているのが見える。道の端に寄ってその自転車が通過するのを待っていると、自転車の車輪だけが回る音が止まった。ふと先ほどまで音がしていた方を見ると、自転車を押していた人がこちらをじっと見ていた。気まずくなり、盃都はその場を立ち去ろうとすると、その人物から声がかかる。
「もしかして、昼間のボウズちゃうか?」
聞き覚えのある声だった。昼間、盃都が認識されるほど絡んだ人物と言えば、松子か梅澤しかいない。先ほどの声は明らかに男の声で、明らかに東京の言葉ではなかった。無視しているのも悪いため、盃都は反応する。
「梅澤さん、ですか?」
「せや!やっぱお前か!いやー、また会うとは思わんかったわ!何してん?」
お酒を飲んでいるせいか、昼間よりも梅澤の声が大きい気がした。民家の通りでは無いため、声の大きさにそこまで気を配らなければならない程ではないが、やはり虫や謎の生き物の声だけが響く夜の田舎で人間の声はよく響く気がした。
梅澤は自転車を押して盃都のそばに寄ってくる。盃都はその場を動かずに先ほどの梅澤の問いに答えた。
「食後の散歩です。梅澤さんは?」
「俺は飲み会帰りや!」
「こんな田舎に飲み屋があるんですね」
「飲み屋ちゃう!公民館でみんな集まって飲んでたんや!」
公民館。ということはそれほど遠い場所に住んでいるわけではないだろう。
──ここら辺に住んでいるのか?
こんな山よりの場所よりも、駅周辺の方が賃貸は多いだろうに──と勝手に邪推する。それと同時に、梅澤はこれから駅方面に自転車を押して帰るのだろうか──と思うと心配になる盃都。
──こんなにフラフラで大丈夫か?
自分よりもはるか年上でかつ市民の味方である頼り甲斐のある警察官に尋ねてはならない質問のような気がして盃都は口を閉ざした。その雰囲気を読み取ったのか、梅澤は盃都の顔を覗き込んでくる。
「なんや?言いたいことがあるならはよ言えや?」
「……梅澤さん、家ここら辺なんですか?」
「せやで!このちっさい橋渡ってすぐ右や!」
思いの外、春如の家と近くて驚いた。むしろこれは、今後梅澤に春如を気にかけてもらった方がいいのでは?──と、お節介ながらもずるい考えが浮かんだ。その妙案を思いつくのと同時に盃都の口は動いていた。
「あの、俺のじいちゃんの家、梅澤さんのすぐ近くなんです」
「まじか!ゆうことは、自分は今そこにおるってことか?」
「そうです」
「もしかしたら、今日は自分のじいちゃんと飲んどったかもしれんな!俺」
──さっきじいちゃんからその話を聞いたって言えば、どんな反応をすんのかな?
など思っていた盃都。梅澤からとんでもない言葉が飛んでくる。
「明日、自分に会いに行こかな。俺非番やし」
「俺明日帰るんです」
「ええ!?タイミング悪ぅ!」
「なので、俺が帰った後、じいちゃんをよろしくお願いします。時々気にかけてやってください」
「自分じいちゃんっ子か?ええやつやな!俺に任しなはれ!じいちゃんの名前は!?」
春如の名前を伝えた盃都は少し安堵した。春如の先ほどの反応からして、この梅澤という警察官はまだ地元に染まっていないか、染まらない善人。春如に何かがあったら対応してもらえるように信用できる人間を確保しておくだけで、因習村そのもののような話を春如から聞いた時の“自分の祖父を一人ここに残していく不安“が少しでも和らぐ気がした。
その後すぐに家に戻り、布団に入った。昨日と違ってすぐに眠りに誘われた。安眠できたのも梅澤のおかげであることは間違いない。あとはきっと、桜太に手を合わせられたことが大きいだろう。本当は桜太が誰に殺されたのか、桜太の身に何が起こったのか解明できたらもっと快眠できたのだろう。だが、それは高望みというやつだ。
──俺には事件解決など大それたことはできるはずない。
盃都はそう思った。
松子と一緒に調べているときは、事件を解決できる気もしていた。そんなことできるわけないだろう──と今なら客観的に自分を評価できる。松子という他人を巻き込む台風のような女が横にいると、盃都は自分の知らない自分になっている気分だった。松子といるときの盃都は明らかにいつもよりも思考が深く早かった。たまたまかもしれないが、ひと夏の思い出としてそれなりにいい経験ができた──と帰りの新幹線の中で思っていた。
いい思い出として田舎の思い出を閉じようとしていた時だった。スマホにポップアップ通知が出てくる。その通知を開くと、見慣れないアカウントからのメッセージがある。
──またいつもの詐欺アカウントか?
盃都が通知自体を消そうとした時、嫌な予感がしてその通知を開くとトーク画面に画像あった。何かの紙を写真で撮った画像だ。画像をタップして拡大すると文字が書かれている。
『掘り起こすな』
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